ジャーマンタウンの戦い
「……報告は以上です」
「そうか……。よく我々の部隊を守り、無事帰還してくれたな。感謝する」
ブランディワイン・クリークでの敗戦の後、イギリス軍にフィラデルフィアを取られてしまった。
僕は大陸軍敗戦という形で戦争が終結してしまうのではないかと思っていたが、実際はそんなことはなかった。
そもそも、大陸軍を運営している大陸会議は、人がいればどこでも開ける。フィラデルフィアは、単なる『開催場所』でしかないのだ。事実、現在大陸会議はフィラデルフィアの西方にあるランカスターに移転しており、滞りなく業務を行っている。
この時、僕達は現在フィラデルフィア北方のスクールキル川に駐屯しており、そこでしんがりの報告をワシントン司令に行っていた。
「ところで、エアハート大尉」
「なんでしょう」
「あるイギリス兵と特別な関係があるというのは、本当か?」
……もう、そんな情報が司令の耳に入っていたのか。でも、特別な関係と言うのがどのような意味で言っているのか知らないけど、あまり話したくない話題には変わりない。
しばらくの沈黙の後、司令がこう言った。
「まあ、証拠が十分そろっているわけではない。言いたくないのなら、現時点では無理に言う必要はないな」
……助かった。しばらくの間は不問にしてくれるらしい。
あいつとの件は、とても一言では語りつくせないばかりか、白状するとなると、相応の覚悟をしなければ精神的に打ちのめされるところだ。
その時、一人の斥候が返ってきた。
「報告します! フィラデルフィアのイギリス軍、デラウェア川下流のマーサー砦とミフリン砦の攻略にかかった模様。フィラデルフィア郊外のジャーマンタウンが手薄になっています!」
フィラデルフィア郊外の町が手薄に……。これは、つまり……。
「司令!」
「わかっている。これはフィラデルフィア奪還への大きなチャンスだ。ところで、町の防備は?」
「皆無です! どうやらイギリス軍は、フィラデルフィア付近の制圧に腐心している模様!」
だとすれば、ここを攻めない手はない。
「司令、すぐに準備を」
「ああ。総員、戦闘準備だ!」
一七七七年十月三日夜、僕達はジャーマンタウンへ向けて出撃した。
部隊は四つに分かれ、足並みをそろえて平行に進軍していた。
しばらくすると、守備隊らしきイギリス兵の集団が確認できた。この機を逃すまいと、僕は命令を下した。
「こちらから仕掛ける。総員、撃て――――!」
鳴り響く銃声。イギリス兵もようやく気付き応戦しようとするが、時すでに遅し。
「逃がすな! 追撃せよ! ただし、他の部隊と出来るだけ足並みをそろえるように」
それからは、ほぼ圧勝の気配を見せていた。
イギリス軍内に起こった混乱は収まらず、どんどん隊列が乱れていく。集団で銃撃を放つこともままならない。
――いける。このまま勝利して、フィラデルフィア奪還の足がかりにできる。そう思っていた。
ところが、日が昇るにつれて、状況が徐々に悪化していく。
「なんだ? なぜ視界がかすれていく!」
「霧だ! 霧が発生したぞ!」
そう、この兵士達の会話が示す通り、霧が出てきたのだ。しかも濃霧レベル。
そのおかげで他の隊と歩調を合わせられなくなり、連携も出来なくなった。
そして、最悪の事態が発生してしまった。
突如銃撃を受けたのだ。
「敵襲だ!」
「すぐに撃ち返せ!」
兵士たちは応戦の構えを見せるが、どうにもおかしい。
そもそも、イギリス軍はかなり混乱していた。それなのに混乱から回復し、前線をここまで押し上げてくるなんて考えられない。
そう思い、銃撃してきた部隊から発射された弾を地面から拾い上げ、観察した。
弾には、らせん状の溝が刻まれていた。つまり、これはライフル銃の弾だ。
イギリス軍は、ライフル銃を持っていない。ということは、つまり……。
「発砲をやめろ! 相手は味方だ!」
そう、濃霧で味方を識別できなくなったが故の、同士討ちだったのだ。
とっさに攻撃をやめさせてはみたものの、部隊に混乱が生じてしまった。
霧が晴れると、さらにまずい状況に陥ってしまった。
「……あれは……?」
なんと、夜明け前よりも明らかに敵軍の数が増えていたのだ。これはつまり……。
「……フィラデルフィアからの援軍か……」
どうやら、こちらが同士討ちを演じている最中に、異変を察知したフィラデルフィアの部隊が援軍に駆けつけてしまったらしい。
――敵は態勢を立て直し、こちらは混乱状態……。さすがに、これ以上は戦えないか……。
「伝令兵、すぐに司令へ撤退の進言を!」
間もなく、司令から撤退命令が下された。
こうして、大陸軍のフィラデルフィア奪回は、失敗に終わってしまった――。
~その頃~
ジャーマンタウンの防衛は、天気も味方してなんとか成功したらしい。
しかし、大陸軍との戦闘が発生したこと自体、ハウ将軍の予想が外れたことを意味していた。
「……つまり、大陸会議はランカスターでまだ機能しているということか、キャヴェンディッシュ大尉?」
「そうとしか考えられません、ハウ将軍。それで、この機会に少し考え直してみたのですが……」
ここまで言いかけて、口が止まってしまった。これから言う事実は、我々にとってかなり厳しいものだからだ。
「なんだね? 言ってみたまえ」
「……驚かないで下さいよ? 元々、大陸会議は十三植民地の代表者の集まりです。つまり、我々は……十三植民地全てを制圧しなければ、戦争に勝利したとは言えないのです!」
「…………!!」
ハウ将軍は、絶句した。
そうなるのも無理はない。植民地一つを制圧するのに時間と労力が必要なのに、さらに占領状態を維持しておかなければならないのだ。それを実現するために、どれだけ人員や金、資材が必要になるか。
「やはり、現実的に考えて、こちらが優勢になったところで講和を結ぶのが一番かと」
「そうだな……。それを実現するには、今ケベックから大遠征を実行しているバーゴイン将軍の作戦の成否にかかっているか……」
しかし、現実はそう甘くはないことを、この後知るのだった……。