337話
「なら、吐かせるまでだ。ハスカッ――」
「承知――」
トリリアム教会の行動原理は不明だ。
この世情でシンジケート間の抗争などやっている場合ではない。
だが、もし彼女たちが最大の脅威である統一政府と繋がっているのであれば。
機密を握っている可能性さえ考えられる。
少なくとも、魔法省はシロだ。
カラギどの情報交換の中で裏が取れている。
CEMという可能性もないわけではないが、その線は薄いとロウは考えていた。
「やれるもんならやってみてくださいよー……っと!」
ミラが武器を振り下ろせば、その周辺は凄まじい衝撃波に襲われる。
直撃せずともエーテルの奔流を浴びて無傷ではいられない。
当然、近付けば近付くほど威力は増す。
「ッ……面倒なことを」
かなりの出力で使用しているようだが底が見えない。
エネルギー切れを狙うにも、さすがにハスカの体が持たないだろう。
戦闘におけるダメージだけでなくTWLM使用の負担もかなりきているようだ。
徐々に動きが鈍っていく中で、ミラと拮抗していた実力差が開いてきているように見えた。
一方で、ロウは様子見に徹している。
常に銃を構え、機を窺うように。
ハスカは優れた武芸者だ。
黒鬼たちを同時に操れたなら、必ず攻撃の隙を作り出して仕留めていたことだろう。
彼女にとって、ミラの魔物を操る能力は相性が最悪だ。
その連携が不足している。
ならば、一瞬でもその穴を埋めることができるならば――。
「あーもう、ちょこまかと鬱陶しいですねえ」
致命傷を避けつつ、的確なタイミングで仕掛けてくるハスカ。
技量においては確実に彼女の方が格上だ。
ミラも高性能なESSアーマーを身に着けているが、そろそろエネルギー切れも近いと焦りを感じていた。
そんな感情の機微を、抗争で成り上がってきたロウが見逃すはずがない。
相手もまた消耗してきている。
「一気に仕留めるぞッ」
一言、作戦の詳細もなく指示を飛ばす。
引き金に指を添えているロウを見て、意に従うようにハスカが薙刀を構えた。
腰を大きく落とし、穂先に手を添えて。
これから"相手を貫く"のだと宣言するように、その一撃に全ての集中を向ける。
以降のことを考える必要はない。
精神を研ぎ澄ませるように瞑目する。
戦場においては命を投げ捨てるような行為だが、ハスカはロウの指示に従うのみ。
当然、それを黙って待つほどミラも愚かではないが、
「あーもう、鬱陶しいですねえっ!」
ロウの援護射撃が接近を許さない。
特級対魔武器の力があれば、本来ならこの程度の妨害は対処可能なはずだ。
それができない理由こそ、
「これ以上は自傷も不可能というわけだ」
「っ――!」
身に着けているESSアーマーの限界が来てしまっている。
破格の性能を持つ特級対魔武器を、こうも滅茶苦茶な使い方をするには仕掛けが必要だった。
特級−星球式鎚矛『冥帝』――兵器としての殺傷力は極めて高い代物だ。
だが、本来であれば出力をもっと抑える必要があった。
衝撃波は乱雑な使い方をした結果であって、本来想定されていた用途はもっと技巧的なはずだ。
そのために、わざわざ高性能なESSアーマーを用意していたのだ。
「我が主が見出した勝機――」
完全なる静寂。
抗争で騒がしいはずのゾーリア商業区の中で、不要な情報の全てを断ち切っている。
黒く塗り潰された世界の中で、自分とミラだけが存在している。
精神集中。
この儀式を阻む者はいない。
「一意専心――凌いでみせなさい」
それが可能なら、と。
ゆっくりと瞼を持ち上げ――ハスカの姿が掻き消える。
「ッ――!?」
直後、凄まじい轟音が鳴り響く。
耳が痛くなるほどの痛み――それは聴覚が一時的に失われてしまうほどで、さらに吹き荒れるエーテルが視界を奪う。
だが、ロウは確信していた。
この一撃は届いたのだと。
きっと我らが首領も喜ぶことだろう、と。
そんな期待を裏切るように、
「いやあ、さすがに今のはあぶねーですねえ」
気怠げな声が聞こえてきた。
続いて、呻くような声と水音。
「ロウ、様……ッ」
ハスカは自らの不覚を悔いる。
最大の一撃を、ミラは"能力を使って"凌いでみせたのだ。
地面から突如として現れた硬質な壁。
あるいは、魔物の表皮だろうか。
全容は見えないが、巨大な何かが地面から突き出してきた。
それが攻撃を阻むと同時に、ハスカの背に二本の刃が突き立てられる。
否、ギチギチと耳障りな音が聞こえる。
これは何かの生き物に喰らいつかれているのだろうか。
いずれにしても、ハスカは力を使い果たしている。
深刻な魔力欠乏に陥ってしまっては、武芸者としての技量も発揮できない。
「ハスカッ――」
あり得ない、とロウが心中で吐く。
ミラが魔物を使役することは当然ながら想定していた。
魔物を介入させることも警戒して、それでも防ぎきれないほどの一撃を放ったはずだった。
戦慄級の魔女でもそう簡単に防げるようなものではない。
だが、刃は地面から現れた魔物――表皮が変異した巨大なムカデを穿ち、ミラの目先数センチのところで止まっている。
その隙を突くように、顎が金属質に変異した巨大な蜘蛛がハスカを仕留めに掛かった。
その結果を見て、ミラは満足げに口から煙を吐き出す。
「もう少しラクするつもりだったんですけどねえ。案外しぶとかったですね」
勝者には余裕があった。
ESSアーマーは今の一撃によってエネルギー切れを起こしているが、ミラ自身は今から魔力を使い始める状況だ。
特級対魔武器も多少のダメージを覚悟すれば使えないわけではない。
「あ、私はサディストじゃないですからね」
ミラが言うと同時に、魔物の牙がさらにハスカの背に食い込む。
このまま仕留めようとしているらしい。
しかし、ロウはそれを止めることができない。
気付けば魔物に取り囲まれ、自身も窮地に陥ってしまっている。
「加虐趣味はねーですから、ここらでサクッと死んじゃいましょうよ」
それが、唯一与えられる救済なのだと。
今更になって聖職者らしい言葉を雑に吐き掛ける。




