深夜
ガサ、ゴソという音がして目が覚めた。
体を起こす。診療台が固かったせいで、筋肉が硬直してあちこち痛い。
辺りを見渡す。
音がしていたのは俺の足元、薬品棚からだった。
人影がある。手元にライトを持ち、薬品棚を上から見ている。
その度に髪が揺れている。
「……誰だ?」
「あ、起こしちゃった?」
ナナミだった。彼女は振り向き、ライトを俺に向けた。
「眩しい」
「あ、ごめん」
ライトを下に向ける。
「何をしているんだ?」
「薬品を探しているのよ」
「部屋の電気を点けたら? 暗いと探しにくいだろ」
「そうする」
ライトの明かりを消し、治療室の電気を点ける。
何度か瞬きをして目を部屋の明るさに慣れさせ、ナナミを見る。
彼女は長袖のTシャツに長ズボン、ブラケットを羽織ったラフな格好だった。長い髪は後ろで一つに束ねている。
微かに風呂上がりのシャンプーの匂いもするな。
ナナミは電気を点けたあと再度薬品棚を探し、いくつか薬品を取っていく。
「何で薬品を集めているんだ?」
「精神剤を作るのよ」
手に取った瓶を見せながら彼女は答える。
「作るのか?」
「本当はムツミにお願いしたいのだけれど、忙しそうだったからね。私が作るの」
俺だったら餅は餅屋だと考えて、無理を承知で出来る人に任せようと思うけど……
「ここには三人しかいないからね。複数のことが出来るようにならないといけないのよ。それにこの薬は私の薬だから、私が作らないと」
俺の考えを読み取ったのか、ナナミが答えてくれた。
そうか。ここは俺を除くと三人しかいないんだった。専業していると人が足りなくなるのか。
「ここで作るのか?」
「セタが寝るのを邪魔しても悪いし、私の部屋で作るわ」
「ここで作れば? 薬品を持っていくのも大変だろ?」
「……そうね。セタがいいのならここで作るわ」
俺は構わないので頷く。
ナナミは薬品棚横の壁に折りたたまれていた机を広げ、その上に薬品を置いていく。
混ぜるのは十数種類の薬品。かなりの数だ。
かなり正確性を求められる作業になりそうだな。
「……作れるのか?」
「失礼ね、作れるわよ。ムツミほど手早くはできないけど。一応ね」
「一応って言うな。自分自身の薬だろ」
「ふふっ、冗談よ」
柔らかい口調。俺が寝る前とはだいぶ雰囲気が違うな。
優しい感じがする。
「薬が効いているのか? 雰囲気にギャップがあるけど」
「そうね。昼間は薬が効き始めだったから」
俺の質問にナナミは肯定する。
「魔剣からの支配は薬を飲めばすぐに解放されるのだけど、支配されていた時の言動とかはすぐに治らないのよ」
「じゃあ、どちらかと言うと今のナナミが素の状態?」
「そうなるわ」
会話をしている間もナナミは手を動かして薬品の中身を少しずつビーカーの中に入れていく。
最後にミズカネを中に入れ、かき混ぜる。
それを最後にナナミが持参していたビンへと入れた。
栄養剤みたいだな。
ミズカネがベースの色になっているから、黒色に光っているから気持ち悪いけど。
「それが精神剤?」
「そうよ。これが一回分。あと五、六本は作っておきたいわね」
「魔法で作れないのか?」
「ミズカネを使っているから無理よ」
そうだった。ミズカネは魔法を使うための媒体だった。
下手に魔力を込めたら何が起きるのか分からない。
……何が起きるんだ?
「なあ、ナナミ。何も描いていないミズカネに魔力を注ぐと何が起きるんだ?」
「爆発するわ。量によって爆発の規模は違うけど」
「爆発か」
「過去の文献を見たけど、このビンのミズカネの量でこの部屋が消滅するそうよ」
結構な規模の爆発だ。
怖いな。取り扱いには気を付けないと。
「じゃあ、作業に戻るわ」
「あ、ああ。邪魔してごめん」
「構わないわよ」
ナナミは作業を再開する。俺はその彼女の背中を見ながら今日の出来事を振り替える。
異世界に転生したと思ったら魔物と対峙して、なんとか倒すことができた。そのあとも襲われかけたけど、突如現れたナナミに助けてもらい、この研究所にたどり着く。
研究所では銭湯を貸してもらった。その銭湯は俺の持っていたトツカのツルギが魔剣オハバリに変化して暴走、ぼろぼろにしてしまった。その後、銭湯の状況説明のためナギ所長の元に行き、説明と自己紹介。俺の所有する魔剣の研究をナギ所長がする間、ここに滞在することになった。
滞在することになったから研究所の案内をナナミにしてもらった。模擬戦場では魔剣に半支配されていたナナミと勝負することになり、敗北。というよりも背水の力を借りて逃げ回った挙句、最後に一発腹を殴られただけで負けたから勝負になっていない。
骨が折れずに済んだのは奇跡に近いことだ。
その後怪我をした箇所の治療のため治療室に来た。そこでムツミと初対面。彼女は人をからかうことが好きだった。俺も途中彼女にからかわれたが、怪我の治療は無事終了。怪我が治ったお陰か色々な経験をしたためか、俺はどっと疲れが出て治療室で寝たのだ。
で、ナナミが治療室に来て目が覚めた。
「ふぅ、終わった」
十分ほどしてナナミが言った。六本目のビンを机の上に起き、ナナミは背伸びをする。単純な繰り返し作業って意外に疲れるんだよな。
「お疲れ様」
「やっぱりこういう作業は苦手だわ。時間がかかる」
「時間に余裕を持てばよかったのに」
「ご飯食べたり色々していたら、夜になっちゃったのよ」
「今って夜なんだ」
「うん。そろそろ日付が変わるかな」
「そんな時間なのか」
もう一度寝るか。明日に備えないと。
「……」
「どうしたの?」
「俺って何をしたらいいんだ?」
何を考えていなかった。俺は研究所でどうすればいい?
ひとまず七日経つまでに魔剣の問いに答えることは必要なことたけど、ずっとする訳にもいかない。
研究所に何か手伝ったほうがいいだろう。
ナナミも考えていなかったようで、腕を組んで天井を見上げる。
「そうね……とりあえずムツミに聞いてみよ」
「ムツミ頼みか」
「う、うるさいわね。私も研究で忙しいのよ」
研究か。
「何の研究をしているんだ?」
「魔法と魔剣の研究よ」
それは前に聞いた。
「詳しく」
「えー」
嫌な顔をされた。
「また時間あるときに教えるわ。眠いのよ」
「あ、悪い」
ナナミの都合を考えていなかった。わがままを言うべきじゃない。
居候の身だし。
「じゃあ、お休み」
「おう。またな」
ビンを抱えナナミは治療室を出ていった。
俺ももう一度寝るか。
明日から何をするのかな。
正直楽しみだ。





