はじまりは、本当に過酷な旅だった
あの人が。
あの人が、恋に落ちる瞬間を見た。
あの時から、離れなければならない日が来る事なんか分かってたんだよ、ホントは。
ぶっちゃけパーティーを離脱する覚悟だって有り余るくらい出来てた。
……でもね。
まさかあたしごときが攫われるとは思わないじゃない?
こんな離脱の仕方するなんて、ホント人生って皮肉だわ。
あの人……リッツは、孤児だったけど、子供の頃からずば抜けて強くて、賢くて、イケメンで。
正義感にも行動力にも溢れたリッツが、長じて『勇者』になったのなんか、ある意味必然だったと思うわけよ。対して、そのリッツが辺境の小さな街から旅立つ時にあたしも一緒に連れてったのはささいな偶然が積み重なった結果かな。
そもそもリッツに街を出ないかって誘われたのは、思い起こせば5年くらい前で、あたしもリッツもまだ10歳をいくつか出たくらいの時だったと思う。孤児だから、正確な年なんかお互い分からないのは仕方ない。
二人とも孤児院育ちで止める大人はいなかったし、街は旱魃続きで食扶持を減らすのに躍起になってたもんだから、あたしとリッツが出て行くのなんてむしろ嬉しいくらいだったんじゃないかな。
リッツが街から出る時にあたしに声をかけたのは、多分兄弟みたいに育って気兼ねしなくていいからってのもあるだろうし、あたしが珍しい聖属性の保持者でちょっとしたケガなら治せるくらいの魔法が使えたからだろう。
あたしも飢えで日々殺伐としてくる街にぶっちゃけ嫌気がさしていた。孤児院に配分される食糧なんて雀の涙。あたしよりも小さい子達が、動くのも億劫そうにするくらい飢えてる姿を見るのはもう限界だったんだ。
あたしとリッツがいなければ、その分があの子達の口に入る。断る理由なんかなかったし、それに……リッツがあたしに声をかけてくれたのが素直に嬉しくもあった。だってその頃には本当にほのかにだけど、あたし、リッツが好きだったから。
もちろんの事だけど、旅は簡単な道のりじゃなくって。
元々豊かな土地じゃない上に、旱魃の影響で川は干上がって、街の近くには生き物の気配すらなかった。干上がった川に沿って歩いて、歩いて……街で汲んで来た僅かばかりの水なんて最初の日で尽きた。2日めは言葉すら出なくって、ただ黙々と歩いた。3日め、ようやく水たまりを見つけた。川の底だったんだろうその水たまりは濁りきっていて、平時なら飲もうとも思わなかったと思うよ。
でも、あたしもリッツもカラカラに乾ききってて既に限界なんか越えてたし、なによりあたしはヤバい水を綺麗に出来る『浄化』の魔法が使えた。
いやホント、この時ほど聖魔法の『浄化』がありがたいと思った事はない。
泣きながら清められた水を口にして、やっと命が長らえた実感が込み上がってくる。
小さな、小さな、呟くような声で、初めてリッツは「ごめん」とあたしに謝った。
水が飲めないってだけで、本当に人間なんて簡単に死にそうになるんだな、なんて事を考えてたあたしと違って、リッツは無言で歩いてる間中、あたしを旅に誘ったことをずっと後悔していたのかも知れない。
俯いて、表情が分からないリッツ。あたしは無言でまたひと掬いの水を浄化した。
その水場に、2日いた。
浄化しては水を飲み、水を求めて僅かに集まる生き物を狩って飢えを凌いだ。2日間で狩った獲物なんて3匹だけだったけど、それでもとりあえずお腹は膨れたし保存食まで作れたし、鞣した皮で新しい水筒も作った。あたし達はそうして街を出た時よりも生きるための装備をちょっと増やしては、次の水場へ向かう。
思えば、街を出てから干上がった川を辿って港町に着くまでが、一番苦しかったよね。
もしかして、あたしの役目ってそこまでだったんじゃないだろうか。
その後冒険者として沢山の街を巡り、徐々に名も上がってきて、リッツの人柄や腕っぷしに惹かれた人が行動を共にするようになってきて。魔物の襲撃を受けたと聞いて訪れた王都に着いた頃には、アーチャーと盗賊が、そして王都で魔物を退けた功労者として『勇者』の称号を得てからは、魔王討伐の任と供に、騎士と傭兵、魔導師が加わる事になった。
新たに加わるそのお三方はどの人も、当代一と言われる逸材なんですって。あまりに豪勢な顔ぶれに、若干あたしが引いてしまったのはしょうがないと思うんだ。
だって、あたしはさほど強い力なんかない、普通の町娘で。
戦闘の時は目立たないところでひたすら身を守ってて、戦闘後に漸く、回復したり解毒したりするだけの、完全なる補助役。リッツはそりゃイケメンだし鬼神みたいに強いから、あのキラキラしい集団と一緒にいても見劣りしないけど、あたしは違う。
そんな劣等感から、王宮で催された魔王討伐のための出陣式では、少しリッツ達とは離れた壁際で、おとなしくおいしいお菓子をはみはみしてたんだよね。
王様が高らかに魔王討伐の任を告げて、王女様がリッツに路銀と魔装備を渡そうと姿を現した時だった。
リッツが。
目を見開いて王女様にあからさまに見惚れた後、急に真っ赤になって俯いた。
なにあれ、あんな顔、初めて見た……。
「うーわー、ありゃ惚れたな」
後ろから、からかうみたいな声が降ってくる。
振り返れば、アーチャーのエルンストと盗賊のニルスが、ニヤニヤ顔全開で立っていた。二人ともちゃっかり皿を山盛りにしてるあたりが全くもって憎めない。旅の途中で知り合った彼らは、今や気の置けない頼もしい仲間になっていた。
「不毛だな、姫様に惚れても未来がない」
「そうでもねえぜ」
エルンストが言えば、ニルスが即座に反論する。
「リッツは勇者だぜ、魔王を倒しゃ、王女様でも願えるんじゃね」
気が遠くなった。




