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雰囲気イケメンの定義とは  作者: 桃月 成美
2/2

2話

久々の更新です。よろしくお願いします。


 ハッと目が覚めた。

 

 少しだけ開いたカーテンの隙間から見えるのは青っぽい闇で、まだ空が白み始めていないことを知る。まわりを見れば自分の部屋ではなく、雰囲気からしてたぶんホテルだ。

 

 なんか、昨日の記憶が曖昧だ。

 同窓会の後、わたしはいったいどうしたのだろう。


 スッと手を動かすと、何かにぶつかった。ぎょっとして固まる。

 恐る恐る触ると、それは腕っぽい形で、固くて……とりあえずがっしりしている。……男の腕だ。


 なんとなく抱いていた疑念が確信に変わった。

 なんてことだ。あれは夢じゃなかった。信じられないこの現実に頭を抱えたい。


 腹に絡みついている腕をどかして、慌てて起き上がってみれば、言わずもがな自分は全裸で何も身につけていない。あの腕の持ち主は、予想していた通り、かつてのクラスメイトだった。


 顔から血の気が引いていくのがわかる。

 本当に、なんてことをしてしまったのだろう。恋人と別れてすぐに、昔好きだった男を押し倒して誘惑して、寝てしまうなんて。


 なんつーあばずれ……。


 わたしはベッドから飛び出すと急いで身だしなみを整えて、紙とペンをバッグから出した。彼が目覚める前に急いで姿を消したい。とりあえず早くここから逃走したい。求められたら土下座でも何でもしてやる、慰謝料も払ってやる、と悲痛な決意をみなぎらせてわたしはペンを走らせた。




 ***




 「あれ、なんかすっごく疲れた顔してるね。一気に十歳老けたって聞いても信じられるわ」

 「真梨子まりこ……」


 傷心の友人に対しても、まったくもって容赦がない。

 ショートボブの黒髪を耳にかけて、ケーキを食べている女性は、わたしの専門学校時代からの友人の一人である。誰もが振り向く美人ではないが、洗練された空気を持つサバサバした性格で、非常に付き合いやすい。学生の時は、韓国のアイドル好きで意気投合したこともある。


 「まあ、あんな男をいつまでも引きずられても鬱陶しいけど。今のほうがマシね。疲れてるけど、ちょっと……なんて言うか、恋してる?」

 「え?は?それはさすがに、ないわ」

 「そう?同窓会があったって聞いたわよ。昔のクラスメイトが、意外とかっこよくなっちゃって、勢いで……とか。あったんじゃない?」

 「―――っ!?」


 す、するどい。

 あまりの鋭さに、危うくカフェオレが逆流するところだった。

 

 「ない、ないないないない」

 「怪しいわね。やけに否定するじゃない」

  

 真梨子のジト目を見ないように、そっと目をそらす。

 デリケートな話なのだ。自分でも整理がついていないことは、人に悟られたくない。


 「言いたくないのなら、無理に聞かない。でも、行き詰まったら、ちゃんと相談するのよ。いくらでも聞いてあげるから!」

 「ありがとう、真梨子。そういうところ、変わらず好きよ」

 「なに、やめてよ。照れる照れる」

 「あはは」


 真梨子と他愛もない話をしながら、ふと思う。

 彼との再会は、思いがけず封印していた想いをさらけ出すことになった。だが、連絡先も何も伝えていないし、あれで終わるはずだ。彼のほうも勢いにまかせて、というだけだろう。

 大丈夫、と自分に言い聞かせながら、胸のはるか奥で何かが軋んでいるのを、知らないふりをした。


 


 何が、大丈夫なんだ?


 私は数時間前の楽観的な自分を呪った。それはもう、全力で。

 しかし時すでに遅し、というのか。あの夜と反対のことが起きていた。


 「な、なんでしょう」

 

 にこり、と彼は微笑んだ。それはそれは、不敵な笑みで。


 「あれ、ずいぶん大人しいね。あの夜とは大違いだ……」

 「な、なっ」

 

 耳元で囁くように吐息を吹きかけられて、顔に血がのぼるのが自分でもわかる。しかも、ここは会社のど真ん前だ。人がたくさん往来する中で急接近され、私は非常に焦っていた。小さな声とはいえ、誰に聞かれるかわからない。


 「場所を、変えて話しませんか?」

 「いいよ。君がそう望むのなら」


 腰に回された手が、軽く尻を撫でたのは絶対に気のせいではない。

 なんでこんな辱めを受けなければいけないのか、と涙目になっていた私は気づかなかった。私を見つめていた彼の瞳が、まるで獲物を定めた猛禽類のように底光りしていたことを。


 

 


 「や、焼肉!」


 そのまま彼に誘導されて向かった先は、都内の有名な焼肉店。何度もテレビで紹介されたことのあるこのお店は、完全予約制で―――……あれ?予約制?

 お待ちしておりました、と店員さんの声を聞きながら、横の男を見上げる。おかしいな、電話をしていた仕草は見ていないんだけど。まさか。

 にこり、と再び微笑まれた。用意周到すぎて怖い。初めから私を逃がすつもりなんて、なかったのだ。しかも私の好みをきちんと把握している。なぜだろう、同窓会の時も学生時代も、この男に焼肉が好きだと言った記憶はない。もしや、焼肉が好きそうな顔をしている……?


 「焼肉が好きそうな顔って、なに」

 「へ?あ、いや」


 ははっと、目の前で笑う彼に、思考が口から漏れていたことも忘れて、私は釘付けになった。初めて目の当たりにする、ごく自然な笑顔だ。くしゃっと笑い皺が広がって、思わず学生時代を思い出す。

 

 席に座って、メニューを広げようと手を伸ばしたが、彼は笑いながら私の手を掴んだ。


 「食べ放題にしておいたから。何でも好きに食べて」

 「えっ!本当?やった、瀬田くんありがとう!」

 「―――真拓まひろ

 「え?」

 「まひろって呼んでほしい」


 名前呼びの強要ですか。いやいや、再会してまだ一週間も経ってないし、それはちょっと距離が接近してしまう気が。

 目を泳がす私に、瞳を尖らせた男が容赦なく迫る。


 「何をためらう?あの夜は、あんなに情熱的に、何度も僕の名前を呼んでくれたじゃないか」

 

 しなやかな指が、スーと手首を撫でる。

 それだけで震えてしまう私は、きっともう、囚われている。


 「ああ、残念。食事が来てしまった」


 名残惜しそうに私の手首を離した男は、何事もなかったかのように肉に箸を伸ばしている。自分だけ翻弄されているのが無性に悔しくて、私も高級そうな肉を箸でつかむ。どうせ今日は、目の前の男のおごりだ。破産するほど食べてやる、と謎極まりない決意を胸に、私は手当たり次第注文する。なんと太っ腹なことに、飲み放題も付いていた。

 

 これこそが罠だということに、もちろん私は気づかない。


 しかもその日ははなの金曜日。

 途中で記憶がなくなるほど飲んで酔っ払った私は、記憶を飛ばし。


 

 次の日、目覚めたのはまったく知らない部屋。

 腹に絡みついているのは、まぎれもない誰かの腕で。


 私は唸った。


 ――――なにこれ、デジャヴ。




お読みいただきありがとうございました!

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