第二十九話 ネコネコランドまち探検にゃ!
「今日はどこ行くにゃー?」
朝の空気をぱっと揺らすように、チャイの元気な声が広場に響いた。
やわらかな光が草の上に広がり、風が通るたびに、露がきらりと光る。
その中に、いつもの顔ぶれがそろっていた。
シロップも、その輪の中にいる。
まだ少しだけ背筋は固いけれど、昨日よりも顔を上げて周りを見ていた。
「まち探検に行くにゃ」
ミルクが、いつもの落ち着いた調子で言う。
「まち探検?」
リオンが聞き返す。
「ネコネコランドをぐるっと回るにゃ。まだ見てない場所もたくさんあるにゃ」
その言葉を聞いて、シロップの目がわずかに大きくなった。
知らない場所。
見たことのない景色。
胸の奥で、小さく何かが動く。
「……いってみたい……」
ぽつりとこぼれた声は小さかったけれど、はっきりと前を向いていた。
「よし、出発にゃ!」
チャイが勢いよく飛び出す。
石畳を軽やかに駆けていく。
「はやいよ!」
リオンが笑いながら追いかける。
シロップも、少し遅れてそのあとをついていった。
広場を抜けて、通りへ出ると、景色が少しずつ変わっていく。
並んでいるお店。
ゆらゆらと揺れる看板。
どこからか流れてくる、焼きたてのパンの香り。
そのすべてが、シロップには新しく見えた。
足を止めて、ひとつひとつを目で追う。
「ここ、パン屋さんにゃ!」
チャイが鼻をひくひくさせる。
「さっき食べたばっかりでしょ」
リオンがつっこむ。
そのやりとりを横目に、シロップは店先に並ぶパンをじっと見つめていた。
丸いもの。
細長いもの。
ふわふわとした形のもの。
どれもあたたかそうで、やさしい香りをまとっている。
「いいにおい……」
思わず、言葉がこぼれる。
ルナがそっと隣に立つ。
「あとで食べようね……」
やさしく微笑むその声に、シロップは小さくうなずいた。
また歩き出す。
通りを抜けると、小さな橋が見えてきた。
その下を、水が静かに流れている。
光を受けて、きらきらと揺れていた。
「落ちるにゃーーー!」
チャイが橋の上でぐらぐらと揺れる。
「やめて!?」
リオンが慌てて手を伸ばす。
「落ちないにゃ!」
「信用できない!」
笑い声が、橋の上に広がった。
シロップはその様子を見ながら、そっと橋の端に足を乗せる。
少しだけ、こわい。
足元が不安定に感じる。
でも――
ゆっくりと、重心を前に移す。
一歩。
また一歩。
水の流れる音が、やさしく耳に届く。
顔を少し下げると、光の揺れが目に映る。
「……きれい……」
小さな声が、自然にこぼれた。
その言葉に、マロンがそっと答える。
「……ここ、好き……」
インクも静かに目を細める。
「……静かな場所だ」
しばらくのあいだ、誰も大きな声を出さなかった。
風の音と、水の流れる音だけが、ゆっくりと重なっていく。
それだけで、十分だった。
やがて、また歩き出す。
曲がり角をひとつ、ふたつ。
知らない道が続いていく。
でも、不思議と不安はなかった。
前にも、後ろにも、誰かがいる。
その気配が、やさしく背中を支えていた。
リオンがふと振り返る。
「楽しい?」
シロップは少し考える。
胸の中にある気持ちを、言葉にするように。
そして――
こくり、と小さくうなずいた。
「……たのしい……」
その声は、さっきよりもはっきりしていた。
ミルクが前を見たまま言う。
「まだまだあるにゃ」
チャイがまた元気に飛び出す。
「次いくにゃーーー!」
「待ってーーー!」
にぎやかな足音が、また通りに広がる。
ネコネコランドのまちは、今日もやさしくて、少しだけ新しくて。
そしてまたひとつ。
知らなかった景色が、ゆっくりと大切な思い出になっていくのだった。




