黄金の兜の男 01
確かに、素晴らしい絵だった。
黄金の兜が、まるで本物の金属でできているような鈍い、しかし荘厳な輝きを放っている。
そしてその下に見える、うつむきがちな初老の男。これほどまでに見事な兜をつけているのに、その表情には闘志も敵意もない。
あるのはただ、全てを見てしまったかのような憂いを秘めた視線。
このアンバランスさが魅力なのか、この絵の前には次々と人が訪れる。
誰の作品でもいいじゃないか、とサンライズは絵の中の男をじっと見つめていた。
ダーレムからは絵を移送中、と聞いていたにも関わらず、見て回った感じでは館内の展示はかなり充実していた。まだかなりの収蔵品が残されているらしい。
普段ならばこの絵も展示されていないはずだったのだが、たまたまこの時期に特別展をやっていたらしく、運よく彼らは収蔵されているレンブラント関連作品の多くをここで見ることができた。
裸の女性あり、天使あり、オッサンあり……だな。
サンライズにとってはさほど興味を覚えない絵画群の中ではあったが、なぜかひときわ、この兜の絵は心に響いた。
「すごいでしょう」
プラータはまるで描いたのが自分の身内であるかのように自慢げに彼に説明する。
「だいたい1650年代の作と言われています。本人が描いたとずっと信じられていましたが、委員会の判定で1985年にはレンブラント工房の作品であり、本人自筆ではない、と断定されました。それでもこの絵には何かひときわ、魅力を感じますね」
そのほかの絵についても、彼は熱心に説明してくれた。
元々英語が苦手なサンライズ、MIROCに入ってから集中語学研修と独自のヒアリングシステムで無理やり英語を詰め込まれて、何とか日常会話に不自由がなくなった程度なのに、次から次へと絵画の専門用語が出てきて目が回るようだった。何度も何度も語句をきき直し、時には勘違いもしながらどうにか、彼のレクチャーを受けていた。
ボビーもよくこんな雑学を彼に授けてくれるのだが、それでもボビーは日本語もかなりいけるし、サンライズが「分からん」と両手を挙げると、まるでオコチャマを見るような目で「もうお終いにしてあげる」と言って切り上げてくれるので、まだ楽だった。
頭がグラグラしながらも、それでも一通り絵画を見てから、彼らは外に出ようとした。
「あ、すみません」
プラータが突然立ち止まる。
「メガネが緩んでしまったかな?」また下を向いてメガネを外した。
「オレ、先に外に出て煙草吸ってる」
「そうしてください」
彼は下をみたまま手探りで脇の椅子を探し、腰掛けた。
外に出てから離れた植え込みまで行き、サンライズ煙草を取り出す。
だが、ようやく気づく。ライターをどこかに落としてきたらしい。
プラータは煙草を吸わないようだが、それでもライターくらいは持っていないだろうか、万が一ということもあるからな、と彼はギャラリーの方へと戻っていった。
入り口を間違えて脇から入ろうとしてしまった時、細いガラスごしにプラータがみえた。
こちらに気づいていないらしい。またメガネを拭いて、蔓のネジをしきりに気にしている。冬はすぐ曇る、と言っていたから外したりかけたりをしているうちに緩んできたのだろう。
プラータのすぐそばに、腰の曲がった老婆が近づいてきた。
何か問いかけているらしい。手にしたパンフレットを指して、自分がどこかに行きたいことを伝えているようだった。
プラータは彼女からパンフレットを受け取り、真剣に見ていたがやがてぱっと顔をあげ、立ち上がって彼女に優しく手を添えながら、眼鏡を持ったままの手で丁寧に道順を説明していた。時々何か聞かれるたびに、またパンフレットをみてうなずき、手真似で何か伝えている。
年寄りにも親切なんだ、サンライズは思いながら、しかし、中に入らずにその様子を逐一観察していた。
しばらくたってから、見つからないようにまた少し離れた植え込みまで戻る。
煙草一服くらいの時間、彼は立ち止まって、じっと腕を組んだまま考え込んでいた。




