模擬戦
どうしてこうなった。
模擬戦場で俺は木刀を構えてナナミと対峙している。
ちなみにナナミが構えているのは刀身の赤い真剣だ。
外で魔物を倒した本物の剣。
「セタ、死なないように頑張れ」
「いやこれ、絶対に死ぬって」
本当にどうしてこうなった。
この状況になった原因を走馬灯のように振り返る。
数分前のこと。
模擬戦場に移動している途中、とりとめのない会話をしていたときだった。
「なあ、ナナミ。模擬戦場はその名の通り模擬戦をする場所なんだよな」
「そうよ。機械や魔物が相手になるわ」
「俺でもできるのか?」
「戦ってみたいの?」
「まぁな」
「じゃあ少しだけしてみようか」
ナナミの許可を得たから、機械と戦えると思っていた。
自分の実力を確認したいから、無生物と勝負できたらいい。
現実には勝負には程遠い剣の練習になるけど。
そんなことを考えているうちに模擬戦場の入り口に到着した。他と変わらない扉と「モギセンジョウ」と書かれたネームプレート。
中に入る。電気が自動で点灯する。
模擬戦場は研究室と違って円形のドーム状の場所だった。
サッカーコートの半分ぐらいの広さはありそうだ。
地面は土。硬くもなく柔らかくもなく。
そんな模擬戦場の中心に向かい、周囲を見渡す。
「広いな」
「駆け回って戦うから狭いぐらいよ。はい、これ」
木刀を渡された。
「じゃあ、少し戦いましょうか」
そう言って対峙したのはナナミだった。
俺から数メートル離れて木刀を構えている。
「なぁ、俺は機械と勝負をしてみたかったんだけど」
「殺傷設定になっているから、死ぬわよ」
「まじかー」
それは戦えないな。というよりも戦いたくない。
剣に不慣れというよりも素人だから、絶対に死ぬ。
「私が相手だと死ぬことはないわよ」
「……お手柔らかにお願いします」
「ああ、そういえばセタさんは刀剣を扱ったことがないんだったっけ?」
俺と所長の会話を思い出したのか、ナナミが聞いてきた。
「魔物と戦ったときを除いたら、武器なんで持ったこともない」
「一度も? 元の世界でも?」
「ない」
「平和な世界なのね」
俺のいた日本はそうかもしれないな。
武器を持つのは警官とか特定の職業に就いている人だし。
「俺が元の世界で握ったことがある刃物は包丁ぐらいかな」
「……料理できるの?」
「ナナミと違って簡単なものならできるぞって……あ」
しまった。
できるとだけ言えばよかったのに、ナナミと比較するような答え方をしてしまった。
「ふ、ふふ」
不気味な笑い声を発しながらナナミが負のオーラを纏う。
「待て、ナナミ。俺はこの世界に来て数時間だ。食材や調味料を知らないから料理はできないと思うぞ」
「……米は?」
「炊ける」
「野菜炒めは?」
「作れる。てか野菜炒めも作れないのか?」
「つ、作れるわっ! 味が独特だけど」
ナナミ。その言い方だと食べれる物を作っているとは思えないんだけど。
ムツミがナナミに料理の手伝いを拒否した理由は思った通りだ。料理が下手なんだ。
俺だって普通に食べれる料理を口にしたい。
そんなことを思っていると、いつの間にかナナミを温かい目で見ていた。
「……セタを叩きのめすには木刀じゃ不十分ね」
呼び捨てだ。それについては構わない。
問題なのは木刀を投げ捨て、代わりに取り出したのは刀身が赤い刀。
魔物を倒したときに使っていた刀だ。
つまり殺傷能力のある武器。
「ちょ、真剣は止めてくれ」
「大丈夫よ。痛いのは一瞬だから」
それは暗に死の宣告をしていないか?
頭の中では非通知にしたはずのアラートが鳴り響いている。魔剣オハバリに成長したときと同じ状況だ。
つまり非常にまずい状況。
料理に対して彼女自身のことになると沸点が低すぎだろ。
――「成長する力(刀剣)」のスキル「背水」が発動しました。能力の確認をしてください。
スキル発動の通知。同時に体が軽くなる。視野も広がった。
どれだけステータスが上がったんだ。
それでも勝負にならない気がする。背水のスキルが発動しても刀剣のスキルの方は「基礎」のままだし。
というよりも「基礎技術」は発動していないんじゃないか?
単に身体能力が向上した状態。
逃げ回るしかない。
「セタ、死なないように頑張れ」
「いやこれ、絶対に死ぬって」
走馬灯が現在に追いつく。
「謝るから止めてくれ」
「嫌よ。覚悟しなさい!」
ナナミ体が沈み、脚のバネを使って俺の懐に飛び込んできた。疾い。
咄嗟に俺は横に転がる。俺の体があった場所を見ると赤い斬線が下から上に通過しているのが見えた。
確か切り上げとか言う剣術の技だったか。あんなのが当たっていたら死んでいるぞ。
ナナミを見る。彼女は舌打ちをしながら俺の位置を確認し、片足で横にジャンプした。
振り上げていた刀を俺に向けて振り下ろす。俺はもう一度横転。間一髪の回避だ。
彼女が振り下ろした刀は止まることなく地面を叩き、砕く。
飛び散った大小様々な土や石が俺を襲う。痛い。痣や擦り傷ができたんじゃないか?
地面見るとクレーターができていた。
どんな威力だよ。刀で地面を叩いただけでクレーターができるなんて常人のできる技じゃない。
剣の方も無傷だし。
「避けるな!」
「避けないと死ぬだろっ」
「灸を据えるだけよ!」
だから、灸を据えたと同時に死ぬって。
今のナナミに言っても伝わらなさそうなので、とりあえず逃げよう。
魔物と戦ったとき背中を見せて逃げ、失敗したのことを思い出した。立ち上がって後ずさるように距離を取る。
「っは」
続けてナナミは横薙ぎに刀を振るう。後方にジャンプして下がる。切っ先が鼻先を通り過ぎた。危ねぇ。
間合いを詰めてきた。再度下がって距離を取る。
また横薙ぎに一線。今度は身を屈めて回避。そして横回転しでナナミと距離を取って立ち上がり、持っていた木刀をナナミに向ける。一応の牽制。
剣を向けたのが効いたのか、ナナミは立ち止まった。
「何で掠りもしないの!」
攻撃が当たらないことに苛立ってか、ナナミは剣を振り回しながら叫ぶ。
「俺のスキルだっ」
「何よ、そのスキル!」
「背水だよ!」
スキル名を聞いてナナミは動きを止め目を丸くした。
「珍しいスキルね」
「そ、そうなのか?」
「世界に十人ぐらいしか持っていないスキルよ……へぇ背水ね」
ニヤリと彼女は笑う。その笑みに俺は寒気が走る。
何をする気だ。
「すぅー……はぁ〜……」
ナナミは目をつぶり、数回深呼吸をする。
「……よし」
そう言い、彼女は目を開いた。雰囲気が変わっている。
さっきまで感情が剥き出しだったのに今はそれがない。顔からは表情が消えている。
怖い。
――「成長する力(刀剣)」のスキル「背水」が解除されました。能力の確認をしてください。
通知とともに視野も狭まり、倦怠感が体を襲う。急に体が重くなったから思わず俺は片膝をついた。
さっきまで軽々と動いていたのが嘘のようだ。
なんだ? 何が起きた?
「背水のスキルは「敵」に対して発動する」
抑揚のないナナミの声。さっきとは大違いだ。
ナナミ言うことは知っている。説明には「背水は敵が自分自身よりも強い時に発動」って書いてあったはず。
見たときは「強い」というのはどう判断しているのかが疑問だったんだよな。
「じゃあ、その「敵」はどう判断しているか分かる?」
「……さあ?」
「その「敵」と判断するのは「敵意」で決めているの」
「敵意?」
「そう。だから……」
一瞬で間合いを詰められた。ステータスが下がった俺には全く見えなかった。
「感情を持たない――感情を殺した相手だと発動しない」
淡々したナナミの言葉を聞いた時には腹部に激痛。同時に後方へと吹っ飛んでいた。
遠くにあったはずの壁にぶつかり、地面に転がる。
肺の中の空気が全て吐き出され、息ができない。
「か、は」
やり過ぎだろ……
全くもって容赦がない。
俺が何か問題でも起こしたのか?
料理の話をしただけなのに。
「とまあ、こういう風に背水には弱点があるの」
刀を首筋に突きつけられる。
「他にも敵意を持つ相手が自分より弱い、と「実感」したときもスキルは解除されるわ」
「こ、降参だ」
「何言っているの? まだまだこれから……っと」
何かあったのかナナミは首筋に当てていた刀を鞘に入れ、自身のメニュー画面を開いた。
「ムツミ、どうしたの?」
「ご飯できましたよ。食堂に来てくだ……何をしているのですか?」
「何って……模擬戦場でセタと勝負しているのだけど」
「まだ続きますか?」
「そうね」
「……一緒にいる男の人を映してください」
淡々とナナミは自身のメニュー画面を俺に見せた。
映っていたのはムツミだった。
「大丈夫ですか?」
「死にそうだ」
「何をやらかしたのですか?」
「料理について話しただけだ」
「……ああ」
納得したようだ。
「だめですよ。比べたり温かい目を向けては」
「どうして分かるんだよ……」
ムツミは超能力者か。俺のしたことが分かるなんて。
しかも今は模擬戦場じゃなくて食堂にいるんだろ。
「感情を殺したナナミを見て推測しました」
「見たことあるのか?」
「はい」
画面の向こうで、ムツミがうなずく。
そういうことか。ナナミが無感情にさせたことがあるから推測できたのか。
ムツミに対して親近感が湧く。
「苦労しているんだな」
「いえ? いつも返り討ちにしているので」
親近感がなくなった。
「攻撃も単調になるので、避けやすいですよ?」
「無理だって」
俺にはできないだろうな。
訓練すればできるかもしれないけど。
「そうですか……御愁傷様です。まだナナミも勝負を続けるつもりらしいですし」
「助けてくれ」
「……仕方ないですね」





