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  作者: kikuna
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①痩せても枯れても女は女

蓮歌おばあちゃんは65歳。恋する心を忘れていません。

手を握るのも恥ずかしい時代に生まれた蓮歌おばあちゃんの身の回わりは、時代に合わせ、にわかに騒がしくなった恋模様。

 どちらかと言うと、悲恋話に偏ってしまいましたが仕方がありません。蓮歌おばあちゃんの人柄を頼って、集まって来た恋の話です。


 激動の時代もようやく終わり、人の寿命も50までと言われていた遠い昔、こんなに年寄りが溢れかえると、誰が思っていたでしょう。

 どこに行っても、老人で埋め尽くされております。

 わたくし、岩崎蓮歌いわさきれんかとしては、大変喜ばしい事態で、平和をつくづく実感しておりますのよ。

 それとこの名前、大変よろしいでしょう?

 この名前を呼ばれるたびにわたくしは、優越感に浸れるのでございます。

 あなたも想像してごらんなさい。

 「岩崎、岩崎、蓮歌さん」

 そう病院の待合室などで呼ばれますとね、えって思われるんですよ。どんな人だろうって。どこかの財閥の娘さんか、はたまた女優さんでもいるのかしらってね。そこでおずおずと私が出て行きますの。

 なんだーと残念がる男性や、えって顔をされる方を見ますと、わたくし、ワクワクしますの。

 あら、こんなことを申しますと、誤解される方もいらっしゃるわね。

 昔のわたくしが、今の姿を見たらきっと卒倒して、すぐにでもあの世行きになっていたかもしれませんわね。

 それは大袈裟過ぎかもしれませんが、こんなわたくしにも多少は、そんな恥じらいはあったものです。それが今、隣り合わせたご婦人も、目の前で欠伸している青年も、大泣きしている赤ん坊さえ、古くからの知り合いのように感じてしまって、ついつい、声を掛けてします。

 大概の方は、まぁ当然と言っては当然ですわね。知らないお婆さんに話しかけられたって、困りますわよね。苦笑いで答えて下さる方もいらっしゃるかと思えば、まるっきり無視をされてしまうことがありますけど、それでもいいのでございます。その人のお人柄が見えたりしましてね、それはそれで楽しいものでございます。

 家族は嫌がりますけどね。老い先短い老人のすること、多少は大目に見てくださいな。

 髪はすっかり白くなってしまい、黒くするのもなんですから、この際思い切って、紫色に染めてみましたの。孫娘が、目をまん丸くして、おばあちゃんやるわねと褒めてくれたのをいいことに、服も少し明るめの物を買い揃えたのですが、それはいただけなかったようでございます。息子にこっぴどく叱られてしまいました。

 頭の固い息子です。まったく誰に似てしまったのでしょう。

 ヨッコラショッ。

 気持ちは若くしていても、やはり年齢には勝てません。立ち上がるのも一苦労でございます。

 いくら元気だけが取り柄でも、もう65歳の身。あちらこちらにガタが来てしまってもおかしくない身の上でございます。大半の時間を病院通いに費やす毎日。それはそれは、パートに出かけるよりも大忙しです。

 早朝より病院巡りでございます。

 内科は当然。眼医者に耳鼻科、整骨院にと、それだけでも目が回りそうなのに、その上お友達のお見舞いで、近郊の総合病院やら大学病院やらに出かなければなりません。躰がいくつあっても足りやしません。

 今日も、古くからの友人、雪乃さんの容体が芳しくないと聞かされ、行くところなんですのよ。


 痛む膝をかばいながら歩いていると、向こうから誰か歩て来たようでございます。

 皆藤重吉かいどうしげきちさんです。俳句の会のお仲間の一人で、いつもは重吉さんって呼んでおりますの。その重吉さん、フレンチブルドックの寛太君と一緒にお散歩をしているようでございます。向こうから、にこやかに手を振ってくれています。わたくしは軽く会釈して、お散歩ですかと声を掛けます。

 「ええ。今日は少し遅くなってしまいました。岩崎さんはどちらかにお出かけですか?」

 「ええ。隣町の大学病院まで」

 「どちらかがお悪いですか?」

 「ちょっと、お友達がね」

 うきうきしていた気持ちが、シュルシュルとしぼんで行きます。そんなわたくしの様子を見た重吉さん、こういう空を見てますと、一句読みたくなりますなって、空を見上げます。

 そうですねと頷くわたくしの足元を、チョロチョロと動き回って居る寛太君を抱き上げた重吉さんが、そこまでご一緒しましょうとにっこりされて、つい顔が綻んでしまいます。


 身長は、どれくらいでしょうか? お歳のわりには高く、いつも首にスカーフを巻いたりして、とてもおしゃれな方です。口ひげは白くなってしまっていますが、きっとお若い頃は相当モテたのではないでしょうか。

 ここだけの話ですが、わたくし、重吉さんをお慕い申しておりますの。


 もう駅が見えて来てしまいました。

 

 お気をつけてと重吉さん、寛太君を地面に降ろし一緒に信号待ちです。

 青に変わり、じゃあと軽く手を振った重吉さんが、来た道を戻って行きます。

 わざわざわたくしのために、遠回りをしてくれたのです。

 どうしましょう。久しくなかった胸の高鳴りが、隣を歩く重吉さんに聞こえてしまうんじゃないかと、そればかりが気が気で、ほとんど会話の内容を覚えていませんの。

 名残惜しくって、もう一度振り返ります。

 重吉さんの姿はもうありません。何を、期待してしまっていたのでしょう。どうしようもないわたくしでございます。

 仕方がありません。わたくしだって女です。恋心をなくしてしまったわけじゃありませんもの。

 恋心は、乙女だけのものじゃありませんわ。全女性をきれいにする魔法。わたくしはそう考えていますの。




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