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依頼

 クレームかしら?


 初めは、そう思っていた。でも違った……。


 玄関先で、彼女は、


「シンディーお嬢さまのお友だちとクラリスさまを見込んで、お願いがあります」


 と告げ、ご高齢のメイド、ヘンリエッタさんは、深々と頭を下げた。


「これはこれは、長い話になりそうですな」

 軽くお辞儀をするセバス爺。


 メアリーちゃんは、その隣でフンフンとうなずいた。


 もうっ! みんなして、あたしを見ないでっ!


「お客さまを、客間にご案内するわよ」


 シンディー・クレセント。


 クレセント家は、辺境伯と対立してると思ってたわ。


 シンディーちゃんは、素直だから、あたしのことを「田舎もの」とかいうのは、家の中では、そういう話なんでしょ?


 その疑問は、最初にヘンリエッタさんにぶつけて見た。


 彼女は笑った。


「その通りです。旦那さまは、王に忠誠を誓っております。それは、爵位を預かっているものとして当然だと思います」


 そして、なぜ笑った?


「だからといって、シンディーお嬢さまが、敵を作ることは望んではおりません」


 なんだろう、この優しい感じ……。おばあちゃん? みたいな……。


「家同士が敵対しているからこそ、そのご令嬢同士が親しいのは、殿方には喜ばしいことあるの」


 そうなの?


「クラリスさまは、すぐ表情にでるのね。そうなのよ。ご令嬢同士では、子作りできないでしょ」


 こここ、子作りってっ!!


 その顔やめなさい! セバス! とても、お下品よ!


「ほんと、クラリスさまは、シンディーさまとそっくりですね」

 ぜったい、似てないと思う!


 そして、みんなであたしを見るのはやめて!


「普段の会話からの些細な情報、そういうのが大切なの。それが政治というものです。男性なら別よ。それが、王族の血を与えることになるなら、なおさらね」


 耳元でセバス爺が、「残念でしたな」とささやく。


 残念じゃないわ。こここ、子作りなんて、考えてないんだからね!


「クラリスさまは、稽古場に入るための条件は、できそうかしら?」

 あたしが変なことを最初に聞いたせいで、ヘンリエッタさんのペースになっちゃってる?


「シンディーお嬢さまは、直ぐにでも、できます」


「えっ! シンディーちゃんって虫も殺せそうにないじゃない!」

「シンディーさまです」

「申し訳ありません」


 でも、ぜったい、彼女はできないわ。だって、甘いものが大好きだし、かわいいものも好きなはずだわ。


「シンディーお嬢さまが、どこで育ったかは、ご存知ですか?」

「それは、知りません」

 そういう深い話はしていない。


「お嬢さまからなさることはありません。それは、貴族の間では有名な話。だから、お嬢さまは、いつも一人なのです」


 あたしって、一応、貴族のご令嬢よね……。


「だからクラリスさまには感謝しております。ただ、少し態度は改めて頂かないと」

「気をつけます」


 なんちゃって、多分、無理です。


 だってシンディーちゃんたら、かわいいんだもん。


 それから、ヘンリエッタさんの長い話がはじまった。


 シンディーちゃんは、七歳まで田舎の牧場で育てられたそうだ。


 なぜそんなことに?


 当然の疑問も、彼女は語った。それは長い話。

 終わる頃には、客間を長い日差しが照らしていた。


 夕映えで彼女の顔が赤くなる。

 その瞳がうるんで見えた。


「とても意地らしいお方です。たった五年で、公爵令嬢に相応しい礼儀作法を身につけられた」


 彼女のあいさつは、とても綺麗だったわ。


 そう、それは、幼い頃から、仕込まれたと言われても違和感がないほど、完璧な動作、にじみ出る育ちの良さ。


 赤子だった彼女は、誘拐され森に捨てられた。

 言い逃れるため、そうしたのだと誘拐犯は、拷問の末、白状したのだという。


 牧場を営む親切な老夫婦。


「お嬢さまを育ってて下さった方々は、とても良い人だと思います」


 彼女を見れば、あたしもそう思う。

 とても優しい方に違いない。


 礼儀作法という技術は努力で修得できる。

 でも、人柄は違う。


「旦那さまと奥方さまも、とても感謝していらっしゃいます」


 老夫婦は、公爵からの礼金を受け取っていないらしい。そのかわり、公爵に、領地の平和を願ったそうだ。


 王都から三日の距離にあるクレセント領。

 その南部に、老夫婦はいる。


「そこの魔物退治に、剣聖としてのセバスさまをお借りしたい。これが、旦那さまから、ご依頼です」


 セバス爺たら、その目はやめてって!


「これは、両家にとっても損はありません。いかがですか?」

「そこで、あたしは狩猟を習うのね」


「シンディーお嬢さまも、騎士学校の課題をこなすために、同伴されます」

 こっちが多分本命ね……。


 だって、クレセント公爵には少し損だもの。

 対価なしに、辺境伯の手にある剣聖を使う。確かに、公爵としての威厳は周囲に誇示できる。


 でも、退治だったら、いるじゃない適任が。


 ランスロットという、王族が……。


 どうやら、シンディーちゃんは、とても愛されているみたい。


 それが、なんだか、とても嬉しい。


 あたしも彼女が大好きだ!


「もちろん、かまいません」


 あたしの返事は、これ以外にない。

 お父さまには、多少迷惑が掛かるかもだけど、だけどごめんなさい。


 あたしは、そういう娘なんです。


 それから、ヘンリエッタさんは、「そうなると信じてました」と言い、日がかなり傾いていることに気づくと、「お嬢さまが、お昼寝からお目覚めになられているわ」と騒ぎ出した。


 シンディーちゃん、お昼寝が日課なのね。


 あらあら、どうしましょうと慌てて、ヘンリエッタさんは、彼女のもとへ急いで帰った。

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