知らない場所、知らない人、知らない自分
「おきー」
「ーーて」
……。
「ーーーー」
…………。
「ーーか」
「のこーーーーたーーうね」
誰、だ。
「起きたのか」
「そのようね」
俺は、どうしたんだ?
ここは、何処だ?身体が、動かねぇ。どうなってる?
「君は今動ける状態ではない」
「記憶はどう?覚えてる?私達のこと」
……わからない。誰だ?いや、待て。俺は……誰だ?
「死ななかったと思えば、記憶の大部分は失っているか。どうする?このままこれだけでも戻すか?」
「……そうしましょうか。どのみち彼程度なら放置しても問題ないし。いや、この際召使いとして引き入れましょうか」
勝手に話を進めないでくれよ。状況が読み込めなさすぎて、意味わからんから。
「あぁ、すまない。君は先程、王都の先にある森で魔物に襲われて死にかけていたんだ。だが、偶然私達が通りかかってね。助け出すことが出来たんだ」
そうなのか、あ、いや、そうなんですか。ありがとうございます。
「だが、肉体の損傷が激しくてね。君を一度肉体と魂とで分け、肉体の修復を早めていた」
へーそんなことできるんですね。あれっじゃあ今動けないのって……。
「魂の状態で、空間に固定してるからだ。今から君を肉体に戻すから、変なところが無いか、確認してみてくれ」
はい。お願いします。
「リーヌ」
「リストア」
視点が横にスライドし、水槽の中で浮いている一人の男の前へ。
そして徐々に男の胸の方に近付き、
「おっ」
目を開けたら、先程の二人が水槽の外で俺を見ていたので、
「あび……ゴボォッ!?」
お礼を言おうとして、思いっきり溺れた。
それから、痛みがないかとか、傷はないか、とか、意識はしっかりしてるか、とか軽く身体検査を受けて、
「さて、身体に異常がない事もわかったことだし、このまま解放するのもいいが、君が良ければ、記憶が戻るまで私達が雇っても良い。どうだろうか?」
「そりゃあ記憶が無けりゃ帰る所もねぇ俺には有難い話なんですけど、俺を雇っても良いことないと思いますが?記憶がないから何ができるかすらわからないし」
「それこそ、そのまま君を外に出してはいけないと思うのだがね」
「せっかく助けたのに、餓死なんてされても困るもの。ね?」
「そ、そうですね。ではお言葉に甘えて」
という形の会話をし、二人の屋敷で働く事に決めた。
そうして働く様になってから早二週間。大分色々な事が出来る様になってきた。執事と言いつつ、俺のやる事は日常でやるようなことばかりで、こんな事で給金をもらって良いのかと思うほどだ。記憶の方は相変わらずだが、俺はこのままでも良い気がする。二人も優しいし、市場の人達とも仲良くやれてる。前の自分がどうしてわざわざ町の外に出たのかわからない。何の用があって外にいたのか。冒険者でもないのに。大して強くないくせに一人で出てたなんて。
まぁ過ぎたことを気にしても仕方がない。今日も買い出しを早く済ませて、掃除を済ませてしまわないと。あの方々と、アルミナさんは整理整頓が下手だからな。
「やめたまえ」
「いいだろう?減るもんじゃねぇんだからよ」
「せっかく綺麗なんだから、買い物なんてしてないで、俺たちとどうだい?」
陽が真上に上がり、買い物を終えた頃だ。路地の奥でそんな会話が聞こえたのは。
貧民街でもないのに、こちらの方でこんな不良紛いの者がいる事に嘆息しつつ、様子を伺うと、長く艶のある黒髪、吸い込まれるような深い黒色の瞳で見た事のない服装の女性が四人の男に囲まれ、道を塞がれていた。
「私に君達に構うような暇はない。退きたまえ」
「んな事言わずによ。良いだろう?」
「なぁ?」
「全く……力の差もわからない小虫が」
「なにぃ?」
女性の言葉に憤りながら、男の一人が、胸倉を掴もうとした所で、俺がその手を掴んだ。
「よしませんか。こんな所で」
「んだてめぇ?」
男達の視線が俺に集中し、女性が驚いた顔で俺をマジマジと見つめる。
「おい。俺はこの国を守る騎士なんだぞ?何の権限があって俺を止める」
そう、装備は大したものではないが、王国の紋章が取り付けられた軽鎧を着ており、剣も携帯していた。だからこそ様子を一応見ていたのだが、
「これは明らかに犯罪でしょう。国を守る騎士だからこそ、俺は止めねばならないと感じ、止めに入らせていただきました」
間違っても彼等に暴力を振ってしまえば、捕まってしまう。そうでなくとも難癖つけられてしまえば、おちおち暮らしてもいられなくなる。だから、町の人は彼女を助けに入れなかったのだろう。
だが、俺なら。旦那様に迷惑がかかってしまうが、この人を助けないなんて選択肢は俺にはなかった。
「ふん。俺たちはな、この身元のわからんねぇちゃんを逮捕しに来ただけなんだよ?わかんだろ?この辺住んでりゃ。こんな女、どこの地区にもいなかった。この分かたれた世界なら余計に他人が入る事は少ない。なのに、こいつはいたんだ」
「それでも、やって良い事と悪い事があるでしょう?」
「……おい。俺たちが優しく言ってるうちに、言う通りにしろよ?」
「嫌だ。と、言ったらどうなるんで?」
「ククク……」
「あぁ……」
「こ、コイツ、馬鹿じゃ、馬鹿なんじゃ……」
「いや馬鹿だろ」
「やめるんだ青年。こんな馬鹿を相手にする必要はない」
「てめぇら二人ともひん剥いてボロボロにしてやる!!」
対面している一人が俺の手を振り払い剣を抜き、後ろにいた三人が手を掛けたところで、荷物をサッと下ろして護身用に持っていたナイフで男の手を斬りつける。
「いづッ」
「てめぇ!」
「シッ」
手を斬られて退がろうとした男の足を掛け、転ばして、剣を抜いて襲い掛かってきた細身の男を避けて、振り向きざまに、ナイフの柄で後頭部を殴りつけ、その俺に危険を感じたのか、二人一緒に斬りかかる青年二人の足元を一瞬で凍らせて滑らせる。
「あぐっ」
「ガッ」
「舐め?!」
先程手を軽く斬った男が立ち上がり、剣を再度構えた時、思わぬ相手の一撃を受けて意識を無くした。
「思ったより戦えるようだね、君は」
「いや、護身術程度ですよ」
「てめぇら、騎士団にこんな事してタダで済むとでも……」
「貴方方が本当の騎士団でしたら、ね。ここ最近、王国の紋章を偽造し、売っていた商人が捕まったらしいんですけど、心当たり……ありますよね?」
「なっ……」
「このまま彼女を諦めてくれるのなら、俺は何も言いません。……時間もありませんし」
唯一意識を保っていた青年は首を振り、剣を捨てる。
「良かった。ええっと。家はどこですか?近くまで送りますよ」
と、彼女に手を差し出すと、
「ん?私か?」
「貴女以外、誰がいるんですか」
キョトンとした顔で、聞き返されてしまい、思わず苦笑い。
「いや、すまんな。あまり慣れない事をされていたもので。では、行こうか」
「あっえっとと、どこに?」
「送ってくれるのだろう?家に」
「あ、そうですね。行きましょうか」
地味に倒れていた男を踏んづけて、彼女は下げつつあった俺の手を取って歩き始めた。
「そういえば」
「なんですか?」
歩いてる途中で、不意に思い出したかのように俺の顔を見つめ、何を言いだすかと思えば、
「君の名を聞いていなかったね。教えてくれないか?一応恩人、でもあるし」
「一応、ですか」
なんて聞いてきた。ま、確かにこの人一人で、なんとか出来そうな流れだったしな。思い返してみると。
「まぁそれはこの際どうでもいいだろう?聞かせてくれ。君の名前を」
「俺は……」
「どうしたんだい?」
「いや、私はレマイン。賢者の館で執事をしてます。見習いなんですけどね」
「賢者の……それは凄いな。見習いと言いつつ、あの身のこなし。護衛か何かかい?」
「いいえ。俺にあの動きを教えてくれたのは旦那様なんです」
「と、いうと?」
「俺は訳あって記憶が無くしてしまい、記憶を取り戻すまで、旦那様の家で働かせていただく事になり、記憶が戻っても、戻らなくても、ここ最近、いや、つい先ほどもありましたが、危険な事件が多いとの事で、護身術も習わして戴いているのです」
「だからか」
「ええ」
「さて、ここまで付き合ってくれてありがとう。私の家はそこだよ」
と、彼女の指差すのは、年季の入った木造の一軒家。
「あと、言い忘れていたな」
「?」
「私は、アルマという。今度一緒に茶でも飲みに行こう」
「ええ、楽しみにしています」
「ではな」
彼女……アルマさんは微笑み、家へと帰って行った。
「さってと、俺もさっさと帰るかね。貴族街まで遠いなぁ。跳脚でも使って帰るか。掃除も終わってないし」
俺は独り言の通り、跳脚を使用しつつ、貴族街の近くまで移動し、門の近くで一度減速する。
「この先に何の用だ」
「賢者様の屋敷へと帰る途中ですって何回このやり取りするんですか?マハリさん」
「一応仕事だからな。特に今は異界人の連中が国に潜入してるとも限らねぇからな」
「大変ですねぇ。で、通してもらっても?」
「あぁ。通りな」
「では失礼」
門番のマハリさんが壁門を開けるために、駆動魔器にマナを流すと、ズズズズと重い音を立てつつ、壁門が開く。
「と、一つ伝えておくことがある」
「どうしたんです?」
「ついさっき賢者様が来てな。お前さんが来たら、この手紙を渡してくれってよ」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます。というか追加の買い物かもしれないじゃないですか。開ける前にくださいよ」
「すまんすまん。で、なんて書いてあるんだ?」
「ちょっと待ってくださいね。それと別にマハリさんに見せる必要もないですよね?」
「冷てぇこと言うなよ〜。懐に入れて温めて早二時間。少しは気になるってもんよ」
「二時間も前に……」
マハリさんに急かされ、俺も内容が気になり、封を開けて読む。
『少し用が出来た。三日ほど屋敷を空ける。リーヌを頼む』
「用事か……」
「賢者様も忙しいんだなぁ。ほれ、レマイン。リーヌさんが待ってるだろうに、早よ帰っとけ」
「そうですね。そろそろ行きます。また買い出しの時にでも」
「おう!じゃあな」
「はい」
屋敷の使用人用玄関に入ると、桃色でふわふわしたセミロングの髪の猫耳メイドが礼をして出迎えてくれた。アルミナさんである。
「おかえり」
「ただいま帰りました、アルミナさん」
「食事、準備、完了」
「アルミナさん、料理……」
「なに?」
「いや、何でもないです」
リーヌ様の冥福を祈ろう。
アルミナさんの料理は……俺も食べないとだめかな。もしかして旦那様は、これに気付いて……いや、俺が修正すればまだ生き残れるか。
「奥様、呼んでる。レマ、行く」
「奥様が?わかりました。アルミナさんは料理をお出しする前に一度見せてください」
「……?わかった」
「では俺は一度奥様の所へ行って参ります。部屋はいつも通りで?」
「ん。早く、行く」
「畏まり」
アルミナさんに軽く手を振り、足音をたてないで屋敷の廊下を軽く走る。
「しかし、何の用だろうか?湯浴みかな?それとも魔法の実験か。うーん」
一分程で屋敷の地下にある図書室へと入り、更にその奥、隠し部屋まで歩き、声を掛ける。
「奥様」
「来たわね。入って」
隠し部屋の本棚がズズズと前に少しでたあと、横にスライドして隠し部屋が開放され、図書室とは違って
「座って。少し話をしましょう?」
「はい」
言われるがままに、隠し部屋の中央にある木製の二メートル程の大きな長方形の机の周囲に置いてある六つの椅子のうち、奥様の正面に座る。
それからいつの間にか、部屋に入ってきていたアルミナさんが、お茶を淹れ、茶菓子を置いたところで、奥様が口を開いた。
「レマ。貴方を迎え入れてからそろそろ二週間経つのだけど、その、記憶はどう?戻るような兆しはあるかしら」
「いえ、残念ながら」
「そう。さっきもミュラと話していたのだけど、貴方が良ければ、記憶が戻ろうとも戻らなくとも、このまま雇い続けていたいのだけど、どうかしら?貴方は何事も器用にこなしてくれるし、周囲の評判も良いようだから、やりたい事があればいつでも言ってくれて良いのよ?」
「奥様……。私は旦那様と、奥様には命を救われるという返しきれないご恩を受けました。奥様方が許してくれるのならば、私はこの先命朽ち果てるまで、奥様方の下で働かせていただきたいと思っています」
「……ふふっ良かった。貴方がそう言ってくれるなら私も嬉しいわ。うん、嬉しい」
奥様が柔和な笑みを浮かべ、その後ろで無表情で待機しているアルミナさんも猫耳をパタパタさせている。
数秒間をあけ、奥様が再び話し始める。
「さて、本題は次なんだけど、今王都は、異界人とゴブリンの二つの勢力に挟まれている、というのは話したわね?」
「はい。異界人はこの世界を遊戯と評して、渡り歩く化け物で、ゴブリンはいくら倒しても数の減らないモンスター達、でしたよね」
まだ実物は見た事がないが、どちらも非常に危険らしい。特に異界人はこの世界では極一部の人間にしか与えられないスキルを大量に保持しているという。
「それが、どうしたんですか?」
「それらと、ミュラは今戦っているの」
「えっ」
「ミュラだけじゃない。勇者の家系、僧侶の家系、それに盗賊の家系、それぞれの子孫が今、両陣営を抑えているの」
「今、なんですか?だって、街にはそんな争うような声や剣戟の音は聞こえないじゃないですか」
「それはミュラと勇者が、街の皆に心配をかけないよう、音声を遮断する結界を発動してるからよ。……それでも王都の兵がずっと動いているから、民衆も気付いているのだけどね。気付いてないのは貴方くらい」
「そうだったんですか……」
衝撃の事実ってレベルじゃないぞ。したら今も旦那様は危険な戦場で戦っていることになるんじゃ……。
「それでね、レマ。レマイン。貴方にゴブリン達を狩ってもらいたいのよ」
「わ、私がですか?」
「ええ。貴方はこの二週間で記憶はないにしても、あらゆる事をこなせる様になった。それは戦闘も同じよ。ミュラの組手の相手が出来るのがその証拠。普通の子はあんな動きはできないからね」
「それは、私も最近ちょっと力はあるんじゃないかと思い始めてました」
「でしょう」
ふふんと何故か胸を張る奥様に微笑ましさを感じるも、それを言えば恥ずかしがって魔法が飛んでくるので静かに話の続きを聞く。
「そんなわけだから、アルミナと、レマイン。そして私で、ゴブリン狩りをしようと思います」
「お、俺だけじゃないんですか!?」
「レマ。口調」
「あっ。すいません」
「良いのよ」
正直アルミナさんの方がメイドとしての口調はなっていないのではないかと思うが、口答えすれば鉄拳制裁が待っている。彼女もぽけっとしているようで、俺を何度も組手で殴り倒してくるので馬鹿にできない。いや、真面目に。
「だってゴブリン単体ならともかく、ゴブリンメイジやジェネラルゴブリンの相手は厳しいでしょう?」
「た、確かに。文献でしか知らないというのもありますしね」
「だから、私達も一緒。いい?」
「いや、しかし奥様に万が一があったら」
「その万が一を貴方が防ぐの。出来ないなんて言わせないわよ?」
「む、むぅ」
「良いわね?もう決定事項なんだから。さぁさぁ行くわよ!久々の探索なんだから」
「今から行くんですかぁ!?」
「ええそうよ!その為にアルミナにお弁当を作らせたんだから」
「奥様ァァァァァ」
「えっええ!?何!?」
オロオロしていた俺がいきなり叫びだしたのにギョッとする奥様の肩を掴んで、ゆっくりアルミナさんに聞こえないように一言。
「なんで、アルミナさんに作らせちゃったんですかぁぁぁぁ……」
「だ、大丈夫よ、ちゃんとサンドイッチとか簡単な物を作らせたから。私だって途中まで見たもの。平気よ。平気」
「そ、そうですか?なら、大丈夫ですか」
「奥様、レマ。準備万端。早く、行く」
「わかりました。私も最低限の準備はしてきます」
「いらない。レマ、装備これ」
「わぁっ?!とと」
ぽいっと軽く渡されたのはミスリル製のロングソードとその剣帯。それだけだった。うん。
「これだけですか!?」
「ん。あとは私持つ」
「持つって、どこに」
「異空間収納スキル使用」
「なるほど」
「そもそも貴方もあるでしょうに」
彼女は苦笑しながら、虚空に空いた黒い穴に手を突っ込み、取り出すのはどこで買ったんだと言わせたいのか、直径1メートル程度の無骨で大きな黒色の大槌だった。
「似合わなっ!?」
「可愛い」
「可愛いっ!?」
「ほら。遊んでないで早く終わらせるわよ!時間との勝負なんだから!」
〜精神の間〜
カズマ「復活したと思ったら、記憶喪失だと……なんだよ後半、俺じゃねぇみてえじゃねぇか」
ギル「……流石に複雑な気分ではあるな。契約の感触が二分された感覚まであるからよ」
カ「一体全体、どうすりゃいいんだよ!!」
ギ「ぐぇっイッテェって主!!なんで首掴んだ今!!」
カ「あぁっ!?あっれ、ちょっと待ってくれ……なんで、今……いや、すまん」
ギ「まぁ、いい。……どうしようもねぇよ。主が、記憶を取り戻して、俺たちを召喚すればなんとかなるかもしれねぇが」
カ「この様子じゃなぁ」
ギ「ともかく、今はこの場だけでもゆっくりしてろよ。話し相手くらいにゃなってやらぁ」
カ「助かる」




