第三話 令嬢勇者
「テメッ……ギルドじゃ私闘は御法度だぞ……!?」
突然の出来事に、男の仲間も含め冒険者たちが得物に手をかけた。ギルド内に剣呑な空気が満ちる。
男に掴まれたままのマントが一連のやり取りで剥ぎ取られ、女冒険者の姿が露になっていた。
女冒険者が身に纏うそれは下着鎧であった。
金属製の肘まで覆う手甲と膝までを保護する足甲を兼ねたブーツ以外は、女の要所を晒さぬよう最低限の守りしか無い。首元には紫色の宝玉が嵌め込まれた首輪が煌めいていた。
しかし、それ以上に目を引くのは女冒険者の下腹部に刻まれた、禍々しくも蠱惑的な紋様であった。
一触即発の殺伐とした空気を割ったのは、"暴勇"の勇者であった。
「そのくらいにしときな。俺ぁ一部始終を見てたが、今のは嫌がる嬢ちゃんに言い寄る、お前が悪い」
「なんだとぉ……っ!?」
男は"暴勇"の姿を見ると息を詰まらせる。"暴勇"から放たれる凶悪な威圧感にすっかり畏縮してしまっていた。
「そうですね、先に剣を抜いたのはこちらの女性ですが、原因を辿れば彼が悪いでしょう。職員さんも見ましたよね? どうします? 衛兵、呼びましょうか?」
"鬼謀"も助け船を出す。事情を知らぬ冒険者たちも続々と女冒険者に味方する空気になる。
「……へっ、テメェなんざこっちから願い下げだ! い、行くぞお前ら!」
居心地が悪くなった男は仲間を伴ってそそくさとギルドから出ていってしまった。
「その……助かりましたわ。では、わたくしはこれで……」
彼女は2人に頭を下げると、マント代わりのボロ布を拾おうとする。
「おい、ありゃ敗牝令嬢じゃねぇか?」
冒険者の1人が声を上げた。
それを聞いた彼女……女勇者のビクリとした反応がそのまま無言の回答となった。
「敗牝令嬢?」「ほら、高慢ちきなお貴族勇者様の一党が居ただろ?」「ああ、ゴブリン討伐に失敗したっていう……」「あれが噂の……」「あの烙印を見ろよ、呪い付きだぜ」「命惜しさにゴブリンに身体を売ったらしい」「プライドも無いのかよ」「しかも村人の前でガキ放り出したらしいぜ」「うわぁ……」「だからあんな格好してるのね」「よく生きてられるな」「本当に勇者かよ?」
先程まで彼女の味方をしていた者たちが、皆一斉に手の平を返したように心無い噂を囁き合う。
「ッ……!」
耐え兼ねた女勇者はマントを拾うと脱兎のように冒険者ギルドを飛び出していった。
「あっ、待ってください……!」
"白骸"は慌てて女勇者を追った。
幸いなことに、追走する"白骸"に気付いた女勇者が立ち止まってくれたためすぐに追い付いた。
「……あら、貴女は先程の……一体、何の用ですの? 貴女もわたくしを嘲笑いに来たのかしら?」
自嘲する女勇者に対し、"白骸"は首を横に振ると女勇者の手を取った。
「良かった……まだ冒険者を続けててくれたんですね……!」
「貴女、何を言って……?」
一拍置いて女勇者はハッとする。目の前の少女が誰か思い出したのだ。
「あ、ああ……貴女はあの時、わたくしを助けてくれた……!?」
「はい! 私、"白骸"の勇者です! 思い出してくれたんですね……! 貴女も、ご無事で良かった……!」
そう、かつて同盟がゴブリンジェネラルと大立ち回りを演じたあの古城にて、"白骸"らに助け出された捕虜の1人がこの女勇者だったという訳だ。
「おう、ここに居たか」
「やぁ、やっと追い付きました」
"暴勇"と"鬼謀"が合流する。"白骸"が2人に女勇者を紹介していると、女勇者が"暴勇"を見て小さく後ずさった。
「あ、貴方、何者ですの……? その剣は、一体……?」
「あぁん……?」
女勇者が首元を押さえる。よく見ると紫色の宝玉の嵌まった首輪が、ブルブルと震えているではないか。
「……何やら込み入った話しになりそうですね。立ち話も何ですので、続きは我々の拠点に移動してからにしましょう。……よろしいですね、令嬢勇者殿?」
──"鬼謀"の提案に従い、勇者たちは同盟の拠点に集っていた。
「その……改めて感謝いたしますわ。貴方たちは、わたくしの命の恩人です」
「いえいえそんな、頭を上げてください! ……ところで、先程"鬼謀"さんが言ってた令嬢勇者というのは……?」
「そちらの御仁は既にご存知のようですのね。ええ、その通り。わたくし、さる公爵家の生まれですの。……尤も、末席ですけれど」
「こ、公爵家のご令嬢!?」
公爵と言えば、王族に連なる大貴族である。末席とはいえ、そんな彼女に頭を下げさせてしまったのだから"白骸"が青ざめるのも無理はない。
「お気兼ねなく、今まで通り楽に接してくださいまし」
と、令嬢勇者は平伏する"白骸"を気遣った。
「その公爵家のお嬢さんが、何だってこんな辺境で冒険者やってんだ? 家に帰りゃいいじゃねぇか」
「……帰りたくとも、帰る場所はもうありませんの」
令嬢勇者は目を伏せた。"暴勇"はばつの悪そうな顔をする。
「ふむ……差し支え無ければですが、何があったか詳しく聞かせていただいても?」
「……わかりました。貴方たちになら、いいでしょう。少し長くなりますけど、お付き合いくださいまし」
そう言うと彼女は静かに語り始めた。




