二日目の朝
「セタさん、起きてください。朝です」
誰かが体を揺すっている。
誰だろうか。俺は起きたくない。
昨日ナナミが治療室から出ていった後、目が冴えてなかなか寝付けなかったからまだ寝たいんだ。
剥がされそうになった布団を奪い取り、俺はその中に潜り込む。
「もう少し、寝かせてくれ……」
「そんなことを言うのなら、刺します」
――敵意、殺意を察知。「背水」を発動しま――
「!?」
咄嗟にベッドから転がり落ちた。自分の寝ていた場所を見る。使っていた枕に何かを握った手が振り下ろされた。
俺は何者なのか確認すべく視線を上に向ける。
「おはようございます。セタさん」
ムツミだった。
「今、殺す気だっただろ」
「まさか。これを見てください」
枕に振り下ろしていた手を見せる。握っていたのはナイフだった。
その刃をムツミは指で挟み、柄の中に入れる。手を離すとバネの音がして勢いよく刃が出てきた。
「マジックナイフです。見たことありませんか?」
「……手品とか、いたずらで使うやつか?」
「そうです」
ムツミはうなずく。
全く、心臓に悪い。
「背水」の能力が発動しているから敵意か殺意は本当なのだろうけど。
……違和感が残るな。
「本当にマジックナイフなのか?」
「疑い深いですね。そうですよ。ボタン一つで刃が出たり入ったりします」
「……ちょっと待て。ボタン押さずに振り下ろしたらどうなるんだ?」
「刺さります。ちなみにこの刃は本物です」
「殺す気だっただろ!」
もう一度叫んだ。
本当に死ぬところだった。
もう少し寝るどころか、永遠に眠りにつくところだぞ。
「さすがの洞察力です、セタさん」
「何がさすが、だよ……」
殺す気だったことか、マジックナイフの仕組みに気づいたことか、どっちの洞察力なんだよ。
「ですが、これで目が覚めたでしょう?」
「当たり前だ」
眠気なんて吹っ飛んだ。
ムツミの冗談には命を懸けないといけないようだ。
「では、食堂に行きましょう。お腹空いていますよね?」
ムツミはマイペースだ。
殺傷能力のあるマジックナイフを懐に片付け、治療室のドアへと向かっている。
「まあ、そうだな。昨日も何も食べてないし」
「腹が減っては何とやら、です。今すぐ行きましょう」
「ムツミがお腹空いているんじゃないのか?」
「そうとも言います」
「……はぁ」
とりあえずムツミについて行くか。
俺たちは治療室を出て食堂へと向かう。
「そういえば、ナナミは?」
「朝の鍛錬で模擬戦場にいます」
寝るのが遅かったはずなのにもう起きているのか。
「今日はもう終わると思いますが、明日からはセタさんも参加したらいいのでは? ナナミも一人で鍛錬しているので喜びますよ」
「……殺されるんじゃないだろうか」
「型の確認なので大丈夫ですよ。セタさんは慎重になりすぎです」
「昨日のがトラウマになっているんだよ……」
吹っ飛んで壁にぶつかったことは忘れられない。
こっちは死にかけたんだ。
「魔剣を一応所持していることですし、剣技を上達したいでしょう?」
それはそうだな。剣なんて今まで持ったこともなかったから、人並みには上達したい。
そして上達するなら実際に打ち合いをすればいいのだろうけど。
「薬が効いているときのナナミを知っているでしょう。あの状態なので大丈夫です」
「それならいいのか?」
若干不安だけど、昨日の夜の雰囲気を考えれば大丈夫か。
「あ」
通路を曲がったところでナナミと遭遇。思わず俺は身構える。
「……なによ?」
「曲がった先にいたから驚いただけ」
「そう」
頬を膨らませてそっぽを向く。
悪いことでもしたか?
「セタさん、昨日のことを反省しているナナミに身構えたら駄目ですよ。ナナミは今正常なので傷つきます」
「あ、悪い。ナナミ」
「それはそれで傷つくわよ……」
頬を膨らませるのを止め、彼女はため息を吐いた。
「それで二人はこれから食堂?」
「はい。ナナミは食べ終わったところですか?」
「ええ。これから所長の研究のフォローよ」
「分かりました。セタさんに関しては任せてください」
「頼むわ。じゃあね、セタ」
「ああ。ナナミも頑張れ」
俺がそう声をかけるとナナミは微笑み、曲がり角の陰へと消えていった。
「ムツミ、ナナミって何の研究を手伝っているんだ?」
「それは後程。今は朝ごはんです」
「……お腹空いていたんだな」
「その答えはさっき言いました」
ナナミがやって来た道をムツミは進んでいく。俺は彼女を追いかける。
すぐに食堂についた。
「セタさんは席に座っていてください」
ムツミに指示され、俺は適当に席に座る。
辺りを見渡す。三人で研究している場所にしては広いな。朝食を時間なのか準備しているムツミがいるキッチンもしっかりとしたものだし、ご飯を食べる席も数十人は座れる。
そういえば銭湯も広かった。男女に分かれていなくても、ここにいる人数を考えれば広いだろう。
昔は大人数がこの研究所で研究をしていたのだろうか。
「お待たせしました」
朝食を載せたトレイを目の前に置かれた。
白いご飯に味噌汁。肉料理もあるな。
白いご飯に味噌汁……日本のご飯に通ずるものがある。
肉料理――ステーキぽい何かは朝から食べることは俺は聞いたことがないけど。
だけどいい匂いだ。お腹の虫が鳴る。
「昨日の残りです」
「昨日?」
「セタさんとナナミが狩ってきた魔物の肉ですよ」
あの魔物がこんな料理に変わるのか。
昨日何も食べず空腹だからか、美味しそうに見える。
「ふぁべないのでふか?」
いつの間にかムツミはご飯を食べていた。
肉を頬張りながら俺に聞いてきた。
俺も食べよう。
まず白ご飯を食べる。
うん、美味しい。
「うまい」
「一口食べただけですよね?」
「俺は米が好きなんだ」
「では、さらに美味しくなるものをかけましょう」
そう言い何かを白いご飯の上に何かをかけられた。
白と黒のふりかけ。これは……
「ごま塩か?」
「当たりです。これがあれば白いご飯が進みます」
「分かっているじゃないか」
口に入れる。すると中に広がるこの味。異世界で食べることができるとは思っていなかった。
「セタさんのいた世界と食事と、私たちの世界の食事は大差なさそうですね」
ムツミも俺と似たようなことを考えていたようだ。
「朝食だけから判断するとそうだな」
「恐らく食生活には困らないと思います」
「そうか」
食べる物からカルチャーショックがあれば苦労するだろうし、一安心かな。
俺は一口一口味を感じつつ、朝食を食べる。





