VS体育祭実行委員
中央委員になって、数日。
俺は早くも一つの結論に辿り着いていた。
――この仕事、面倒くさい。
「吉川くん!」
「はい?」
放課後。
中央委員の仕事を終えて教室へ戻ろうとしていた俺を、東雲先輩が呼び止めた。
「ちょっと頼みたいことがある」
「……嫌な予感しかしないんですけど」
「安心しろ」
「その言い方する人、だいたい安心できないんですよ」
東雲先輩は苦笑した。
「体育祭の準備が始まる」
「あぁ……」
そういえば、そんな時期だった。
私立千石学園では、毎年体育祭が行われる。
生徒会を中心に運営されるが、各学年の中央委員も準備に関わるらしい。
「そこで、各学年の体育祭実行委員との調整を頼みたい」
「俺一人で?」
「いや」
東雲先輩は、俺の後ろへ視線を向けた。
「小早川さんも一緒だ」
「……」
一瞬だけ沈黙する。
「分かりました」
「分かりやすいな、お前」
「何がですか」
「いや、何でもない」
先輩は楽しそうに笑っていた。
◇ ◇ ◇
「……というわけで」
翌日の放課後。
俺と景は、体育館横にある会議室へ呼び出されていた。
向かい側には、体育祭実行委員の生徒たちが座っている。
「今年の体育祭について、中央委員にも協力してもらいたい」
「はい!」
景が元気よく返事をする。
俺も一応、頷いておいた。
「まず、競技種目についてなんだけど――」
実行委員の男子が資料を広げる。
そこには、今年の体育祭の予定がびっしりと書かれていた。
「クラス対抗リレー」
「騎馬戦」
「大縄跳び」
「綱引き」
「借り物競走」
「……」
俺は資料に目を通す。
そして、あることに気付いた。
「これ」
「ん?」
「クラス対抗リレー、人数おかしくないですか?」
「え?」
「A組からE組まで、全クラス同じ人数で出るんですよね?」
「そうだけど」
「じゃあ、男女比は?」
「……」
実行委員が黙った。
「各クラスで男女の人数って違いますよね」
「それなのに全員同じ距離を走るって、結構揉めません?」
「……確かに」
景が資料を覗き込む。
「春一くん、すごい」
「いや、普通に考えれば分かるだろ」
「私、気付かなかった」
「中央委員の仕事って、こういうことだから」
少しだけ胸を張る。
すると、実行委員の女子が口を挟んだ。
「でも、それならどうするの?」
「男女で距離を変える?」
「それだと不公平って言われそう」
「じゃあ人数を調整する?」
「クラスによって人数が違うから難しいよ」
会議室が一気にざわつく。
「……」
俺は資料を見ながら考える。
なるほど。
体育祭実行委員は、体育祭を盛り上げることを第一に考えている。
対して中央委員は、各クラスの意見をまとめる立場。
つまり――。
「そもそも、この種目」
俺は資料を指で叩いた。
「全員が完全に納得する必要あります?」
「え?」
「体育祭なんだから、多少の不公平は出ますよ」
「重要なのは、不公平をなくすことじゃなくて」
「不公平だと思わせないことじゃないですか?」
全員が黙った。
景も驚いたように俺を見る。
「例えばリレーなら、男女で距離を変えるんじゃなくて、走順やバトンの受け渡しで調整する」
「クラスごとに条件を変えるんじゃなくて、全クラス同じルールにする」
「そうすれば文句は出にくい」
「……なるほど」
体育祭実行委員の男子が腕を組む。
だが――。
「でも、それじゃ盛り上がらなくない?」
「……は?」
「体育祭って、多少無茶するくらいが楽しいだろ」
「そうそう」
別の男子も頷く。
「多少危険でも、盛り上がる種目を入れたい」
俺は頭を抱えた。
……来た。
こういうタイプ。
「お前ら」
「はい?」
「体育祭を盛り上げる前に、体育祭が終わった後のこと考えてる?」
「……」
「怪我人が出たら誰が責任取るの?」
「それは……」
「先生?」
「……」
「生徒会?」
「……」
「中央委員?」
「……」
「最終的に全員が怒られるんだよ」
「……」
完全に沈黙した。
隣を見ると、景が小さく笑っている。
「春一くん」
「ん?」
「なんか先生みたい」
「やめてくれ」
俺はため息を吐いた。
「俺はただ、面倒事を増やしたくないだけ」
すると景が、嬉しそうに笑った。
「でも、ちゃんとみんなのこと考えてるんだね」
「……」
不意打ちだった。
「別に」
俺は視線を逸らす。
「中央委員だから」
「ふふっ」
「何だよ」
「ううん」
景は楽しそうに笑っている。
「やっぱり春一くんって、優しいね」
「……」
その一言で。
さっきまで冷静だった俺の思考は、一瞬で停止した。
(やめろ)
(そういうことを無自覚で言うな)
(俺はまだ思春期なんだぞ)
「春一くん?」
「……何でもない」
体育祭実行委員との戦いは、まだ始まったばかりだった。
そして俺は、この日初めて知った。
中央委員という仕事が、想像していたよりずっと面倒で。
そして――。
景と一緒にいる時間を、想像以上に増やしてくれる仕事だということを。




