12 男同士の会話
取り敢えず、今日のところはここで寝泊まりする……らしい。
聞けばユニットバスぐらいならあるらしい。
「そうそう。二階にはユニットバスなどもありますので、良ければどうぞ。必要そうなモノがあれば後から用意させていきますので」
壬生さんが親切だ。
口頭での説明になってしまったが、それでも二階の何処に行けば〇〇があるとか、ってきちんと説明してくれている。
でも、壬生さんが親切になる気持ちも少し分かる気がした。
だって渚さんは元研究員だ。こういう出会い方をしてしまったけれど、渚さんからは専門的な知識・情報を得られたことで壬生さんが得したことは今回かなり多いと思う。
樹の要望に応えまくっている出前とかにしても……凄い持て成しを受けているが、壬生さんからすればこれぐらいは情報量と比べると大したことは無いのかもしれない。
「あら、そうですか。……では、お言葉に甘えさせてもらう?カスミさん」
「え、は、はい……」
別に俺は、一日ぐらい風呂に入らなくても良いかな……明日の朝ぐらいに借りれば良いかなぐらいに考えていたけれど、さすがに渚さんやカスミはシャワーぐらいは浴びたいだろう。
だが、着替えとかってどうするつもりなんだろうか。
まさか、そのまんま……ってことは、さすがに無いよな……?
「なぁ、湊ー……」
渚さんとカスミがユニットバスのある方向へ消えた先をじっと見ているものだから、樹の考えていることがなんとなくだが分かってしまった。それぐらいに樹とは長い付き合いになってきているからだ。
ここは先手を打っておくとするか。
「……覗きには行かないからな?」
当たり前のように俺は言うものの樹はそれを残念そうに天井を仰いでいた。
いや、ユニットバスだぞ?だいたい覗くって言ったってどうやって覗くつもりでいるんだ、コイツは?
「だぁーっ!!なんでだよ!!俺らだって普通の男子高校生なんだぞ!」
「……そんなこと考えているのはお前ぐらいだろ」
「不健全だねぇ、湊はー……」
なんか俺を心配してくれているのかもしれないが、あいにく覗く趣味までは持ち合わせていない。
でも、なんだかんだ言っても樹だって本気で覗きをしようだなんてことは考えていないはずだ。
単なる男子だけの間だけで話せる会話を持ち出したってところじゃないだろうか……。
「……お前が、おかしいんだ」
「あの、厚手の毛布をご用意させていただきましたが……」
樹とバカ話をしている間に、壬生さんの部下らしいスーツを着た男性が何枚もの毛布を持って来てくれたようだ。
うん……これだけあれば、今の時期なら大丈夫だろう。それに、ここにだって一応エアコンがある……っぽいしな。
「!……じゅうぶんです、ありがとうございます」
俺は素直に礼をつげると、テーブルに残っている出前の残り物に未だに手を伸ばしている樹に呆れた顔を向ける。
一体どれだけ食うつもりでいるんだ?
まさか、この残り物全部をその胃袋の中に詰め込むつもりなんだろうか?
「つか、本当にコレ現実だよなあ……。寝て起きたらビックリでした!なんてオチは無いよな!?」
「……その頭、ブン殴ってやろうか?」
今更になって何を言っているんだか……ついつい、片手でグーの形をつくって掲げてみせると樹は『冗談冗談!』と焦ったようだ。本気で殴るわけないだろうが、バカ。
「そこは普通、頬を抓るだろうがよ!」
「……なんか、あったのか?」
「なーんか、実感が無いっつーか……変な感じなんだよなあ……」
本気で残り物を食べ尽くすらしい樹の手は止まらない。
一時は止まったか、ようやくその腹は満たされたのか……と考えていたもののやはりコイツの胃袋の底は知れないのかもしれない。
「……つか、いつまで食ってんだお前?」
「いやいや、渚さんも言ってたろ?装置を使った影響かもしれないって!」
空腹を訴えているのはいつものことだろう、と突っ込んでやりたいところだが、渚さんから出ていた話を取り上げて話し出すからついつい溜め息が出てしまった。
「……あれは、渚さんの例え話の一つだからな?気力っていうのが上手く説明出来なかったんだろ」
気力っていうものを分かりやすくお前の空腹に例えただけだっつーの。
「なら、湊には気力っていうのが分かってんのかよ?」
「……精神力、とか。お前が未だにバクバク食ってんの見たら、糖分が不足するとか?」
さすがに俺もはっきりとこういうことだ、と断言するのは難しいが、コイツの爆食いしている状況を目にしていると脳が疲れていたりしているものかと予想した。
「糖分?」
「……それぐらい分かれよ」
「おやおや、キミたちはいつもそんな感じなのですか?賑やかで楽しそうですねぇ」
ちょっと事務所から外に出ていたのか、戻って来たらしい壬生さんに樹とバカ騒ぎをしているところをばっちりと見られてしまったらしい。
まあ、樹とバカ騒ぎするのはいつものことだし、一緒にいて苦じゃないから良いんだけれど。
「そそ!まさに男子高校生っぽいっしょ?……つか、壬生さんって年齢ってどれぐらいなんだろう。二十代……渚さんと同じぐらいか?」
唐突に壬生さんの年齢を考え始めた樹だったが、どれぐらいだろう……二十代後半ぐらいってところだろうか。まあ、若く見える人も多いからなんとも言えないけれど……。
「……その前に渚さんの歳を知らないけれどな」
「まあ男だけで話せることもあるでしょう。カスミさんはどちらかと付き合っているのですか?」
いきなりカスミの話が出たので驚きはしたが、そういう感じで一緒にいるわけではないので冷静に応えることが出来た……俺は。
だが、樹はやや、たじたじになりながら応えているんだよなあ……。まあ、今までそういう感じでカスミを見たことが無かったから戸惑ったのは分かる。
「いやいや!そういうんじゃないよな!?ただ、つるんでる……感じ?」
「……アイツが転校してきて話し掛けたのがきっかけかな。それからだいたい一緒にいる」
「それにしても元研究員の涼風さんだけでなく、カスミさんも狙われているときましたか……彼女たちを守る側としてはもう少し戦力が欲しいのかもしれませんねぇ」
『戦力』と聞くと、あー……やっぱりか、と納得した。
このままだと渚さんもカスミも守れない……と壬生さんは言いたいんだろう。
少なからず俺もそう考えていたけれど、それはどうやって対応していくべきか……渚さんたちも交えて相談したかったところだ。
「戦力?」
「……装置を扱える人ってことだろ」
「涼風さんのような研究員を探す旅のようなモノも良いかもしれませんが、東京支部で働いていた人も多いそうですし、もしかしたらこの近辺で仲間が見つかるかもしれませんねぇ」
壬生さんの推理は可能性としてはどうなんだろう。
確か火事だってニュースを見たのは今日の夕方ぐらい……だから、逃げようと思えば遠くに逃げることだって出来そうなもんだが……。
「……既に遠くに逃げたって可能性は?」
「灯台下暗し、という言葉があるでしょう。それに元研究員は新宿の裏通りで見つけましたからね。新宿に潜んでいる可能性はゼロでは無いのでは?」
なるほど。
でも、亡くなっていたって話だったか。それについては惜しいと思った。もしもその人が生きていてくれたらどんな相手に追われていたのかって話も聞けるだろうし、ヴェイカントの他にも厄介な装置の使い手がいるのなら情報が欲しかった。
だが、何も収穫が無かったってわけでもない。登録者のいない、装置を一つ、こちらは持っている。もしも研究員とやらを見つけることが出来れば、登録してもらってそのまま戦力として数えることは出来ないだろうか……っていっても、研究員を知るのは渚さんだけなんだよなあ……それに、規模が大きそうだから顔も名前も知らないっていう研究員もいるかもしれない。これは、困った……。
「ほほーん?……そういう人の方が装置の扱いとかには詳しそう、か……そっか、そういう人を探すってのも有りだなぁ」
「……まぁ、な……大変そうだけれど」
あー、なんか話疲れたかな……それよりも、普段よりも眠気が酷い気がする……渚さんが言っていた気力を消耗するって、こういうことを言うんだろうか……なんて考えながら、俺はいつの間にかソファーに凭れ掛かるようにして眠ってしまった……。
気力って何か、う~ん……(悩)疲労かもしれないし、精神的な疲れかもしれない……それに、湊が感じているように、何かが不足していてたまたまそれが眠気に。または樹のように食い気に……繋がることもあるんでしょうかね。
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