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異世界で俺は諦めない  作者: カミサキハル
プロローグ
1/90

神の御前

「……ここはどこだ?」


 それは最初に思ったことだった。

 真っ白な空間で、見渡しても何も見当たらない。

 足の裏に硬い地面の感覚がない。上下左右の方向も分からない。

 宙に浮いているのだろうか。

 それに寒くはなく、どちらかというと暖かい環境。何か優しく包み込まれているような感じだ。

 何とも言えない不思議な空間。


「すー……はぁ……」


 肺の中の空気を入れ替える。まずは頭の中を整理しよう。

 状況の整理をしないと、何が起きているのか分からない。


 俺は瀬田直也せたなおや。大学生一年。

 親元を離れて大学に進学し、早一年と少し。一人暮らしを謳歌していた。

 勉強も単位に必要な分しかせず、バイトもしていない。完全に親からの仕送りに頼った生活だ。

 持て余してきる時間は適度な運動と読書とゲーム三昧。堕落した生活、という言葉が当てはまるだろう。


 うん、自分自身のことは覚えている。ただ振り返っていて少し悲しくなった。

 自堕落な生活をしていたことが分かっただけだった。


 次いで自分の体を見る。五体満足。この空間の中で唯一、白ではない色。

 服装は見慣れた俺がよく着ている服装。ジーパンにTシャツ、その上にパーカーを羽織っている。

 これはこの空間に来る前に着ていたものだろうか。


「目を覚ましたようじゃの」


 不意に老人の声が聞こえた。

 俺は周囲を見渡す。だけど姿が見えない。

 白い空間に声が反響しているから、どこから声をかけられたのか分からない。


「誰だ?」

「神に対して「誰だ」とは、胆が据わっているのう」

「……あー、これは夢の中なのか」


 自称「神」を名乗ってきたことで理解した。

 これは夢。見たこともない非現実の白い空間に俺がいることも分かる。


 非現実(ファンタジー)現実(リアル)に紛れ込むことはあり得ない。


「夢にするとは心外じゃの」

「普通そう考えるだろ。あり得ない状況は夢で起きる」


 夢は俺自身の願望を無意識下で誇張表現したものだという。これは何か俺が望んだ状態なのだろう。

 俺が望んだこととはにわかに信じられないけど。


「ふむ。ではお主の知っている漫画や小説には神が現れる展開ははなかったのかの?」

「漫画や小説?」


 問いかけに首を傾げる。

 知っている似たような状況といえば……


「……死んで神に出会って転生するってやつか?」

「そうじゃ」

「ふざけるな」


 状況が突拍子すぎる。

 だからこそ、これは夢だ。夢なら何でもありだからな。

 直前に転生ものの小説でも読んで、それが頭の中に残っていたのだろう。


「覚えていないのかの?」

「何を?」

「死んだ瞬間じゃよ……お主はお気に入りの漫画の最新巻を買いに本屋に向かった」

「ん?」


 いきなり語りだした声に俺は耳を傾ける。


「そして漫画を買って本屋を出たところ、老人と出会う。その老人は奇抜な格好をしていた」


 そういえば、そんなことがあった。

 高校生の時から読み続けている漫画の最新巻を買うため、発売当日に講義を休んで買いに行ったんだ。

 本屋は大学がある方向とは逆の方向にあるから、どうしても講義は途中参加か休むかどちらかになる。

 まあ、出席を取らない講義だから休んでも構わない。数回講義に出たけど、友達からノートを借りれば十分だと感じたし。


 っと、それは今はどうでもいい。

 老人について記憶を遡る。

 ……ああ、そうだ。

 買うという目的を達成し本屋を出て、奇妙な老人を見かけたんだ。

 髪型や服装は日本の神話に出てきそうな格好。明らかに周囲から浮いていた。

 問題は格好だけじゃなかった。何故か車道を横切っていた。

 今の時間帯は交通量が多い車道なのに平然と歩いている。

 俺が見ている間にもトラックが老人に向かって突っ込んでいて……


 思わず俺は駆け出していた。

 別に正義感があった訳ではないけど、何故か体が勝手に動いていた。

 老人を助けようとして車道に飛び出し、そして……


「ああ、俺はトラックに轢かれたのか」

「少し違うのう」


 惜しい、とでも言うように否定する。


「実際には我を助けようと車道に飛び出した瞬間、別の車に轢かれたのじゃ」

「なんだ、その結末は」

「しかも我はトラックに轢かれなかった」


 死に損かよ。それは悲しすぎる。

 だけど、思い出したことで色々納得している自分がいた。

 なるほどここは夢でも何でもなく、生と死の狭間の空間か。


「って、もしかして俺が見た老人はあなたですか?」

「そうじゃ。我はオオクニヌシ。様々呼称はあるが、今は幽冥界(ゆうめいかい)の主じゃ」


 国造りの神や農業神、縁結びの神……と様々な顔を持つ。

 因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)国譲(くにゆず)りの話が有名。

 小説や漫画、ゲームによく出てくるから、調べたことがあったんだったな。


「申し訳ございません」

「いきなり改まってどうしたのじゃ?」

「いえ、今の状況を夢だと思って、無礼を働いていたので……」


 するとオオクニヌシが大きな声で笑う。


「構わん。型苦しいのは我は好まん」

「は、はあ」

「それはさておき、今回お主が死んだのは我に責任があると思っておる」


 いきなりなんだろう?


「そこで、お主には異なる世界で消化するはずだった人生を過ごしてもらおうと思う」


 怪しすぎる。

 神様がこういう提案をしてくるということは……


「裏があるんじゃないのですか?」


 転生ものでよく見かけるテンプレだ。

 チート能力を授かって異世界を満喫したり、勇者として世界を救ったり……

 だけど実際に自分がその立場になると、信じることができない。


「ほっほっほ」


 ほら、やっぱり裏があるんじゃないか。


「笑わないでください」

「すまんのう」


 おほん、と咳払いをするのが聞こえた。

 そしてその瞬間、白い空間が輝きを放ち、形を成していく。

 形成された場所は木造の屋敷の中だった。

 目の前には俺が死ぬ直前に見かけた老人がいた。

 この老人がオオクニヌシなのだろう。


「そうじゃな、失敗したら天罰がある訳ではないのじゃが、願いを聞いてくれるかの?」

「願い?」

「うむ」


 改まった声。

 オオクニヌシは真剣な表情で俺を見ている。


「我の願いは異なる世界にいる「とある少女」を助けて欲しいのじゃ」

「とある少女、ですか?」

「うむ、じゃが、少女だということ以上の情報がなくてのう」

「……それは」


 助けることがかなり難しい。異世界がどんな世界か知らないが、少女が一人だということはあり得ないだろう。


「どうしてその少女を助けたいのですか?」

「少女はカグツチという神の生まれ変わりらしいのじゃ……カグツチは知っておるかの?」

「少しだけ」


 カグツチはイザナギノミコトの妻であるイザナミノミコトが産んだ神様。司る属性は火。

 イザナミノミコトは火の神様であるカグツチを生んだことで火傷を負い、それがもとで死んだ。

 イザナギノミコトは悲しみ、妻の死んだ原因だということでカグツチを殺したと古事記・日本書紀に書かれていたっけ。


「そうじゃ。そのカグツチが異なる世界で人間の少女として転生していることに気づいての」


 しっくりと来ない。神が人間として転生したから助けたいのか?

 腑に落ちない俺の表情を見てか、オオクニヌシは口を開く。


「カグツチは不幸な運命を繰り返しているのじゃ」

「不幸な運命を繰り返す?」

「カグツチはイザナギノミコトから受けた呪いで、生死を繰り返す救われない運命を繰り返しているのじゃ」

「……呪いですか」

「加えて、その生きている時は苦難しかないらしくての」


 それほどイザナギノミコトはカグツチを憎んでいたのか。


「といっても、記憶が引き継がれているのかまでは不明なのじゃが」


 魂は生死を繰り返していても、記憶は分からない、ということか。


「なぜそのことに気づいたのですか?」

「幽冥界にカグツチ魂が届かないのじゃ」

「魂が届かない?」

「我は地球の葦原の中つ国――日本の神と人間の死後の魂を管理しておる。その中にカグツチの魂が無かったのじゃ」

「神様も死ぬのですか?」

「死ななかったら、神話に「死んだ」「殺された」という話がなくなってしまうぞ」


 神の「死」と人間の「死」の概念は異なるがの、とオオクニヌシは付け足す。


「カグツチは我が幽冥界の管理をする前に「死んだ」から、初めは気にはしてなかったのじゃ。じゃがイザナミノミコトから幽冥界全体の管理を任されてから矛盾に気づいてのう」

「それで調べてみた、と」

「うむ」

「……少し待ってもらっていいですか?」


 整理しよう。頭が追いつかない。


 オオクニヌシは幽冥界の魂の管理をしていて、カグツチの魂がないことに気づいた。

 調べるとカグツチの魂は幽冥界に届いておらず、地球とは異なる世界で生死を繰り返していた。

 それはイザナギノミコトの呪いで、不幸な運命を繰り返すようになっている。

 現在も異世界で人間の少女として生活をしているという。

 繰り返し不幸な運命を送っているから俺に救って欲しい、とオオクニヌシは願っている。


 俺に神を救う大役が勤まるのか?

 異世界に行ったとしても不安が残る。

 その不安が表情に表れていたのか、オオクニヌシは俺に笑みを向けた。


「先程も言ったのじゃが、救えなかったからといって天罰はないぞ」

「どうしてですか?」

「本来お主が異なる世界に行った場合、それだけで十分なのじゃ」

「というと?」

「一石を投じる、といったところかのう。異なる世界に歪みを与えるためじゃ」


 イレギュラーを与えればもしかしたらカグツチの運命が変わるかもしれない、ということか。

 カグツチを本気で助けたいのか分からないな。

 俺に「助けてほしい」と言いつつ「何もしなくていい」とも言う。

 少し考える。一石を投じる、と言っているから……


「他にも俺みたいな人間がいますか?」

「お主が四人目じゃ。皆各々に異なる世界を謳歌しているようじゃな」

「へぇ」


 俺以外に転生した人間がいるのか。

 前例があるのなら気が楽だ。異世界に生まれ変わるだけでいいなんて、幸せな気がする。


「仮に俺が異世界にいくことを拒んだらどうなるのですか?」

「幽冥界で過ごすことになる。元の世界には戻れない」


 完全に死ぬということか。

 元の世界に戻れるのだったら、やり残したことは色々あったんだけどなぁ。

 こればかりは仕方ない。


「分かりました。俺、異世界に行きます」

最初に読んでいただきありがとうございます。

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