寝起き
「おい、ナナミ。起きろ」
借りている部屋に戻るとナナミが寝ていた。
食事前と同様、ベッドに行き倒れていた。
上半身をベッドに放り投げて、俯せで寝ている。
ただそのベッドは俺が寝るためのもの。
彼女の部屋は隣だから戻って寝ればよかったのに、目の前にあるベッドの誘惑には勝てなかったか。
(にしても)
幸せそうな顔をしているな。
ムツミに言われた通り服はちゃんと持ってきているようで、ベッドと彼女の上半身の間に替えの服の一部が見えている。
「すぅ……すぅ……」
肩を揺すってみる。反応はなし。
熟睡だ。何をしても起きない気がする。
彼女は疲れているって言っていたし、それに今は満腹な状態だろう。
俺も同じ状態だったら寝ているはずだ。
「…………」
悪戯心が湧いてくる。机の上を見たけど、ペンらしきものは置いていない。
顔に何かを描くのはできないようだ。
恐る恐るナナミの頬を突っつく。
おお、柔らかい。
次に鼻をつまむ。
「ん……」
さすがに違和感を覚えたのか、彼女の眉間にシワが寄る。一瞬起きたのかと思いドキッとしたが、彼女は再び寝息を立てる。
悪戯は止めるか。
下手にバレたら、何をされるのか分からない。
でも止めるにはもったいない。
ムツミが言っていた「ドキドキハラハラ」感覚が分かったような……
……駄目だ。これ以上悪戯したら後戻りできない気がする。
「……シャワーを浴びるか」
ナナミはこのまま放置しておいても問題はないだろう。
せっかく部屋を借りることができたし、風呂場もあるんだ。使わない訳にはいかない。
風呂場を見に行く。
風呂場の手前に脱衣所兼洗面所がある。
タオルは……あった。洗面台の下の棚の中にバスタオルとボディタオルを発見。埃が被っているけど、払えば全然使える。
風呂場は洗い場と浴槽に分かれている。一先ず浴槽にお湯をためよう。
蛇口を開き、お湯を入れる。
問題は着替えか。
今はナナミが抱えているんだよな。
どうやって取ろうか?
腕を組んで考える。
熟睡しているから起こすのは無理だったし、無理矢理服を引っ張りだそうとすると、服が破れかねない。
……仰向けにして取るか。
寝ているナナミに近づき、様子を見る。
まだ寝ているな。
まずは彼女をベッドの上に正しい格好で寝かす。
跪くように床につけている足を持ち上げる。スカートじゃなくてズボンだから、視線が泳ぐことはない。
そもそも、その考えが邪なのかもしれないけど。
次に上半身を中心にして、弧を描くように足がベッドの上になるように動かす。
作業を終えると、ナナミはぎりぎりベッドの端でナナミが俯せで寝る格好になった。
そして最後にベッドの中心に彼女の体が来るように転がす。
きれいに彼女がベッドの真ん中で仰向けになった。
うん、完璧。
我ながら見事な手際だ。
それにしても、これでもナナミが起きないとは驚きだ。
とりあえず彼女が抱えている服を取ろう。これなら多少強く引っ張っても問題ないはずだ。
「うー」
あと少しで取れる、というところで服の端を握って抵抗された。俺は彼女の指を一本ずつ服から外し、服を取る。
服は誰かの普段着……ではなくホテルとかに置いてある部屋着だった。
こんなものまで研究所にあるのかよ。
ここは本当に居住区のようだ。
「うー」
またナナミがうなっている。見ると彼女の手が宙で何かを探すように動いている。
俺の着ている服を掴まれそうになり、慌てて避ける。
抱える物が必要なのか?
枕でも渡しておこう。
ナナミの頭上にあった枕を渡す。すると彼女は満足した表情になって枕に抱きついて寝息を立てる。
「はぁ」
彼女放っておこう。害はないし。
俺は部屋着を持って脱衣所へと行く。
服を脱ぎ、ボディタオルを持って風呂場へと入る。
浴槽は浸かって腰ぐらいの高さまでお湯が入っていた。全身を浸かるにはまだ時間がかかりそうだ。
先に体を洗おう。
石鹸は……ないな。
銭湯に行ったときに取ってくればよかった。
擦って垢を取るか。
タオルをお湯に浸して柔らかくして、体を擦っていく。
黙々とするから洗うのはすぐに終わった。
「ふぅ……」
浴槽に入る。やっぱりお湯に浸かるのはいいなぁ。
癒される。
「そういえば、今日はどんな変化をしているんだ?」
俺はメニュー画面を開き、ステータスを確認する。
筋力が上がっている。これは筋トレのお陰か。
魔力精度があった。こちらも上昇という結果。魔法の練習のお陰だな。数値がかなり上がっている。
ほとんどの項目が上がっていた。努力の結果だな。
目に見えて結果が分かるのはのは嬉しいし、頑張るための気力にもなる。
ついでに渾名を見る。
ナマエ:セタ ナオヤ
アダナ:シらないコトをマナぶイジン
確かにそうだけど。
渾名について、ナナミやムツミに聞くのを忘れていたけど、どうでもいいや。
ネタみたいな機能なのだろう。
よく考えてみたら、そういうのは地球でもあった気がする。
オフライン状態の検索画面で出てくる恐竜でゲームができたり、特定ワードを検索すると画面が一回転したり。
なぜそんな機能があるのか深く考えたら駄目なやつだ。
考えたら馬鹿馬鹿しくなってくる。
「はぁ……」
画面を閉じ、目を閉じて肩まで浸かる。何も考えず、ゆっくりと体を温める。
数分後、十分温まった俺は浴槽から出た。体を拭き、部屋着を着て部屋へと戻る。
ナナミは……案の定寝ている。寝返りして俯せになっているけど。
起こすのも躊躇われるな。
さて、どうしたものか。
机に備え付けられている椅子に座り、考える。
ムツミに相談するか?
いや、彼女に相談すると余計なことしかしなさそうだ。
「ん……?」
悩んでいると寝息とは違う声が聞こえた。ナナミのほうを見る。彼女はもぞもぞと体を動かしていた。
猫のように背筋を伸ばし体を起こした後、ペタンとベッドの上に座る。
どうやら起きたらしい。大事そうに抱えている枕に顎を乗せ、俺のほうを見ている。
「おはよう」
「んー、おはよう?」
まだ頭は覚醒していないようだ。寝ぼけ眼のままだ。
「どうして私の部屋にいるの?」
「ここは俺が借りている部屋だ」
「……あれ? 私はセタに服を渡しに行って……はい、服」
「それは枕だから」
「あれ?」
差し出したものが服じゃないことを指摘すると、ナナミは枕を見て首をかしげた。
「なんで変わっているの?」
「俺が取ったからだ」
「取った?」
「服を抱えたまま寝ていたんだけど、覚えてる?」
「……あー」
思い出したらしい。
次第に彼女の目に生気が戻ってくる。
差し出していた枕は再度抱え込む。
「寝ちゃってたんだ」
「そうだ」
「ごめんね」
「疲れていたようだし、構わないよ」
そう言うと、ナナミは横になった。
寝るのか?
「もう少し横にならせてせて」
「寝るなよ」
「大丈夫。まだ頭がボーッとするだけ」
寝起きだから、まだ体が重いのか。
寝ないように話しかけるか。
「どうしてそんなに眠いんだ?」
「午後が忙しかったのよ」
「何をしていたんだ?」
「所長の手伝いとあと外に出てていたのよ」
「外? 狩りか?」
尋ねると、少し間を開けて彼女はうなずいた。
「魔物が近づいてきていたからね。倒して追い返していたのよ」
なるほどね。駆除していたのか。
「特にダークテイルウルフは群れを成しているから、追い返すのに時間がかかるのよ」
「群れって何匹だったんだ?」
「ざっと二、三十匹かな」
多いな。大所帯だ。
俺が遭遇した群れは少なかったのか。
昨日のことを思い返していると、ナナミが悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「今度行くことがあったら、セタも誘うわね」
「え……よろしくお願いします」
「あ、来るんだ」
ナナミは目を丸くした。
「狩りはともかく、ナナミの剣技を見てみたい」
「剣技ね。勝負のための敵情視察?」
「バレたか」
「バレバレよ」
クスッと彼女は笑う。
俺は頬を掻く。
隠すように言っていないし、気づくのは当たり前か。
四日後の勝負のためにナナミことをよく知っておきたい。
「それなら、朝の鍛練で教えるわよ」
「敵を鍛えるなんて余裕だな」
「あら鍛えるんじゃなくて、勝負前に棄権させる為よ」
「酷いな」
「作戦と言ってほしいわね」
笑っているから棄権させるのは冗談なのだろう。
冗談を言えるほど頭がハッキリしてきたナナミは、ベッドから降りて伸びをする。
「ん~、明日の朝から参加する?」
「いいのか?」
「ええ。一人で鍛練するのも暇だったし」
「じゃあ、頼む」
「分かったわ。また明日」
「おう」
手を振ってナナミは部屋を出ていった。
さて、俺は寝るか。
ナナミが寝ていたベッドを見る。
……ここで寝るのか。
意識しないのは無茶がある。
寝付けなさそうだな。床で寝るか?
枕と毛布を使えば寝れなくも……
(あれ?)
枕がない。
どこを探しても見当たらない。
どうやらナナミに持っていかれたようだ。





