第十九話 歩みを止めないという事⑥
「シオンッ!!どうして・・・。」
「家族を助けるのに理由はいらないでしょう。」
「・・・っ!」
消え入りそうなリンドウの言葉を拾い上げシオンはきっぱりと言い切った。シオンにとってリンドウは、例え血が繋がっていなくとも、共に過ごした時間が短かったとしても、大切な家族だった。
リンドウは知っていた筈だった。シオンはこういう人だ。
リンドウの頭の中は様々な感情で渦巻いていた。なぜ此処に来たのか、どうして自分の事を見捨てて逃げてくれなかったのか。絶望的な状況にリンドウは焦りと焦燥感を感じた。
姿を見せたシオンの元へと触手が殺到する。
思わずリンドウが声を上げるが、良い意味で裏切られた。シオンはその全てを斬り伏せていた。
場にそぐわない静寂が辺りを包む。バラバラと触手が地面へと落ちる。シオンは既に一つ目のリミッターを解除していた。シオンはこの状況に至っても、リンドウをこの場所から連れ帰る事を諦めていない。
堂々とした立ち姿でシオンは一歩を踏み出す。
「これじゃあ隊長失格だね・・・。」
リンドウが連れさられたあの瞬間、リンドウを見捨てる事が最善だっただろう。大災害で多くの命を奪った使徒の眷属を相手にたった一人の犠牲で逃げ延びる事が出来たのだから。
これでは悪戯に犠牲者を増やしただけだ。そういった意味では確かに隊長として相応しくなかったのかもしれない。
(ごめんなさい、リンドウ。)
シオンはリンドウを見つめた。リンドウからは強い感情の発露が見られた。
あの人形のようだったリンドウが今、他でもない誰かの為に声を上げている。このようなタイミングでなければ喜ばしい変化だっただろう。
彼女の言う隊長失格とは、隊員を危険な目に合わせてしまった事、この状況を避けられなかった事に対してのものなのだ。
シオンは最初から最後までワルキューレを消耗品だなんて考えた事は無かった。
「あ、グッ・・・。」
「シオン!!」
眷属の攻撃は止まらない。傷がシオンの身体に刻まれる。シオンが一歩進む度にまるで壁が迫って来るかのように触手が展開される。シオンは自身が進む為に必要な道を斬り開く。
今シオンが出せる火力では、この怪物を倒しきれない事は分かっていた。結局は再生してしまい、何度も見せられた焼き直しである。
一手、二手、三手、交戦が増えるたびにシオンの身体に傷が増えていく。けれど、決して目線は前を見続けている。
そして奥の手だけはいつ来るかも分からない瞬間の為に温存していた。
「リンドウ、いつか貴方にも本当にしたい事が見つかる日が来るはずだよ。」
二つ目のリミッターを解除した。しかし、その歩みはゆっくりとしたものだ。全てが眷属の猛攻による音によって掻き消されていく。
「貴方には好きなことを、好きなようにしてほしい。・・・それが、当たり前にできるように。」
本当に些細なありふれた願い。シオンはそれを願った。リンドウがどんな存在であっても、あの日廃墟から連れ帰ったのは帰る道を見失った迷子であった。
リンドウにただ好きなように生きてほしいと、もう一度好きな事を見つけられるようになってほしい。
(リンドウ、あなたの人生はまだこれからなんだよ。)
シオンが少しずつリンドウの元へと近づいていく。数えきれない程の死線を越えて一歩ずつ着実に。ただ、リンドウを助け出す為に。
どれだけ傷つこうとその瞳には力強さがあった。決して諦めないという強い意志があった。
全ての攻撃を迎撃する事は既に不可能だ。距離が近づく程に攻撃は苛烈さを極める。
シオンの歩みは遅い。それは全て力を温存しているからだ。最小限の動きだけで攻撃を逸らし、致命傷となる攻撃以外は無視している。
全ては最大火力を叩き込む為に。
一歩が遠い。
だけど、
「貴方が歩みを止めなくてもいいように。・・・だから、リンドウ、あなたをこんな所で死なせたりしない。」
貴方の元に行くのに、それは何の障害にもなりはしない。
小さな鈴の音が鳴った気がした。触手がシオンを擦り潰すべく殺到する。
「シオンッ!」
リンドウにはこの瞬間が酷くスローモーションの様に遅く見えた。それとも思考が加速しているのかは分からない。
リンドウは捕らえられている。指一本動かす事さえ難しい状況だ。何も出来る事は無い。ただシオンが傷ついている姿を見ている事しか出来ない。
(こんな結末、絶対に間違っている。)
シオンはきっと彼女が口にした通りの事をやり遂げるのだろう。どんな代価を払ってでも。 血だらけになりながら、その命を燃やしながら、それでもリンドウに手を伸ばそうとする。
(シオンが、こんな所で死んでいい筈がない。)
鈴の音が聞こえる。足りないのは勇気だ、勇気が足りない。
本当に助けたいのなら彼女のように行動するべきなのだ。ただ、前だけを見て。四肢に力を込める。身体はまるで動かない。
本当に?
いいや、絶対に違う。まだ手は残されていた。膨大なエーテルが体内で渦巻く。体内を循環していたエーテルが湧き出るように身体に纏わりつく。それは身体を拘束していた眷属を押し除け始める。
心臓が激しく鼓動を響かせる。荒れ狂うエーテルは自身の身体をも傷つける。リンドウは少しも気にしなかった。
シオンの言うやりたいことはもう決まっていた。
(・・・私の。)
「もう、これ以上、私の大切な人を奪わせない!!!」
「・・・ッ!?」
身体から溢れるエーテルの奔流は眷属の身体を削り取っていく。空間が弾け、エーテルがプラズマの様に駆け巡る。
エーテルは薄い膜の様に形作られていき、それは止まった。空中に消える様に霧散した。
あの日、エリカとの訓練の際に見せた文字通りの自爆技。その劣化版だ。
「ま、まだ・・・。もう、・・・一度。」
体表で纏うことも出来ずに暴発しただけ。ただ、リンドウの意地は結果的に眷属の拘束を緩める事に成功した。リンドウの身体が空中に放り出される。
それだけの無茶を成し得るのに代償は付きものであった。裂傷が至る所に刻まれ、エーテルも荒れ狂っている。次の一手を繰り出すのは難しい状況だ。気力だけでリンドウは意識を繋いでいた。
シオンがこの瞬間を見逃す筈がなかった。
「3rdリミッター解除。」
『音声認証クリア。ーーー3rdリミッター解除。
体内エーテル濃度上昇ーーー危険域に到達しました。
ーーー活動限界時間/残り3秒』
全てが静寂に包まれたかの様に、時間がまるで止まってしまったと錯覚する程だった。リンドウの行ったエーテルの利用法が破壊的な『動』であるなら、シオンのそれは対極に位置するだろう。
「いいえ、・・・一秒で十分だよ。これは即興曲だからね。」
シオンの姿が眷属の前へと現れる。伸ばされた触手は瞬きの間に紫電が駆け抜け、リンドウたちへと触れる前に細切れになった。
「リンドウ。」
今度こそシオンはリンドウを掴んだ。
「よく、頑張ったね。」




