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第5話 魔王候補観察日記

【ワルターの手記】


○月✕日


 あの馬鹿三男坊がまた訳の分からないことを言い出した。


 曰く。


 「俺、魔王になるわ」


 とのこと。


 意味が分からない。


 魔王とは子供が憧れるような存在ではない。


 六魔。


 竜王。


 剣聖。


 魔導王。


 それらと並び称される世界の災厄だ。


 何をどう考えたら田舎貴族の三男坊が目指そうと思うのか。


 本気で頭を打った可能性がある。


 後で医者を呼ぼうと思う。


 なお旦那様は笑っていた。


 この家は駄目かもしれない。


 


○月✕日


 あの馬鹿が王都から帰ってきた。


 傷だらけで。


 しかも奴隷を連れて。


 そして開口一番。


 「今日から俺の専属執事」


 と言い出した。


 意味が分からない。


 更に。


 「剣を教えてやって」


 とのこと。


 意味が分からない。


 私は代々続く執事家系の人間である。


 執事だ。


 断じて剣術教師ではない。


 確かに昔は王都騎士団副団長を務めていたが。


 それは昔の話だ。


 引退した老人に何をさせるつもりなのか。


 ちなみに本人は満面の笑みだった。


 腹が立つ。


 


○月✕日


 悔しいことに。


 アベルという少年は中々良い。


 目が良い。


 覚悟がある。


 何より諦めない。


 百回叩きのめした。


 百回立ち上がった。


 普通は途中で泣く。


 逃げる。


 折れる。


 だがあの少年は違った。


 恐らく剣の才能がある。


 非常に悔しい。


 教え甲斐がある。


 


○月✕日


 レオン様が訓練場を半壊させた。


 理由は。


 「炎で空飛べるか試したかった」


 かららしい。


 飛べたらしい。


 壁は飛べなかった。


 修理費は飛んでいった。


 旦那様が頭を抱えていた。


 私も抱えたい。


 


○月✕日


 レオン様とアベルが喧嘩した。


 原因は。


 「未来の魔王軍幹部一号」


 という呼び方が気に入らなかったかららしい。


 平和である。


 


○月✕日


 最近気付いたことがある。


 レオン様は馬鹿だ。


 本当に馬鹿だ。


 だが。


 不思議と人を惹きつける。


 アベルもそうだ。


 屋敷の者たちもそうだ。


 気付けば皆あの馬鹿に振り回されている。


 恐ろしい話である。


 


○月✕日


 私は昔。


 王都で多くの天才を見てきた。


 六魔に挑んだ者。


 勇者を目指した者。


 剣聖を目指した者。


 そのほとんどは途中で諦めた。


 現実を知ったからだ。


 だが。


 レオン様は違う。


 現実を知っても笑っている。


 無理だと言われても笑っている。


 負けても笑っている。


 正直に言おう。


 あの少年が魔王になれるとは思わない。


 常識的に考えれば不可能だ。


 だが。


 もし本当に魔王になる人間がいるとしたら。


 案外。


 ああいう馬鹿なのかもしれない。



○月✕日


 アベルが私の木剣を初めて弾いた。


 僅か一度。


 本当に僅か一度だ。


 それでも驚いた。


 あの少年は吸収が早い。


 教えたことをすぐ覚える。


 悔しい。


 非常に悔しい。


 だが嬉しい。


 もっと悔しい。


 


○月✕日


 レオン様が言った。


 「六魔全員ぶっ飛ばせば魔王になれるんじゃね?」


 とのこと。


 何を言っているのだろうか。


 六魔である。


 世界最強の化け物共である。


 その辺の野犬ではない。


 ちなみにアベルは。


 「その前に俺たちが死ぬ」


 と言っていた。


 全くもって正論である。


 だがレオン様は。


 「じゃあ死なないくらい強くなればいい」


 と言った。


 頭が痛い。


 


○月✕日


 本日。


 レオン様が訓練場の壁を四枚破壊した。


 記録更新である。


 理由は。


 「焔拳をもっと大きくできる気がした」


 から。


 できたらしい。


 壁は消えた。


 旦那様は泣いていた。


 


○月✕日


 アベルが初めてレオン様を殴った。


 非常に良い拳だった。


 綺麗に顔へ入った。


 私は拍手した。


 レオン様は不満そうだった。


 


○月✕日


 レオン様が言った。


 「なんで俺だけ殴られるの?」


 知らない。


 だが屋敷の使用人全員が拍手していた。


 理由は何となく分かる。


 


○月✕日


 今日。


 アベルが私に勝負を挑んできた。


 結果から言う。


 十五秒だった。


 成長はしている。


 確実に。


 半年前なら三秒だった。


 だが本人は納得していないらしい。


 訓練後も素振りを続けていた。


 良い傾向だ。


 


○月✕日


 最近気付いた。


 アベルはレオン様を馬鹿だと思っている。


 私もそう思う。


 本人以外全員そう思っている。


 だが不思議なことに。


 誰も離れようとしない。


 意味が分からない。


 


○月✕日


 王都から知らせが届いた。


 六魔の一人。


 《剣聖グラム》が単独で盗賊団を壊滅させたらしい。


 被害者ゼロ。


 盗賊五百名。


 馬鹿げている。


 これが世界の頂点だ。


 レオン様はその話を聞いて。


 「会ってみたいな」


 と言った。


 会いたくない。


 絶対に会いたくない。


 嫌な予感しかしない。


 


○月✕日


 今日。


 レオン様とアベルが屋敷の屋根で星を見ていた。


 二人とも何か話していたが聞こえなかった。


 だが最後だけ聞こえた。


 レオン様が言った。


 「絶対魔王になる」


 アベルは呆れたように笑っていた。


 そして。


 「だったら俺は世界一の剣士になる」


 と言った。


 少し驚いた。


 あの少年が未来を語るとは思わなかった。


 


○月✕日


 歳を取った。


 最近膝が痛い。


 肩も痛い。


 腰も痛い。


 だが。


 朝になると訓練場へ向かってしまう。


 理由は簡単だ。


 あの二人がいるからだ。


 レオン様は相変わらず馬鹿で。


 アベルは相変わらず不器用で。


 毎日騒がしい。


 全く困ったものである。


 


○月✕日


 もし。


 本当にもしだ。


 レオン様が魔王になったら。


 私はどうするのだろう。


 執事を辞める気はない。


 ならば。


 魔王の執事になるのだろうか。


 それはそれで面白そうだ。


 ……いや。


 やはり頭がおかしいな。


 私も含めて。

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