制裁
「セタさん、ひどいです」
「自業自得だ」
左右のこめかみを押さえて悶えているムツミに俺は言う。
彼女は今ナナミから制裁を受けたところだった。
食事をしている最中のムツミの背後に風呂上がりのナナミが忍び寄り、ムツミのこめかみを拳で押さえつけたのだ。
俺の正面での出来事だったからムツミに伝えることができたけど、俺も彼女には制裁が必要だと思っていたので見て見ぬふりをしていた。
ムツミが「痛いです!」と悲鳴を上げていたけど、ナナミは止めなかった。
ナナミは青筋を立てて本気で怒っていた。
そして今、制裁を下した当の本人は俺の隣で朝食を食べている。
がつがつと音を立てて食べているので、まだ怒りが収まっていないのだろう。
「仏の顔も三度までという諺が俺の世界にはあるけど、優しい人でもいたずらには限度があるぞ」
「もう少しできると思っていたのですが……」
「まだ、するつもりなの?」
ムツミの言葉を聞いたナナミが箸を止め、彼女を睨む。するとムツミはすぐに首を横に振った。
「いえ、もうしません」
「本当に?」
「はい。本当です」
全力でうなずいている。
そんなに痛かったのか。
うなずいたムツミを見たナナミは食べるのを再開する。
ムツミはというと傍観していた俺を半目で見ている。
「セタさん」
「なんだ?」
「あなたが恨めしいです」
「もう一度言うが、自業自得だ」
「セタさん、午後は覚悟してくださいね」
「……人はそれを八つ当たりという」
ぽつりと言うと、横でナナミが大きくうなずいた。
何か言いたげな表情をしたムツミだったが、言うのを諦めたのか、息を吐いて立ち上がった。
「……もういいです。セタさんは昨日と同様午前は勉強をしてください。午後は魔法の練習です」
「了解」
「私はこれからすることがあるので、先に行きますね」
「あ、皿は洗っておくぞ」
「ありがとうございます」
ムツミは皿を流し台に置くと、食堂を出て行った。
「……私には挨拶はないのね」
「怒られて直後に怒った本人と普通に挨拶できる奴はそうそういないだろ」
ムツミは怒られて拗ねているか、声をかけにくかった状態だろう。
俺も親に怒られたときはそんな状態だった。
「それもそうね……それにしても、ムツミに対して怒ったのは久しぶりだったわ」
「からかわれているのを見ていると頻繁に衝突しているように見えたけど」
「からかってくる頻度が増えたのはセタが来てからよ」
ここ二日、三日でからかう頻度が増えたのか。それはナナミもしつこいと感じてしまうだろう。
「そうなのか? それまではどうだったんだ?」
「そうね……」
過去を思い出すように視線を上に向ける。
「故郷では一緒に遊んで、勉強して、喧嘩をしていたわ。けど研究所に来てからはすれ違いが多ったのよ。セタが来てから変わったわ」
「俺が来てからそうじゃなくなった?」
「そうよ。所長がセタの魔剣の研究に没頭しちゃって、時間に余裕ができたのよ」
「なるほど」
それはいいことなのか?
判断がつかないな。
けど俺が来たことで時間に余裕ができたから、からかう余裕もできたのか。
そう考えるといいことなのか?
うーん。
別にナナミが怒っていないし、構わないか。
研究の邪魔をしている訳でもなさそうだし。
「どうしたの?」
「いや、ナナミやムツミは何の研究をしているのかなって」
「そう言えば魔法と魔剣の研究としか言ってなかったわね」
「もしかして魔剣で使う魔法について研究しているのか?」
昨日の昼のことを思い出す。
確か魔剣ごとに使える魔法がいくつか登録されいてるんだったっけ。
俺が聞くとナナミは目を丸くした。
「よく分かったわね」
「昨日の昼御飯時の説明と午後にムツミから少し教えてもらったからな」
「そういうこと。私はその魔剣に設定されている魔法が再設定できないかを研究しているの」
主に所長が研究して私が実践の形の研究だけど、と付け加える。
「再設定?」
「魔剣の魔法が固定されていると使える魔法が制限されるでしょ。それを解決するための研究よ」
「なるほど」
魔剣の可能性の研究か。
なかなか面白そうだ。
「ムツミは?」
「魔法薬の研究。疲労回復や治療薬の研究ね。セタも研究所に来たときに体験したでしょ」
「ああ」
ムツミに魔法で怪我を治療してもらったな。
あの延長線上をムツミは研究していたのか。
だから昨日の模擬戦場にいたときも色々な漢字を描いて試していたのか。
使える漢字を見つければ、魔法の可能性が広がって、研究に役立つからな。
試していたのは攻撃魔法だったから、試していた方向性は違っている気がするが。
「フルンティングの支配を抑える薬も、ムツミが開発したのか?」
「ええ。ムツミには感謝しているわ」
なんだかんだ言って、仲がいいんだな。
仲直りも早そうだ。
「さて、私もそろそろ所長のところに行くわ」
ナナミが立ち上がる。研究の手伝いに行くのだろう。
場所が分ければ覗いてみようかな。
「皿は洗っておくから、置いといて」
「ありがと」
「あ、あと本を借りてもいいか?」
部屋を借りたから、ナナミの部屋で勉強する必要もなくなった。本さえ借りれば俺の部屋で勉強できる。
「いいわよ。何の本?」
「魔法について詳しく書いてある本かな」
「分かったわ。部屋に置いておくわ」
「了解」
ナナミは食堂を出ていった。
さて、俺も片付けをして勉強するか。





