第十話 悪魔殺し
「……とまぁ、こういうことです。村長やその村がどうなったか、ですか?『私が今語っているということ』……それが答えですよ。その後、馴染みの女僧侶が心を病んで辞め、魔法使いも抜け、一番長続きした斥候にも遂には愛想尽かされ……何度もメンバーを入れ替えながらやって来ましたが、最後は貴方もご存知の通りメンバー全員から三行半を突き付けられてしまいました。……いやはや、やはり私は頭目の器ではないようです」
"鬼謀"は話し終えると酒を呷った。
「……冒険者やってりゃ、そういうこともあるだろうよ」
"鬼謀"の空いたグラスに酒を注ぐ"暴勇"。
冒険者の仕事は、常に楽しいことばかりがある訳ではない。"鬼謀"のように仲間を喪ったり、理不尽な目に遇うことの方がよっぽど多いのが現実だ。
「……立派だぜ、お前は。やり方はちょいと勇者らしくはねぇけどな。それでもお前は、お前なりのやり方で仲間を守ろうとしたんだろ? それに関しては間違いなく立派だと思うがね」
「……お世辞でも嬉しいですよ」
思わぬ評価をされ"鬼謀"は小さく微笑んだ。
「『犠牲無くして勝利無し』……これは変わらない私の理念です。とはいえ、不要な犠牲は御免被ります……ましてや自己犠牲なんてね」
「だからってお前1人で抱え込むなよ? そりゃれっきとした自己犠牲だ」
"鬼謀"の矛盾を指摘しながら、"暴勇"は自身の空いたグラスに酒を注いだ。
「手痛い指摘ですな。とはいえ、頭脳労働が私の仕事ですので。これくらいは力を尽くさせて欲しいものですよ」
「ああ、いつも助かってるぜ。だが、間違っても1人で何でもやろうとすんなよ、お前の悪い癖だ。そうさな、たまには嬢ちゃんにも手伝ってもらえよ。作戦立案の良い訓練になるだろう?」
「はは、それは面白い。考えておきましょう」
それを聞いた"暴勇"は満足したかのように頷くと、グラスに残った酒を飲み干し立ち上がった。
「俺は先に寝るぜ"鬼謀"」
「ええ、おやすみなさい"暴勇"。寝坊しないでくださいよ?」
「お前もな、夜更かしはほどほどにしろよ?」
「はは、お気遣いどうも。ですがご心配無く、こう見えてショートスリーパーなんです、私」
「……俺たちがあいつらを引っ張ってやらねぇとな」
去り際、"暴勇"は小さく呟いた。
それを聞いた"鬼謀"も小さく応える。
「はい……我々も、学ぶことが尽きませんね」
この日、2人の勇者は決意を新たにした。同じ過ちを繰り返さない為に。
──翌朝。
「あ、いらっしゃいませ"暴勇"さん」
「よう、親父さんは居るかい?」
"暴勇"は獣人勇者を伴い街の武具店に来ていた。
"暴勇"の馴染みの店らしく、丁稚に呼ばれて奥の工房から店主が出てきた。
「おう"暴勇"、お前さんか。んん? この前連れてきた嬢ちゃんとは違うな。……娘か?」
「違うわ!!」
"暴勇"は即座に否定する。それに対し獣人勇者も訂正を加える。
「妻です!」
「違う違う! お前も余計なことを言うな! 弟子だ、弟子!」
「弟子ィ!? "暴勇"、お前が弟子を取るようになるとはなぁ!」
"暴勇"をよく知るこの好々爺は腹を抱えて笑った。
「俺のことは良いんだよ! ……こいつぁ辺境から出てきたばっかでな、装備を一式整えてやりてぇ。予算はこれくらいだ」
金貨の詰まった革袋を取り出す。中身を確認した店主は一変して職人の顔になった。
「ほほう……今着てるその革鎧、随分使い込んだな。大事に使うのは感心するが、お前さんも成長期だ。そろそろサイズが合わなくなってるんじゃないか? ふむ……右利きで、得物は剣……いや斧だな。右肩の擦れや鎧の傾きでわかる。いずれにせよ、こりゃ換え時だな」
店主は獣人勇者を上から下まで眺めると矢継ぎ早に捲し立てた。
「え、ええと……その通り、です」
獣人勇者は目の前の老爺に全てを見抜かれ圧倒される。
「ははは、この通り親父はこの街でも屈指の腕利きだ、信頼できる」
「一先ず予算内で良いもの見繕ってやるさ。こっちに来な」
店主は展示してある鎧をいくつか試着させると、"暴勇"も交えて意見を交わし合い、装備の方向性を決める。
何度も言うが、命を預けるものに一切妥協はしないのだ。
そして最終的に、硬革鎧の下に鎖帷子を着込むことに決めた。これならば籠手や脛当などを揃えても重くなり過ぎず、自慢の機動力を損なわずに済む。
副装備には"暴勇"の薦めで手斧を選んだ。"暴勇"ほどで無いにせよ、獣人特有の膂力で振るわれる手斧二刀流は控え目に言って脅威でしかない。
ここまでは揃えた。さて次は主武装だ。
良い斧は無いかと店内を物色していると、獣人勇者が1本の剣の前で立ち止まる。──何故かこの剣からかすかに"暴勇"の匂いがしたからだ。
「おいおい、まだ置いてたのかよ……」
壁にかけられた剣に気付くと"暴勇"は何やら面映ゆそうにした。
「お前なぁ……こんなんでも悪魔殺しだぞ? おいそれと捨てたり、鋳潰したりできるものじゃあねぇぞ……売れねぇのもそれはそれで困るがな」
「悪魔殺し? 師匠、一体これは……?」
「ああ、この剣はな、かつて俺が何とかって名前の悪魔を倒した時に使ってた奴だ」
"暴勇"が衝撃の事実を口にする。
「あ、悪魔を斬った剣……!? そ、それがどうしてこんなところに!?」
竜を屠った剣士とその剣は『竜殺し』と称され、冒険者として莫大な箔が付く。
同様に、悪魔を打ち倒した武器は『悪魔殺し』と呼ばれ、竜殺し程では無いにせよ多大な付加価値が付く。持ってるだけでも箔が付くことだろう。
にも関わらず、この"暴勇"は何の未練もなくこれを手放したというのだ。
「ああ、その理由はこいつだ」
"暴勇"が背負ってた剣を抜いて見せた。
刃毀れ一つ無い黒い刀身が禍々しく、見る者に威圧感を放っていた。
「こいつぁ、その悪魔を斬った際に戦利品で手に入れた剣だ。俺にはこいつ1本ありゃそれでいい。つーか、2本も大剣持ち歩く馬鹿がどこに居る?」
「よくそんな得体の知れねぇもん使ってられるな……」
店主は呆れ返り肩を竦めた。
"暴勇"の言葉に驚きつつも納得した獣人勇者は、壁に掛かった件の悪魔殺しの剣を手に取ってみた。
飾り気のない無骨な意匠だが、それが逆に実用性を物語っていて好印象だ。大柄な"暴勇"が扱うならば長剣として片手でも両手でも扱える絶妙な長さだが、小柄な獣人勇者にとっては大剣として充分通用する。
握って構えてみると、ズシリと重い。だが、これが不思議と手に馴染む。まるで何年も共に戦場を渡り歩いてきたかのような、吸い付くような握り心地だった。
「……これがいい。これがいいです!」
「あん? お前、斧はどうした?」
「斧でも大剣でも変わりません!これがいいんです!」
熱意に押される"暴勇"。それを見てまるで親子のようだと笑う店主。
「いいじゃねぇか、特別に負けとくぜ? どうせ元々お前さんのだしな」
「あー……まぁ、新品買うよりは安いけどよ……仕方ねぇな。扱い方を叩き込んでやるから覚悟しろよ?」
「はい! ありがとうございます、師匠!」
獣人勇者は千切れんばかりに尻尾を振った。




