想定外、エンカウント
鳥居をくぐり、気がつくと荒れ果てた大地に立っていた。周囲には枯れた草木、大小様々な岩が転がっている。
斜面になっているから、どこか山の中か?
霧が出ているせいで遠方を見ることができない。
そして少し薄暗い。
殺伐とした風景だ。
「ここが異世界?」
思っていたものと違う。いきなり町中に転生、というのは期待していなかったが、町が見える広大な草原の中に降り立つとかを期待していた。
異世界に来たんだ、という実感やワクワク感を持てるような場所。
今の場所は何の期待も持てない。
どちらかというと失望の方が大きい。
背後を見ると、すでに鳥居の形跡はなかった。
戻ることもできず、完全に一人。
「あの神様、俺をどこに召喚したんだ?」
思わず愚痴をこぼす。
何がどうなって、どうしてこんな殺伐とした、人間なんて住んでいなさそうな場所に召喚するんだ?
召喚と言っていたけど実は地獄へ導いたんじゃないだろうな?
……愚痴を言っていても埒があかない。
一先ず深呼吸をして落ち着く。
とりあえず状況を確認しよう。
服装はいつもの普段着。ジーパンに半袖のシャツを着て、パーカーを羽織っている。
これは死んだときの格好、そしてオオクニヌシと出会ったときの格好だ。
次に場所。
手がかりがないかと、とりあえず左手の紋様に魔力を込める。
目の前にメニュー画面を表示させる。
そのメニュー画面を隈なく見ていると、右上に現在地を表示していると思われる文章があった。
オオクニヌシの元にいたときは見落としていた箇所だな。
俺はそこに書かれている文字を見る。
バショ:ナゾのバショ
場所が分からないのか?
山の中だから位置情報が取れていないのか?
嫌な予感がする。
「マップはないのか?」
色々な画面に遷移して探す。だけど全く見つからない。
「ゲンザイチカクニン」という機能はあったけど「ソクテイフカ」の表示になっている。
便利そうな「メモ」や「トケイ」などの機能があったけど、今は必要ない。
――メッセージを受信しました。内容を確認してください。
突然、頭の中で受信音と音声案内が流れた。
驚きながら俺はメニュー画面から「メッセージ」という機能を探す。メニュー画面の下部にその機能があり、中身を見る。
一通のメッセージが入っていた。送り主には「オオクニヌシ」と書いてある。
すぐにメッセージの内容を確認する。
書いてあったのは「すまぬ」の一言のみ。
「おい」
思わずメッセージに対して突っ込みを入れた。
同時に冷や汗が背筋を流れる。これってオオクニヌシにとっても想定外の状況なのか?
だとしたら非常事態だぞ。
あ、メッセージに添付がある。中身を確認して――
――生存生物の接近を確認。敵愾心あり。戦闘の準備をしてください。
突然、緊急速報のようなアラートが頭の中で鳴った。俺は驚いて周囲を見渡す。
俺の正面の岩陰に岩とは異なる物体が見えた。
心臓がドクンと跳ね上がる。
(何か、いる)
距離でいうと十メートルほど離れている岩陰。霧の影響でギリギリ見える範囲だ。
アラートが鳴らなかったら気づかなかった。
目を凝らす。俺の様子を窺っているようで、顔だけが見える。
犬や狼の類か?
その動物は俺が視線を向けていることに気づいたのか姿を隠すのを止め、ゆっくりとその岩陰から出てくる。
大型犬ぐらいの大きさか。
漆黒の毛並みに血走ったような赤い目。尻尾が胴の長さと同じくらいだ。
――ライブラリと照合……完全一致の個体は無し。魔物「テイルウルフ」の亜種と推測されます。
開いていたメニュー画面の上に「テイルウルフ」の情報がポップアップ画面で表示される。
俺はテイルウルフの亜種?に注意しながら内容を読む。
「えっと「極めて温厚で肉食の魔物。人と共存できる唯一の魔物でもある」……って」
実際に見た感じ合致しているのは「肉食」と「魔物」って箇所だけだと思う。
敵愾心があるし、明らかにあれは獲物を狙っているとしか思えない。
あれか? 環境に合わせて進化したのか?
こんな荒れ果てた大地だから、生き物を見つけたら何でも捕食対象になっている、とか。
冗談じゃないぞ。
このままだと非常にまずい。何か武器はないのか?
ソウビの項目を展開する。
フクソウ:イセカイのフク
ブキ:ナシ
ショジヒン:ナシ
……よし、逃げよう。
俺はゆっくりと後進する。敵を威嚇しないよう、慎重に……
「って、うおっ!」
地面に埋まっていた石に踵をぶつけ、つまずいた。
思わず大声を上げて後ろに転けてしまう。
「ギャオウ!」
俺の大声に反応したのか、転けたのをチャンスだと思ったのかテイルウルフの亜種――面倒だからテイルウルフ、とまとめて呼ぼう――が俺に向かって突進してきた。
俺はすぐさま起き上がり、反転して逃げる。だけどテイルウルフのほうが早い。五メートル、三メートルと距離が縮まっていく。
逃げ切れない。
そう思った時に背中に激痛。痛みによろめいたところに首に紐のようなものを巻かれた。
紐のようなもので首を後ろに引っ張られ、締め上げられる。後ろ目で見るとテイルウルフが自身の尻尾を俺の首に巻きつけていた。
「くっ」
間一髪で左手の指を首と尻尾の間に入れたからすぐに窒息して死ぬことはない。だけど早く対策しないとこれはまずい。
対策が思い浮かばないまま時間が過ぎる。指が尻尾に食い込んでうっ血していき、感覚が麻痺していく。
このままだと指がちぎれて首を絞められる。
二度目の死がこんなの嫌だぞ。異世界に転生してすぐに死ぬなんて。
必死に思いを巡らせ、ふとミッションの事前報酬を思い出す。
何が報酬なのか分からないけど、今はこれに賭けるしかない。
俺はすぐにメニュー画面を開き、ミッションを選択する。
その画面にある「カグツチのキュウシュツ」を選択、続いて「ホウシュウのウケトリ」を選択した。
――報酬「トツカのツルギ」を受け取りました。装備しますか?
頭の中で声が響く。
トツカのツルギ。神話に出てくる拳十個分程の刃を持つ剣のことか。
「装備するから、早くしろっ!」
これ以上呑気なことは言っていられない。
左の指の感覚がない。
――確認しました。右手に装備します。
その声とともに右手にずっしりとした重みのある感覚。見ると一振りの剣が握られていた。飾りなどない、シンプルな剣だ。
これなら助かる。
俺は背中に伸びている尻尾に下から剣を当て、思い切り振り上げる。
太い紐を斬るような感覚。テイルウルフの悲鳴のような声。息苦しさから解放される感覚……様々ことが立て続けに起きた。
「ゴホッ、ゴホッ」
首に巻きつけられていた尻尾を取り、咳き込みながらも俺はテイルウルフの方を見る。テイルウルフは斬られた尻尾を振り回し、鮮血を撒き散らしながら俺を見ている。
尻尾を斬られ、怒っているようだ。
俺は剣をテイルウルフに向ける。剣の扱いなんて分からないけど、戦うしかない。
戦わないと死ぬ。
それだけは分かっている。
――「成長する力(刀剣)」のスキル「基礎技術」及び「背水」を取得しました。能力の確認をしてください。
スキルの取得だと?
今は詳しく確認する暇なんてない。だけど音声が聞こえたのと同時に剣を持つ感覚が妙にしっくりときたことだけは分かった。
体も軽い。テイルウルフの動きを目で追うことができている。
これが取得したスキルの内容だろう。
右手だけで柄を握り直す。左手は痺れから回復していない。こちらから仕掛けることは無理だ。
深呼吸をしてテイルウルフの動きをしっかりと見る。
(来い。倒してやる)
そう思った矢先、テイルウルフが飛びかかってきた。前足を振り上げ爪で俺に切りかかろうとする。
半身で攻撃を避ける。そして俺の真横を通り過ぎるテイルウルフの胴体に剣を突き刺し、そのまま尻尾に向けて斬り開いていく。
「う、おおおおおっ!」
「ギャオッ!?」
柔らかな肉と時折の硬い骨の感覚。鉄の臭いのする鮮血が俺の体を赤く染め上げる。
慣れない感覚、臭いに気持ち悪くなり吐き気がこみ上げてくる。
(まだだっ)
吐き気を必死にこらえ尻尾の根元まで斬り上げ、剣を引き抜く。
斬られたテイルウルフは地面を転がり、岩に衝突した。しばらく痙攣したように動いていたが、最後には動かなくなっていた。
「し、死んだ?」
恐る恐るテイルウルフに近づく。剣で突いてみるが反応はない。どうやら死んだようだ。
「は、はは……」
緊張の糸が切れ、その場に座り込む。今更になって体が震えだした。
スキルも効果が切れたらしい。剣を持つ感覚に違和感があり、気怠さが戻ってくる。
同時に込み上げてきた吐き気。俺は堪えることができず、その場に嘔吐してしまった。
吐き続けても吐き気が収まらない。
異世界で新たな人生は最悪な出だしだ。