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サラトガの戦い

「ふむ……そういう事情があったのか」

 ジャーマンタウンでの戦闘の後、僕達はフィラデルフィア北西にあるバレーフォージへ向かっていた。現在は、行軍の合間にある休憩中だ。

 休憩の間、ワシントン司令はブランディワイン・クリークで起こった件――僕がイギリス兵であるニコラを見逃したことについて、調査を進めたらしい。その結果、司令はその件を事実と認め、僕を問いただしたのだ。

 僕は全てをありのままに話した。ニコラとは元々幼なじみだったこと、ブリーズヒルで互いの戦友を殺し合ってしまったこと、そのせいで互いに殺意を抱いたこと、なのにロングアイランドでニコラが僕を見逃したこと、ブランディワイン・クリークで僕も同じことをしてしまったこと――。

「それで、司令。イギリス軍将校と旧知の仲である僕を、処罰するおつもりですか?」

 しかし、司令は首を横に振った。

「いや、大尉の表情からは嘘をついているようには見えないし、個人的な恨みによる自軍への損害も出ていないから、責任は問えんよ。だが……」

 司令はカッと目を見開き、口調に凄みを持たせ、こう続けた。

「戦争は、殺す、殺されるの世界だ。それを受け入れられず、感情的になっては、部下や仲間のみならず、自分をも殺すことになるぞ」

 この言葉を聞いて、ハッとした。孫子の兵法にも、感情的になってはならないとしつこく書いてあった。

 でも、恥ずかしいことに、今の今までそのことを忘れていた。

 そして、司令は語調を元に戻し、話を続行した。

「そこで、君の頭を冷やす目的も兼ね、サラトガに行ってもらう」

 現在サラトガでは、イギリス軍のジョン・バーゴイン将軍のアメリカ北東部分断作戦を阻止すべく、ホレイショ・ゲイツ准将が戦っていると聞いている。

 司令は僕の頭を冷やすためと言っているが、援軍先の戦闘は、とてつもなく重要なものだ。ということは、司令はまだ僕に期待しているというのか……。

 なら、その期待に応えねば。

「わかりました。直ちにサラトガへ向かいます」

 とは言ったものの、正直言って援軍としての任務は果たせそうだが、ニコラへの憎しみを捨て去る自信は、なかった。




 司令の元から退出すると、ラファイエット侯爵に呼び止められた。

「待って下さい、エアハート大尉」

「侯爵……もうお怪我は治ったのですか?」

 侯爵は、ブランディワイン・クリークで負傷していた。そのため、ジャーマンタウンでは後方待機していたのだ。

「ええ、もう大丈夫ですよ。それより、あなたと少々お話ししたいと思いまして」

「なんでしょう?」

「司令からお話は聞きました。あなたとイギリス軍の女性士官との関係をね。そのことについて司令からは厳しいお言葉をいただいたと思いますが、私からも一言、言わせて下さい」

 侯爵は一呼吸置き、こう言った。

「死んでしまった者は、どう転んだって戻ってきません。ならば、残された我々がなすべきことは、死んでいった者の意思を継ぐことです。あなたの亡くなった戦友は、どうだったんです?」

 あいつ……デイモンの望みは、最期の言葉に込められていたな……。確か……確か……!

「デイモンは……死ぬ直前、こう言いました……。『……ビル……こんなところで……立ち止まるな……必ず……独立を……』って。あいつは、自分を殺した相手に対して、何の恨みも持っていなかった」

 そう、ニコラへの恨みなんて、僕が勝手に抱いて、勝手にかたき討ちをしようとしただけ。むしろ、今の僕の姿、デイモンが見たら、なんて言うかな……?

「……ありがとうございます、侯爵。あなたのおかげで、ニコラへの憎しみを捨て去ることが出来そうです」

「それは何より。では、サラトガへの援軍任務、頑張ってください」

 そう言えば、この人と話をしていて、わかったことがある。この際、少し話してみるか。

「ところで侯爵。あなた、もしかして、名声欲的なものをお持ちではないでしょうか?」

「…………!!」

 侯爵は目を丸くして驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。

「……フフ、名軍師の目は騙せませんでしたか。確かに、私は十二歳で家督を継いでからと言うもの、あまり名声を得られませんでした。アメリカに渡ったのも、名声を得たいから……。それで、なぜ私の本質を見破られたのですか?」

「最初にあった時から、あなたはどこか演技をしている感じがしていました。そして先程、僕に与えていただいたアドバイス……まるで哲学の教科書の一文のようでした。それらの事から、名声を欲していると思ったのです」

「なるほど。では、名声欲を持っている私の事を、軽蔑しますか?」

 この言葉に対して、僕は即座に否定した。

「普通の人間なら、行きすぎた名声欲によって失敗、もしくは破滅に向かうのがオチです。ですが、あなたは違う。あなたは、戦争における最大の名声たる『英雄』の称号が欲しいと思っている。だから、普段から英雄らしく自分を律している。つまり、その名声欲がいい方向に働いているんですよ。その結果の一つが、僕を憎しみから救い出した事なんですけれどね。それと、お世辞抜きで、あなたは英雄になれる。僕が保証しますよ」

「……なんだか、私の方が救われましたね」

「では、お互いさまということで。じゃあ、僕は援軍の用意があるので、失礼します」




 サラトガ・ピーミスハイツにたどり着くと、現地の司令官であるホレイショ・ゲイツ将軍が出迎えてくれた。

「君がワシントンの軍師として名高いビル・エアハート大尉かね? 私が、ホレイショ・ゲイツだ」

「ビル・エアハートです。早速ですが、現状は?」

「それなら、これを見るがいい」

 ゲイツ将軍の側近が、一つの書類を僕に手渡した。それは、現在の状況のみならず、斥候や捕虜の証言も含めた、この戦いが起こる一部始終が事細かに書かれている報告書だった。


 それによると、イギリス軍のジョン・バーゴイン将軍は、アメリカ大陸北東部分断のため、カナダ・ケベックからニューヨークまでの道のりを全て攻略する、壮大な作戦を計画し、一七七七年六月に出発した。

 バーゴイン将軍の計画は、最初の内は成功していた。その証拠に、同年七月六日にタイコンデロガ砦を無血開城させている。

 ところが、タイコンデロガを明け渡した大陸軍兵士達が退却しながら木を切り倒したり川をせき止めたりするなどの妨害工作を施した上に、カナダから距離が遠くなってしまったため物資の補給が上手くいかなくなり、進軍速度が低下。タイコンデロガの南方七十キロ程にあるエドワード砦攻略に取りかかったときには、食糧不足に陥っていた。

 そんな時、エドワード砦の南西約六十キロにあるベニントンで、大陸軍の物資があると聞き付けたらしい。そこでバーゴイン将軍はヘッセ人部隊を派遣し、ベニントンの物資を強奪するよう指示を出した。

 だが、ベニントンにはヴァーモント民兵隊二六〇〇名が集まっており、強奪しに来たヘッセ人部隊をすぐさま包囲、一斉射撃で撃退した。その後、イギリス軍の応援部隊がやってきたものの、同じように撃破してしまったという。

 九月に入ると、バーゴイン将軍は何とか一カ月分の食料を確保できたため、すぐさまエドワード砦を落として進軍し、南方七十キロ程度に位置するオールバニへ向かった。

 九月十三日、イギリス軍がサラトガに入り、陣地を設営。同月十九日に大陸軍と戦闘を開始した。戦場は、イギリス軍陣地と大陸軍陣地つまりピーミスハイツの間にあるフリーマンズファーム。一進一退の攻防の中、イギリス軍はなんとかフリーマンズファームを占拠できた。しかしそれ以上は進軍できず、損害も割に合わないものだったという。

 これが、現在までの転末らしい。


「なるほど、大体理解できました。それで、これからどうするおつもりですか?」

「現在、タイコンデロガの奪回中だ。敵の補給路を断つためにな」

 その時、伝令兵がやってきて、報告をした。

「報告します! タイコンデロガ砦、奪還しました!」

 この報告を聞いたゲイツ将軍は、歓喜してこう言った。

「よし! この流れに乗り、一気にイギリスを叩くぞ!」

 まずいな……。この人、調子に乗って敵を攻めようとしている……。孫子の兵法では、窮地に陥った敵を攻めてはいけないとされている。『窮鼠、猫をかむ』方式で、ピンチの時ほど兵士が奮起しやすいからだ。

 それなのに、この人は後先考えずに攻撃をしようとしている……。ハッキリ言って、思慮が浅い。すぐ止めなければ。

「待って下さい、ゲイツ将軍。窮地に陥った敵ほど、必死になって戦闘力が上がります。逆に返り討ちにあう危険性が増しているのです。ここは防備を固め、様子を見るべきです!」

「むう……言われてみれば、確かにそうだ。よし、ここは様子を見よう」

 よし、これでひとまず敗北を未然に防げた。さて、バーゴイン将軍はどう出るかな……?




 十月七日、イギリス軍が攻めてくるのが確認された。どうやらバーゴイン将軍、かなりムキになっているらしい。

「おいおい、敵が攻めてきたぞ。エアハート大尉、どうする?」

「落ち着いて下さい、ゲイツ将軍。もうすでに迎撃プランは出来上がっています。大船に乗った気でいて下さい」

「ならば、どうする?」

「敵は窮地を脱することだけを考えていて、頭がいっぱいです。加えて、ピーミスハイツの道の両側は森……。これを利用しようと思います」




 しばらくたった後、イギリス軍がピーミスハイツに乗り込んできた。

「全軍、突撃! ピーミスハイツを我らの手に収めるのだ!」

 イギリス軍の指揮官が叫ぶ。

 それに応じるかのように、こちらの指揮官も命令を下す。

「全軍、撃て!」

 アメリカ軍も負けじと銃を発射する。……いや、反撃と言うより戦う意思があると見せかけた(・・・・・)。

「よし、頃合いだな。後退するぞ!」

 イギリス軍がいい距離に近付いてきた時、大陸軍指揮官は交代の命令を出した。

「敵が引くぞ! すぐに追撃し、殲滅するのだ!!」

 よし、上手いこと誘いに乗ってくれた。ここまでくれば、九割方勝利したも同然だ。

 少しして、僕が設定したポイントにイギリス軍が侵入した。ここで一気にケリをつける!

「今だ! 全軍、一斉掃射!!」

 僕の合図により、イギリス軍の左右にある森から、大陸軍の鉄の雨が激しく降る。

 実は、さっきまでイギリス軍の相手をしていたのは囮。本隊はピーミスハイツにある道の両側の森に伏せていたのだ。そして、イギリス軍が伏兵の前に差し掛かった瞬間、森から攻撃を加える。

 すると、イギリス軍は左右の森からの攻撃に加え、正面の囮部隊による攻撃も受ける。つまり三方向から攻められてしまうのだ。

 当然、イギリス軍には混乱が生じ、ついに……。

「撤退だ! 撤退せよ!!」

 とうとう、イギリス軍は耐えきれずに撤退してしまった。

 それを見たゲイツ将軍は、こう言った。

「よし、今が攻め時だな。追撃し、殲滅する!」

「いや、それよりいい方法がありますよ、ゲイツ将軍」

 僕はゲイツ将軍を制した。

「ほう、これよりもいい方法があるのかね?」

「ええ。まず、戦に置ける最高の勝ち方と言うのは、戦わずして勝つことです」

「戦わないで勝つなんて、そんなバカな話はないだろう?」

 ゲイツ将軍は、戦争の勝利と言うのは戦闘しかないと思っているらしい。

「いや、方法はあります。例えば、大軍で取り囲む、弱みを握るなどして脅し、講和に持ち込んで降伏させるのです。そちらの方が、物資や人命がほとんど損なわれることはありませんからね」

「……で、今回はそれが可能なのかね?」

「そりゃあもう。相手は補給路を断たれている上に連戦連敗しており、どん底の状態です。今なら、『人命は保証してやるから』なんて言えば、どんな条件でも飲んでくれますよ」

「そうか。なら、後の事は全てお前に任せよう」




 数日後、バーゴイン将軍らはサラトガの集落地へ駐留していることが分かったので、僕は少数の護衛を連れ、和解交渉に出向いた。

 イギリス軍本陣に着き、和解交渉に来たと告げると、バーゴイン将軍はすんなり通してくれた。

「はじめまして、将軍。僕はこのたび和解交渉の責任者に任ぜられた、ビル・エアハート大尉です」

「ジョン・バーゴイン将軍だ。君の話はよく聞いている。我がイギリス軍を散々翻弄し、撃ち負かした若きオッドアイの参謀だと」

「将軍位についている方のお耳に入っているとは、光栄です」

「ところで、君がいるということは、この交渉が罠なのではあるまいな?」

 僕は首を横に振り、即座に否定した。

「僕がバイブルにしている兵法書では、戦闘を行わずに降伏させる、もしくは和平に持ちこむのが最高の勝ち方であると書かれています。ですから、今回は血を流すようなことはしません。真剣に交渉に来たのです」

「ほう、我々が降伏するとでも?」

「いろいろ情報は入っていますよ。あなたは今、補給路を断たれ、物資も不足し、士気もガタ落ちだと。その証拠に、ここまで来る途中で見たイギリス兵は皆、顔が青ざめていましたから」

「では、条件はなんだ?」

 僕は懐から書類を取り出し、読み上げた。

「まず、あなた方の命の安全は保証します。その代わり、バーゴイン将軍が立案した今回の作戦――つまり、ケベック~ニューヨーク間遠征作戦に参加した、バーゴイン将軍を含めた全兵士のアメリカ大陸に関する軍事作戦に二度と関わらないでいただきたい。もちろん、本国送還用の船やその他物資はこちらで用意します」

「ふざけるな! そんな条件を飲んで母国に帰れば、笑い物になる!」

 この人、世間体を気にしすぎるな……。ここは少し、司令官としての自覚を呼び戻してやらないと。

「そう言いましてもねぇ、将軍。あなただって司令官なんだから、部下の無駄死にを増やすのはつらいでしょう? ハッキリ言って、このまま戦い続けたところで、いたずらに人命が失われていくだけですよ。我々もそのような事態は望みません。そういうわけで、司令官であるあなたなら、どのような判断をすればいいか、もうお分かりですよね?」

「…………」

 しばらく沈黙が続いた。その時のバーゴイン将軍の表情は、自分のメンツと司令官の矜持との間でもがき苦しんでいるようだった。

 そして決心がついたのか、バーゴイン将軍はおもむろに口を開いた。

「……わかった。要求を飲もう。ただし、我々の命は保証してもらうぞ」

「当然です。では、この結果をゲイツ将軍に報告してきます。調印式の日程は決まり次第、お伝えします」




 後日、和平協定である『サラトガ協定』の調印式が行われた。

 その後、一七七七年十月十七日、ジョン・バーゴイン将軍らを乗せた船が、ボストンから出港した。










~その頃~




「ジョン・バーゴイン将軍が敗れた?」

「ああ。これで我々が優位に講和を結ぶこともできなくなってしまった。それと同時に、フィラデルフィアを占拠した意味も失った。さらに悪いことに、サラトガで派手に負けたため、フランスが正式に大陸の支援を表明する公算が高い。だから私は、この責任を取って辞任しようと思う。後はクリントンに任せるつもりだ」

 この発言に、私は衝撃を受けた。ハウ将軍が抜けたら、開戦当初四人いた将軍がヘンリー・クリントン将軍と、後で昇格したウィリアム・コーンウォリス将軍だけになってしまう。

「そんな、考え直してください、ハウ将軍!」

「いや、もう決めたのだ、キャヴェンディッシュ大尉」

 その後しばらく、ハウ将軍を引きとめようと説得した。しかし、将軍の意思は固かった。

「……そうですか。将軍がそこまで言うのなら、もう私には引きとめられません。しかし、一つ問題があります。我々はニューヨークからしか船を出せません。それに、フィラデルフィアとニューヨークは大陸軍によって分断されています。チェサピーク湾から船で行っても、フランスが参戦するとなると安全とは言えませんし」

「ああ。戦闘は免れないだろうな。しかもバレーフォージでは元プロシア軍人がワシントン軍を訓練していると聞く。激しい戦になるだろう」

「……それを承知で、行くのですか?」

 ハウ将軍は、無言でうなずいた。

「……ならば、私も最後まで、お供します」

「よろしく頼む。……しかしこの期に及んで、こんなに良い部下に恵まれているとは、軍人として喜ばしいことだ」


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