アイドル記者⑦
平田に指定されたのは、喫茶店とバーが一緒になったような、おしゃれな雰囲気の店だった。取材で時間も遅くなっていて、カウンターには数人の客がバーテンダーと談笑していた。テーブル席もそれなりに埋まっており、人気店であることがうかがえる。
「早瀬さん!」
店の奥の方で、平田がこちらに手を振っていた。数人からの鬱陶しがるような視線を感じる。
(平田さんが大きな声を出すから)
カケルは会釈をしながら、平田のもとに向かう。
「急なお誘いだったのにすみません」
「いえ」
席に座ると、平田がメニューを開き、
「適当に頼んじゃいますね。飲み物は何がいいですか」
「炭酸水で」
「健康的ですね。後は適当に頼んじゃいます」
平田が店員を呼んでいくつか注文する。こういったことは慣れているのか、手際よく済ませる。
「平田さん、無事だったんですね」
「無事?」
平田はきょとんとした顔になる。
「だって……」
その時、折悪く食事と飲み物が運ばれてきて中断される。注文したものが揃うと、平田はグラスを持ちあげて、
「じゃあ、とりあえず乾杯しましょうか」
「は、はい」
ノンアルコールではあるが、二人でグラスを合わせる。
一口飲むと、今度は平田の方が口を開いた。
「きらりちゃんの新曲すごくよかったですよね」
「……ええ、そうですね」
「ですよね!」
カケルの答えに、平田の表情がほころぶ。それは、初めて会った時と同じものだった。
「前も行ったように、きらりちゃんの凄い所は、ライブと報道を一緒にしたところ。彼女の書いている歌詞には、たくさんの裏の情報が詰め込まれているんです。あ、もちろん歌詞を書いているのはきらりちゃん本人ですよ」
「は、はあ」
勢いよく話されて、カケルは相槌を打つしかできない。
「それに、何といっても、きらりちゃんのいい所は、ビジュですよね。リアルな人間であんなにツインテールが合う人なんて他にいないですよ。衣装もザ・アイドルって感じの王道で、それでいて個性がある。仮にたくさんのアイドルでみんな同じ衣装を着てたとしても、きらりちゃんだけはすぐに見つけられます!」
平田はえへんと胸を張る。
「それに、すっごく努力家なんですよ。ファン限定の練習風景の映像特典があるんですけど、最初の方は踊りだって上手くなかったし、歌詞だってあんまりピンとくるものがなかった。でも、猛練習を重ねて、今では素晴らしいパフォーマンスを披露できるほどに成長した。その時から、不死身のアイドルって言われるようになったんですよ」
「不死身というのは?」
脈絡のない単語に思わず聞き返す。
平田は、眼を見開いた後、申し訳なさそうな顔になった。
「ああ、すみません、何のことかわかりませんよね。実はきらりちゃんは、一度活動を休止してるんです」
「そうなんですか」
本筋からどんどんずれているのを感じながらも、初めて出る情報に興味が沸いた。
「活動休止の理由は?」
「体調不良だそうです。その時は全国ツアーの真っ最中で、それまでも連日テレビに出たり、ファンイベントをやったり、すごく忙しそうでした。休止の発表を聞いて、目の前が真っ暗になりました。きらりちゃんは僕の生きがいでしたから。途方もない悲しみを感じて、何も手につかなくなりました。でも同時に、自分に対して憤りを感じたんです」
「憤り?」
「実は僕、休業発表の前日のライブに参加していたんです。そこで僕は、きらりちゃんが体調が悪いことに気付かずに、ばかみたいに踊り狂ってました。まぶしい笑顔の向こう側でとてもつらい思いをしてるってことに気付けなかった。ファン失格だと思ったんです」
聖職者に対して懺悔をするような表情になった。
「でもきらりちゃんは、休業から帰ってきてくれました。僕はもっと、きらりちゃんが好きになりました。きらりちゃんは以前にもまして魅力的で、きらりちゃんのためにはなんだってしたいと思うようになったんです。不死身と言われるのは、この出来事があったからで、しばらくたった今でもファンの語り草なんですよ」
平田は初めて飲み物に口を付ける。からりと氷の音を鳴らしてから、
「ところで、早瀬さんは新曲の歌詞についてどういう見解を持ってるんですか?」
「見解?」
また、話が飛んだ。面食らうが、きらりに対する愛ゆえに周りが見えなくなる人物という事はさんざん思い知らされている。
「だから、あの歌詞を見て、どういう風に思ったのかっていうことですよ」
カケルはひとまず考えるそぶりを見せて、
「あまり歌詞の意味はわからなかったですね」
「ええ」
思いがけず、平田が驚きで目を見開いた。
「本当ですか」
「まあ、初めてでしたから」
「そんなはずないですよ」
やけに断定する口調の平田をたしなめようとした。
「なら、どうして最近きらりちゃんのことを色々調べてるんですか?」
「……え」
カケルは雷に打たれたように、硬直した。
「調べてるって……何を」
「だから、きらりちゃんの記事のこと調べてますよね?」
答えあぐねていると、
「ああ、別に攻めてるわけじゃないんですよ。そんなにかしこまらないでください。ただ、聞かせてください。どうして……きらりちゃんのことを調べてるんですか」
「流れ星きらりの記事が、フェイクニュースの疑いがあるからです」
「フェイクニュース?」
平田の眉がゆがむ。初めて見る顔だった。
「どうして、きらりちゃんがフェイクニュースなんて書くと思ったんですか」
「ライブの後の投稿で、不自然に世論が形成される現象が確認されました」
きらりの投稿に対する、異常なほどのコメントの伸びは、決して自然発生した物とは考えられなかった。
そして、もう一つ。一番聞きたかったことがある。
「平田さん、あなたは今までどこにいたんですか」
その言葉を発した時に、胸に小さな痛みを感じた。
「あのライブで、流れ星きらりが新曲を歌った後、観客の人がいなくなりました……あの時、一体何がおこったんですか!」
平田は答えない。不意に静寂が訪れると同時に、カケルは背筋に寒気を感じた。
いつの間にか談笑は止んでいた。顔を上げると、店の客全員がこちらを見ていた。状況がわからずにいると、目の前の平田がゆっくりと口を開いた。
「僕たちは、きらりちゃんの真実を届ける手伝いをしてるんです」
「どういう意味ですか」
「どういうって……そのままの意味ですよ」
続く言葉を待つが、平田はそれ以上何も言わない。その代わりに、さすような視線をカケルに寄越している。
耐え切れず、カケルは視線をそらした。周囲の人間の顔が目に入り、カケルはなぜか既視感を覚えた。その答えはすぐに記憶から呼び出される。
インタビューに協力してくれた男性だった。そのほかの周りの人間の中にも、取材に協力してくれた人がいた。そして、メディホで声を上げていた人物も。
カケルはその瞬間、悟った。
「あなたたちは……あの町で、流れ星きらりの記事の内容を再現しているんですか」
カケルの言葉を、平田は鼻で笑った。
「何をいってるかわからないです。きらりちゃんの記事は全て、真実ですよ」
「そんなの、ただのマッチポンプじゃないですか」
「マッチポンプ?」
食って掛かるカケルを、平田は諭すように笑顔を浮かべた。
「違いますよ。真実は世界を動かすんです。僕たちはその真実に従って行動しただけ」
平田の言葉には、少しの迷いも感じられなかった。
「残念です……早瀬さん」
平田がため息交じりに言った。ただそれは、落胆というより自らへの反省の意が感じられた。
「僕の説明が悪かったんでしょうね。今日は、早瀬さんにきらりちゃんの良さがわかってもらえなかったみたいです」
平田は席を立った。
「またお話しましょう。その時は、きっと早瀬さんもきらりちゃんのファンになってると思います。それじゃあ、また」
「待ってください」
追いかけようとすると、カケルの前に数人の男女が立ちふさがった。平田の背中がドアの向こうに消えていく。
他の席の客もすべてがカケルに視線を向けていた。たくさんの双眸の奥の輝きをカケルは知っていた。自分だけの真実を、一切疑わない者の光だった。




