10 ヴェイカント
残念ながら研究員には会えなかった……が、その人の持っていたという『物質』理論装置は壬生さんの手に渡ったらしい。
それじゃあ、ソレは壬生さんが登録したんだろうか?
だいぶ小難しい話になってきたか。
でも、先に音を上げたのは俺ではなくて、樹の方だったらしい。
「ん~?ちょい待て待て!」
「……どうした、樹?」
「いやいや、ヴェイカントとかいろいろまた新しい単語が出て来て頭が追い付かねえよ!だいたい、さっきの銃声が、なんで渚さんからのご説明に入っちまうんだよ?」
あー、コイツも頭ん中、ごちゃごちゃしてきているんだろうなあ。俺も分かっていることと、分からないこと。それで、また新たに壬生さんっていう大人の情報屋が加わったものだから渚さんも問答無用でいろいろ説明してるんだよな……。
「あー……えっと、そう、だよね……?」
カスミも困ったように首を傾げている。
そもそも俺たちは、その『ヴェイカント』とやらと遭遇したことが無いのだから見た目云々の話をされても分からない。
「……さっきの銃声は、人間じゃなく、ヴェイカントを撃った……とか?」
さすがにこの話の流れで生身の人間を撃ち殺した……なんて話にはならないだろう。
そのヴェイカントとやらを撃ったとすれば壬生さんが渚さんに説明を求めたのも……分かる、か?
「おや。湊くんと言いましたか。なかなか鋭いですね。正解です。私の部下が新宿駅前近くをうろうろしているヴェイカントを見つけましたので発砲を許可しました」
俺の推測は見事に当たってしまっていたようだが、あまり嬉しくない。
それに、人が大勢いる新宿の駅前だぞ!?下手すれば人間に当たるんじゃないのか!?相当腕に自信が無きゃ出来ないだろう!
だいたい、ここは日本だ。壬生さんは当たり前のように銃銃って言っているが持っているだけでアウトだろう……。
「……えーっと、ここ日本だぞ?」
「もちろん分かっていますよ」
「いやいや!壬生さんっつったか?アンタそろそろ取っ捕まるんじゃねえか!?」
樹も声を裏返しながら驚きの声を上げている。
が、当の壬生さんは落ち着いていた。
「証拠は?」
「え?」
「……そう言えば、この現実世界の中でヴェイカントを倒したらどうなるんだ?」
SC現象内では恐らくだが今までの話からかなり人間離れしている姿をしているようだが、現実だと見た目は人間なんだろう?だったら、撃ち殺したらいろいろと……中身やら何やらをブチまけることになるんじゃないだろうか……それとも、ふわぁ~っと消えて無くなったりするモンなんだろうか?
「元が血も涙も通っていないモノだもの。良くて裏社会の人間に回収……悪ければ放置されて燃えないゴミ行きかしらね」
つまり、見た目は人間そのまんまってことかよ。
見た目は人間そっくりな……マネキンみたいな感じが突然道の中でぶっ倒れる……ってことになるんだろうか。それでも、周りはびっくりするだろうなあ……。
「え、つか、現実で倒せるのかよ!?アクセ装置いらねえじゃん!」
はは、とうとう『物質』理論装置って言うのが面倒くさくなったのか『アクセ装置』と言い出した樹には苦笑いしてしまう。が、その方が分かりやすいな。
「アクセ装置って……えーっと……ヴェイカントというモノは、歩く『物質』装置そのものと考えて良いから……それを停止……つまり、コア部分の目を壊して動かなくさせてしまえばSC現象を引き起こされることは無いわね……一応、理論上では」
理論上ってことは、渚さんもあまりヴェイカントをどうこうするっていう経験は浅い……のか。
「……理論上では?」
「私はヴェイカントの存在は知ってはいたけれど実際に目にして戦うのはついさっきが初めてだったってこと。資料でしか知らなかったし、それに……人混みの中で見つけたからって銃を抜いても良いって考えを持つことは出来ないわね」
「おや。怒られてしまいましたか……」
さすがに事を大きくし過ぎてしまったらしく壬生さんも一応、反省の色だけは示しているらしい。
当たり前だろう。人混みの中で銃声がしたら大騒ぎどころじゃない。きっと今頃、新宿駅前は警察沙汰にでもなっているんじゃないだろうか……そこに、これから向かうっていうのは面倒だな……。それに時間も時間だし……。ただでさえ制服姿をしているから職質とかされたらたまったもんじゃない。
「つーまり、裏社会人間はヴェイカントを生み出す技術だけは優れているってところか?」
樹が口元に手を当てながら、そう言うと渚さんは渋い顔色をする。
「それだけじゃないわよ。霧生くんのように装置を持っている人間だって属しているんだからどうしたって戦いになるわ」
あぁ、そう言えばそうか。
ヴェイカントとやらだけならまだしも、人間がいるならどうしたって銃を向けるわけにはいかない。
「……霧生の他には?渚さんが知るだけでどれぐらいの登録者がいるんだ?」
そう言えば、アイツの他にはどんなヤツがいるんだろう。でも、そもそも霧生が裏の人間と手を組んで世界を牛耳る?あんまりイメージがわかないな……。
「私が知っているところでは、相当な手練れが三人いるわね」
まさかの三人だけ?
思っていたよりもかなり少ない……ってのが、正直な感想。だったら裏の人間のいる場所が分かっているなら、こっちから乗り込んで行くっていう手もあるんじゃ……?
「意外と少なくね?」
「数の問題じゃないわよ。霧生くんのときは、相手も一人だったし、油断や隙もあったからなんとかなったけれど……まともにやり合ったらタダじゃ済まないのはこちらよ?」
あー……なるほど。
つまり、装置の使い方とか経験値とかがコッチとは全然違うってことか。
あとは……新たな登録者が生まれる可能性もあるってことだな。
「……それに、渚さんが知る範囲ではって数だろ?もしかしたら俺たちみたいに新たに登録したヤツがいるかもしれない」
「そうね……。でも、理論をよく知らない人たちが拾って登録したからといってそう使いこなせるモノってわけでもないのだけれど……」
「つかさ、すげぇ大事な話があるんだけれど……」
不意に真面目な顔付きの樹が口を開いた。
あ……コイツが、こういう顔してる時って……つまりは、アレだな……。
「どうしたの?樹くん?」
「めちゃくちゃ腹減った……」
ぐるきゅ~と鳴る樹の腹の音に、シ~ンとなる周囲。
いや、ここは笑ってやって良いと思う。
「あはは……」
「あぁ、もうこんな時間でしたか。皆さんはこれからどちらへ向かうつもりだったんです?」
「渋谷にある湊くんのマンションです」
「一応、この中で裏の人間に住所が知られていなくて、一人暮らしだから潜伏先にちょうど良いってこと!」
ビシッと俺を指差しながら潜伏先って言うな、とジロリと睨み返してやった。
「でしたら、ここを使っては如何です?」
「……ここの事務所を?」
「私も一応新宿に住む一人ですからね。突然、ワケの分からないモノたちが現れて困っていたところだったんですが、あなた方に会えてお話を聞けて良かった。今日もここで休まれてはどうです?この時間帯に若者たちが新宿をうろつくのはあまりオススメしませんからね」
時間を確認すると、未成年があまりフラフラしているのはオススメ出来ない時間帯。しかも、こっちは制服姿のままだしな……。
「俺は賛成ー!」
「お邪魔させてもらえるのならば助かります」
樹も渚さんも同意。
俺も別に反対ってわけじゃないんだけれど……ここの場所を勝手に使って良いんだろうか。
「……あれ、でも、ここにも客来るんじゃ?」
「情報屋として使っているのは下の階になります。こちらは従業員たちの休憩スペースになっていますからちょうど良いでしょう。今から外に食べに行くのもなんですし、出前でも取りましょうか。何かご希望があればどうぞ」
「え、え?」
突然、食べたいモノは?と聞かれてもカスミのように戸惑うヤツがほとんどだろう。
が、樹の場合はとにかく思いついたモノを次から次へと口に出している気がした。それを見て壬生さんは何やらメモっているし……おいおい、マジかこの人!
「はは、カスミ~食いたいモノだってさ。お前甘いモノ好きだろ?今のうちに、壬生さんにお願いしておけ~?あ、肉類も良いよなあ……あ、寿司も良いなあ……あ、でもジャンクフードっていう手も……」
「……いや、テキトーで良いんで。コイツの食いたいモノを片っ端から聞いてるとキリ無いし。痩せの大食いだから」
下手をすると樹の食べたいモノを片っ端から連絡して出前を用意する気なんじゃ……と思われる壬生さんに俺はコイツなんかの我が儘なんか無視して良いと伝えたつもりなんだけれど、壬生さんに『未成年は遠慮しなくて良いんですよ』とあっさりと返されてしまった。
ヴェイカント……いろいろとまだまだ不明なところがあるので引き続き渚先生からの講義は続きます!が、取り敢えず腹ごしらえをしましょう!(苦笑)
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