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異世界で俺は諦めない  作者: カミサキハル
異世界導入編(初日)
13/90

治療室、ムツミ

 治療室に到着し、中に入ると一人の少女がいた。

 俺が着ている学生服のような白いシャツに紺のブレザー。違うのはスカートをだということか。

 薬品棚を見上げながら何か考え事をしているようだ。

 片手には一メートルほどの長さの杖を持っている。

 魔法使いっぽいと思うのは俺だけか?


「あ、ムツミ」


 彼女を見てナナミが声をかける。

 さっき模擬戦場で通話していた少女、ムツミだった。

 体躯からしてやっぱり中学生みたいだ。


 どうしてここにいるんだろう。食堂にいるって聞いていたけど。

 ナナミに声をかけられたムツミは俺たちの方を見る。


「ナナミ、魔剣に支配されていませんか?」

「薬を使ったから大丈夫よ。食事の準備をしていたのにごめんね」

「治療となると私の専門分野なので。呼ばれたら来ますよ」


 ナナミがムツミのことを呼んだのか。


「それに……」

「それに?」

「ナナミが見知らぬ男を連れてきたと聞いたので、早く会ってみたいと」


 チラッとムツミは俺の方を見る。


「そんな間柄じゃないわよ」

「そんな、とは?」

「もう」


 ナナミは頬を膨らましている。

 俺はモニター越しにムツミと会話をした時に思ったが、やっぱり冗談が好きなのかもしれない。

 人をからかうのが好き、といったほうがいいか。

 こういう人間っているよな。相手をからかってその反応を楽しむ人。

 俺もそういうことは嫌いじゃない。

 されたらとムッとするけど。


「あなたがナナミに連れてこられた男の人ですか?」

「瀬田直也だ」


 尋ねられたので答える。


「私はムツミです。今回はナナミがご迷惑をおかけしました」

「俺も銭湯での魔剣のことがあったからどっちもどっちかな」

「そうですか。それにしても……」


 じっと体を見られる。


「ボロボロですね」

「全部ナナミのせいだ」

「……ナナミ」

「さ、さっき謝ったわよ!」


 ムツミにジト目で睨まれたナナミは反論しているけど、弱々しい。

 事実のことを指摘されているからな。言い返せないのだろう。


「ナナミ、こういう時は謝るだけじゃダメです」

「えっ」

「相手は男です。こういう時は体を捧げて謝らないと……」

「……殴るわよ」


 満面の笑みで拳を作るナナミ。その笑顔が怖い。

 笑顔を向けられている当の本人は肩をすくめていた。

 俺はムツミに向かってため息を吐いた。


「からかいすぎだ。ナナミが切れて魔剣を使われたらどうするんだ」

「治療室なので怪我しても問題ないと思います」

「それもそうか」

「あなたたち、初対面なのに気が合いすぎでしょ……あと魔剣なんて使わないわよ」


 俺とムツミのやり取りに呆れているナナミ。

 なんだろう。ムツミとは波長が合いそうなんだよな。

 ノリが良いのは嫌いじゃない。


「冗談はこれくらいにして、セタさん。あの診療台に寝てください」


 ムツミは奥にあった診療台を指差す。

 昔ながらのシンプルな診療台だな。


「怪我をしたところを治療します」

「簡単にできるのか?」

「簡単ですよ。任せてください」


 指示された通り俺は診療台に横になる。


「さて、怪我をしたのはどこですか?」

「骨にヒビが入っているらしい」

「ヒビですか。痛みはどこにありますか?」

「麻酔が効いているから、分からないな」


 麻酔が効く前のことを思い出そうとするけど、全身が痛かったからどこにヒビがあるのか見当がつかない。


「ナナミ。どこにヒビがありましたか?」

「えっと……背骨と肋骨にヒビがあるわ」

「分かりました」


 ナナミの言葉を聞いてムツミは杖を俺に向ける。魔力を込めたのか紋様が浮かび上がる。


「それも魔剣の一つなのか?」

「いえ、これは治療用に特化した杖です。治療に必要な紋様を描き込んでいるのですよ」

「へぇ」

「治療はスピードが大切ですからね」


 確かに。

 すぐに治すことが可能なら、治療が間に合わないというリスクは減るだろうし。

 魔法なら、切開での治療にはならないだろう。


「じゃあ、始めますね」

「了解」

「杖の先を握ってください」


 言われた通りに杖を握る。

 ムツミは目をつぶって集中している。紋様の輝きが増す。


「診察」「特定」「促進」……など漢字が見える。


「ナナミ言う通り、背骨に三ヶ所、肋骨に四ヶ所ヒビがありますね。あと内出血と背中のミミズ腫……ミミズ腫に毒が残っていますけど、ナナミの刀傷ではないですね」

「ダークテイルウルフにやられた傷だな」


 内出血は想定外だな。だけど普通に考えると、ナナミに蹴られていたし、内出血になっていても不思議ではないか。


「ダークテイルウルフの毒は猛毒なんですけど」

「毒耐性の能力があるから、毒は効かないんだ」

「羨ましい能力です」


 俺は地味だと思うけどな。


「素人でダークテイルウルフと戦い、魔剣に支配されかけていたナナミと相対して、これだけの怪我で済むのは奇跡ですね」


 御の字です、とムツミは付け加える。


「比較的軽傷ですし」

「比較的軽傷、ね。それで魔法でどうやって治すんだ?」

「今回だとセタさんの自然治癒力を活性化させて怪我の治します」

「へぇ」


 自身の治癒力を高めて治すのを早めるのか。


「ただ欠点もあります」

「麻酔の効果を消して行わないといけません」

「麻酔を……え?」

「麻酔は自然治癒力の効果を無効化させます。ですので麻酔なしの治療となります。加えて……」

「加えて?」


 ごくりと息を呑む。


「自然治癒力の活性化は多少・・の痛みを伴います。堪えてくださいね」

「……いやぁ、自分の治癒力期待してこのままゆっくり治そうかなぁっ!?」


 体を起こそうとしたら、激痛が走った。

 一体何が起きたんだ。痛みが戻っているぞ。


「さっきの診察で麻酔も無効化しました」

「ちょ、先に教えろ……」

「ナナミ」

「はいはい」


 ナナミが魔剣に触れて魔法を発動する。魔剣から紐が飛び出し俺の体を診療台に拘束した。


 これは、川で肉を流れないように固定していた「ダホ」とか言った魔法か!?

 つまりダホって船舶とか捕らえる「拿捕」のことだったのか!

 全く身動きができない。

 ご丁寧に杖を握っていた手は紐で固定されている。


「さて、治療を始めます」

「待てって……むぐっ」


 ナナミにタオルを無造作に口へ突っ込まれた。


「セタ、舌を噛んだら余計な治療が増えるよ」

「ふぁふぁひ!」

「なに言っているか分からないわー」


 棒読みで言いながら笑っている。

 分からないなんて絶対嘘だ。

 今の状況を楽しんでやがる。


 さっきムツミと一緒にからかったことの仕返しか?


「セタさん、観念してください。みっともないですよ」

「む、ぐぅ」

「男なのに痛みを怖がるなんて、ヘタレですね」


 不安を煽る口調だから怖いんだよ。

 色々文句を言いたいけど口を塞がれているから、伝えることができない。


「まな板の上の鯉なんだから、諦めなよ。無駄な時間稼ぎだわ。ムツミ、さっさとやっちゃって」

「はい」


 処刑人に指示するようにナナミが言う。ムツミもナナミの指示に頷いている。

 杖がムツミの魔力に反応して輝きを増す。

 俺は観念し目をつぶる。


「……はい、終わりました」


 ムツミの終了を告げる声。

 痛みは来なかった。


「むが?」

「自然治癒力の活性化で痛みが伴う訳がないじゃないですか」

「む」


 拘束を解かれる。俺は口を塞いでいたタオルを取りながら診療台から起き上がる。


「騙したな」

「からかっただけです」


 当然のことをしたまで、とでも言うようなムツミの返答。

 ナナミはというと、治療室の片隅で腹を抱えて体を震わせていた。

 笑っていやがる。やっぱりナナミも共犯か。


「麻酔の無効化もしなくてよかったんじゃないか?」

「いえ、麻酔が自然治癒力を阻害しているのは事実です」

「本当か?」

「私が嘘を言っていると思いますか?」


 正直信じられない。

 ムツミに対して疑いの目しか向けられない。

 俺の向けた視線にムツミはため息を吐いた。


「セタさんの信用をなくしてしましました」

「初対面でやられると、な」

「そうですか。では今度からからかう時は事前に伝えます」

「それは……」


 それは面白くない。

 犯人が分かっている推理小説を読むのと一緒だ。

 というか、ムツミの口ぶりからして、俺をからかうつもりだな。

 気をつけないと。


「それより治療をしましたけど、問題ないですか?」

「そうだな……」


 体を動かしてみる。うん、痛くない。


「問題なさそうだな。ただ倦怠感があるな」

「自然治癒力を活性化させて治療をしましたから。体に疲労感が溜まったのです」


 なるほどね。傷を直接治しているのは魔法じゃなくて俺自身の治癒力だから、疲れているのか。

 この治療する魔法は補助的な役割の魔法だな。


「ふわぁ」


 大きな欠伸が出た。体の倦怠感が急に増えたことで、眠い。


「悪い。ここで寝てもいいか?」

「いいですよ。ではナナミ」

「な、なに?」


 まだ笑っていたらしいナナミは腹を抱え、目の端に涙を浮かべている。

 そんなに面白かったか?


「セタさんが心地よく寝ていただくために、一緒に寝て……」

「「もういいから」」


 俺とナナミの言葉は見事にハモった。

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