1週間後 後編
ひとまず今回はここまでになります。
続きは、また暫く…
旧冒険者ギルドの時代から、依頼主と冒険者を繋ぐ窓口として利用され続けてきたギルド受付所。冒険者ギルドが義勇兵団に変わってからは、設備規模の拡大に伴い二つに分けられた。
一つは『依頼主用』の受付所で、商人達や一部の貴族から直接依頼を受け付けている。その場で義勇兵団の運営に関わる商談や交渉などが行われることもある為、設備は常に清潔感を保ち、照明器具を始めとする最新の魔導式製品が数多く揃えられており、人員は礼儀作法を完全習得したエリートが集められ、いつ如何なる時も『お客様は神様精神』で依頼主様をおもてなしするのだ。尚、多数の利用者から『何度かホテルと間違えた』と言う御意見が寄せられているのだが、今のところ義勇兵団に改善する意思は無い。
その一方、そんな依頼主用の受付所と対を成すもう一つ、『義勇兵用』の受付所だが、こちらは前者とはあらゆる面で真逆だ。依頼主用の受付所で受託した依頼を受け取り、義勇兵達にその紹介と仲介、その他諸々の手続きを行うのが主な役目なのだが、依頼主用の受付所と違って相手をするのは外からの客ではなく、同じ義勇兵団…つまりは身内同士なので、割と気楽な空気に包まれている。設備も依頼主用ほど金は掛けられていないが冷暖房は完備されているし、携帯食や便利アイテム専門の売店も併設されている。それに古き良き時代の冒険者ギルドを彷彿とさせる酒場風のデザインは、今でも義勇兵達からも人気がある。現在は諸事情により、受付所での飲酒及び酒類の提供は禁止されているが、雰囲気だけでも充分に酔えそうだ。
「いやはや流石は期待の即戦組、見事な御活躍です。奴らには商人だけでなく、我々義勇兵団も幾度となく煮え湯を飲まされてきましたからね。何人か取り逃がしたとは言え、被害を未然に防げたのは大変喜ばしいことです!!」
時刻は夕方、その義勇兵用の受付所にて、うるさいぐらい声を張り上げる中年男性が1名。紳士服をベースに仕立て上げられた、義勇兵団一般職員用の制服を身に纏う彼の名は『ビリー・ケイブ』。義勇兵用受付所の係員の一人であり、この道10年のベテラン職員だ。ありがたい助言から余計な一言までペラペラと喋りかけてくるため、義勇兵達からは『お節介ビリー』とも呼ばれている。
そんな彼から称賛の言葉を送られるも、その声量と周りからの注目の集まりっぷりに居心地の悪さを感じ、アリシアとクロノは揃って顔を顰めさせていた。2人の後に控えるリックとベン、そしてエリーゼの3人も似たような表情を浮かべている。
「これで『サイモン一味』の奴らも、暫くは警戒して大人しくしていることでしょう!!」
「サーモン七味?」
「サイモン一味な。ベン、まだ腹空いてるのか?」
あの後、半殺しにした賊達をクロガーの捕獲にも使ったロープで拘束して、アリシア達は慌てて坂を降りてきたリック達に手伝って貰いながら、連中を義勇兵団本部まで文字通り引っ張ってきた。
到着後、保安隊に引き渡し、襲われていた馬車も無事であることを伝えられた。それで取り敢えず一件落着とし、元々の依頼の達成報告と手続きを済ませにここへ来たのだが、このお節介ビリーの受付に来てしまったのが運の尽き。どこから聞いてきたのか、アリシア達が賊を…『サイモン一味』を撃退したことを彼は大声で、延々と誉め称え始め、そして今に至る。
ビリーの大声と、集まる視線と、増える聞き耳の数に五人とも既にうんざりし始めていたが、周りのこの反応は仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。なにせこのサイモン一味に対し、義勇兵団は現在進行形で頭を悩ませているのだ。
「元々は他の地方を荒らし回っていた盗賊団で、去年ぐらいに北方へ流れ着いたようなのですが、今やフロリア地方に蔓延る賊の元締め。奴らはこのフロリア地方において、魔物以上に人を襲う、魔物以下の畜生共です…!!」
義勇兵団が発足してフロリア地方の開拓事業が本格化し、商人達が集まるようになって以来、彼らを狙って賊や犯罪者の類も地方から集まってきた。サイモン一味もそんな連中の一つだったが、奴らは他の同業者よりも非常に厄介だった。
フロリア地方にやって来た当初は、二十人程度の規模だったサイモン一味。しかし手練れ揃いだった彼らは、その腕っぷしと凶悪さで他の盗賊団を次々と屈服させ、傘下に治めていった。今やフロリア地方で活動する賊の大半はサイモン一味の配下にあり、構成員の数は百人を超えるとも言われている。
純粋な戦力なら義勇兵団の方が圧倒的に上だが、当然ながらそれは向こうも承知のこと。決して正面から義勇兵団と戦おうとはせず、滅多に尻尾を出さない。その癖して、こちらの警戒と監視の目を嘲笑うように掻い潜り、守るべき商人達の財産を、時には命ごと奪っていった。
無論、義勇兵団も連中の討伐を何度か試みたものの、悉く失敗に終わり、対処の目処がろくに立たぬまま、今日に至っている。
「取り敢えず捕縛及び討伐依頼は常に出ていますんで、気が向いたらお願いしますね!!」
◆
「二人はどうするんだ?」
「少し早いけど、依頼も一段落したことだし、今日はもう切り上げるよ。そっちは?」
「俺達も帰る、今日はもう疲れた」
『それじゃ、また』、そう言ってリック達3人はその場から去っていった。残ったアリシアとクロノの2人も、いつまでも受付所に長居するつもりは無い。しかし、その前に…
「クロノ」
「言うと思った」
アリシアに応じるように、クロノがそこそこの大きさを持つ1枚の紙を取り出して彼女に渡す。手渡されたそれを広げれば、至るところにマーキングと様々な数字の羅列が書き加えられた、フロリア地方の安全領域と危険領域の詳細な地図がそこにあった。
「今日までに集まったサイモン一味の目撃証言と噂を地図に纏めといた」
「上出来よ」
マーキングはサイモン一味が現れたことのある場所、数字は目撃された人数や日時、その他に被害者や目撃者の名前、当時の被害内容などの諸々が事細かく書き記されている。
この1週間、サイモン一味の噂を耳にしたクロノが来たるべき日に備えて、依頼をこなす傍らコツコツと情報を集め、この地図に纏めていたのだ。
そして来るべき時とは勿論、サイモン一味を潰す時である。件の賊共が北方にいると耳にした時から、二人にとってそれは決定事項だった。
「……いや、流石に今日は無理ね。ここはもう、私達の庭じゃないし…」
しかし、アリシアは一度深い溜め息を…いや、落ち着きを取り戻すために深呼吸をすると、首を横に振って地図を畳みクロノに返した。
本音を言えば今すぐに行きたいし、クロノが作った地図を元に捜せば連中の根城を見つけることだって不可能では無い筈。だが既に日は沈みかけ、じきに夜になる。北方の天候も加わって視界は一気に悪くなり、夜行性の魔物達が闊歩するため、夜のフロリア地方は非常に危険なのだ。
更に、アリシア達がこの地に来てからひと月も経っていないのに対し、連中は一年以上はここで活動しているのだ、地の理は向こうにある。
依頼帰りで少なからず疲弊したこの身には、流石にリスクが高過ぎる。
「明日、予定通り新しい銃を仕入れて、試し撃ち兼ねて適当な依頼を受つつ、この地図を元にサイモン一味の手掛かりを探しましょう」
「あぁ、それが良いと思う」
そう言って踵を返し、その場を立ち去るアリシア。その後姿に付き従うように、クロノもその場を離れていく。しかし、その途中でアリシアは一度だけ足を止め、後ろを振り返った。
「これで最後にして欲しいわ、本当に…」
様々な感情が籠められた、睨み付けるような彼女の視線。その先、依頼掲示板のど真ん中に貼られたサイモン一味討伐の依頼書が風でゆらゆらと、こちらをおちょくるように揺れていた。
◆
「それにしても盗賊団か。先代国王の政策で絶滅危惧種になったとか聞いてたけど、まだ居るんだな」
「ベン、一応言っとくけど、討伐依頼は受けないからな?」
「分かってるよ。俺だって幾ら相手が悪党だとしても、人と殺し合う勇気も覚悟も無ぇよ。エリーゼ、行くぞ……っておい、エリーゼ…?」
「どうした、サイモン一味の手配書なんてガン見して?」
「……ううん、なんでもない…」
〇サイモン一味
とある貴族領を活動拠点とし、方々を荒らし回った大盗賊団。全盛期には構成員100名を誇り、その倍以上の民が彼らの犠牲になった。時には命を奪われ、時には財を奪われ、これまでの生活を奪われ、出稼ぎや身売りをする羽目になった者の数は計り知れない。
本来、現王国の治安政策により盗賊団がそこまでの勢力を得ることは不可能に近く、仮にそうなったとしても即座に軍隊が派遣され討伐される筈なのだが、彼らの拠点としていた貴族領の領主は無関心を貫き、その側近はむしろ彼らを利用していた…