勉強部屋
「ふぅ、久しぶりに食べたな」
美味しかったから完食。朝から肉料理は重いと思ったけど食べることができた。
昨日だったら肉から魔物を倒したことを思い出して、体が受け付けなかったかもしれない。日が変わったから食べることができた気がする。
意外と適応能力があるのかも。
「お粗末様でした」
「あ、やっぱりムツミが作ったんだ」
「所長は作らないですし、ナナミは作れないので」
「なるほどね」
皿洗いをしながら、会話をする。これぐらいは手伝わないとな。
「セタさんは料理はできますか?」
「一応できるぞ」
大学に入ってから料理はしていたからな。簡単なものなら作れる。
レシピがあれば作れる自信はある。
「では今日から手伝ってください」
「今日って昼から?」
「はい。昼と夜を手伝ってもらって、明日からは独り立ちです」
「覚える時間が短くないか?」
「凝った料理を作る必要はないです。食べれればいいのです」
何故か遠い目。
凝った料理、食べれればいい……暗にナナミを非難しているな。
どんな独創的な料理を作ったのだろう。
気になるな。
「……ナナミと一緒に作ってみようかな」
洗い終えた皿を拭きながら呟く。
「それは絶対にやめてください」
即答で返され、睨まれた。
「どうして?」
「ナナミはレシピを渡してもその通りに作れない上、人の作った料理に余計なことをします」
「余計なこと?」
「勝手に辛い料理が甘くしたり、甘い料理が塩辛くしたりします」
「なんだそんな魔法のような技は?」
それは一緒に料理はできない。
何をやらかすか分からない。
「とにかく一緒には料理しないでください」
「分かった」
拭いた皿を食器棚に片付ける。これで朝食とその片付けは終わりだ。
俺たちは食堂を出る。
ムツミは行き先を決めているらしく、迷うことなく歩いている。俺はついて行くしかない。
「さてこの後のことですけど、ナナミからセタさんのことを任されています」
昨晩「ムツミに聞く」とナナミが言っていたから、そのことだろう。
「ムツミの研究の手伝いをするのか?」
「いえ、知識と慣れが必要な研究なので手伝いはできません。ですので、別のことをしてもらおうと思います」
「別のこと?」
首をかしげる。
「別世界から来たとのことなので、この世界のことを勉強してもらいます」
「勉強? それでいいのか?」
それだと研究所に居候する俺としては気が引ける。ちゃんと手伝いとかをした方がいいんじゃないのか?
でも研究の手伝いは知識が必要だって言っているし難しいかもしれないけど……
「勉強して損はないと思いますよ」
「そうだけど、居候している身としては……」
「この世界について勉強をして、その後ここで研究していることを知ってください。そうすれば研究の手伝いができるようになりますよ」
なるほど、世界の基礎を学ぶってことか。
そうすればここの研究をしていることを教えてもらった時に背景が理解できて手伝うことができるな。
「それに今は料理ができるだけで十分助かります」
「分かった」
「とりあえず今日の午前中は勉強です。それで午後は剣技と魔法の練習をしましょう」
「お、実技練習」
「相手はナナミで――冗談です。逃げようとしないでください」
ムツミの口から彼女と実技と聞いた瞬間、本能的に踵を返していた。
まずいな、完全にトラウマになっている。
「わ、悪い」
「はぁ……相手は私です。基本的な剣技と魔法を教えます」
「了解」
「目標はナナミに勝つことです」
「……勝てるのか?」
「弱気にならないでください。絶対に勝てます」
秘訣でもあるのだろうか。ムツミは自信に満ちている。
俺はそんな彼女を見てうなずくしかない。
「勝負の話は午後で昼までは勉強をしてください」
「どこでするんだ?」
「ナナミの部屋です」
思わず俺は足を止めた。
「どうしてナナミの部屋?」
「勉強の資材があるので、効率がいいのですよ――まさかナナミの名前だけでトラウマになってませんよね?」
俺は首を横に振る。
「勝手に部屋を使っていいのかってことだよ」
「大丈夫ですよ。ナナミには許可を得てます」
「なら、いいのか?」
「それに女子の部屋って聞けば男子はドキドキする、と聞いたことがありますが?」
「それは、まあ」
否定できないな。一応は健全な男だと思っているし。
容姿端麗なナナミの部屋はどうなっているのだろう。
想像を膨らます。
ああ、昨日の夜のシャンプーの匂いが思い出されるなぁ。
「あの、セタさん」
「ん、どうした?」
「私が想像させたのが悪いのですが、鼻の下が伸びてます」
「おっと」
変な顔を見せてしまったな。頰を叩いて気を引き締める。
研究所に来てから親切にしてくれているし、安心しているせいか気が抜けているな。
昨日も同じことを思っていたと思う。
「今の状態のセタさんをナナミの部屋に連れて行くのはかなり不安なのですが」
「大丈夫だ、問題ない」
「……まあ何か問題を起こしたらナナミが成敗すると思うので、そういう意味では問題ないですね」
「はは……」
物騒なことを言うなよ。
事実かもしれないけどさ。
ムツミは冗談には笑えないことが混ざる。反応に困るけどそれはそれでムツミらしい、とまとめればいいか。
「着きました。ここが居住区画のナナミの部屋です」
一つの扉の前でムツミは立ち止まった。ネームプレートには「ナナミ」と書かれている。
ムツミはその部屋の中へと入る。
中は綺麗に整理されていた。
正方形に近い部屋に一人用のベッドと机、壁際には本棚があり本がぎっしりと並べられている。
ベッドのシーツや掛け布団も整えられているし、 机の上も何も置かれていない。
奥には別の扉があるな。
「あの扉は風呂場につながっています」
ムツミが奥の扉について教えてくれた。
「風呂? 銭湯以外に風呂に入る場所があるのか?」
「はい。銭湯は気分転換にナナミが使っている私物で、大抵は部屋にある風呂場を使います」
なるほど。
そういえば銭湯が破壊されたのに昨晩ナナミからシャンプー匂いがしていたのは部屋の風呂場を使ったからか。
「それにしてもナナミが部屋の整理をした? あり得ない」
「そうなのか?」
「普段はもっと散らかっていますよ。恐らく……」
ムツミは風呂場へとつながる扉を俺に見えないようにそっと開き中を確認し、またそっと閉じた。
「ここは開かないでください」
「……分かった」
ここでの目的は勉強だ。俺は机に付属する椅子に座る。
「勉強は本を使ってください」
そう言ってムツミは俺の目の前に数冊の本を置いた。
一冊一冊が分厚いな。
大学の研究で利用しそうな参考書だ。
「これで勉強してください」
「了解」
「あとは……そうでした」
ムツミは思い出したように彼女自身のメニュー画面を開く。
「何か問題があった時、対応できるように連絡先を交換しましょう」
「ああ、そうだな」
「ついでに通話機能も入れましょう」
「頼む。それでどうしたらいいんだ?」
「それはですね……」
ムツミの指示のもと画面を操作していく。
「レンラクサキ」という画面があったんだな。そこにムツミの連絡先を登録。一方ムツミに俺の連絡先を教えて登録。
通話機能についてはムツミのメッセージに添付されていたファイルを操作して導入した。
「メッセージや通話って不特定の人とできるのか?」
「できません。連絡先を登録したもの同士でしかできません」
「へぇ」
どういう仕組みか気になるけど、理解できそうにないから聞かないでおこう。
「これで終わりです」
「ありがとう」
「どういたしまして。それでは勉強は独学になりますが、頑張って下さい」
「ああ」
俺はうなずく。それを見たムツミは満足したような顔をして、部屋から出ていった。
さて勉強、頑張りますか。





