序章②
渋谷の喧騒から少し離れたオフィスビル群の一角に、カケルとミコトが所属する報道機関「オルビス」の事務所はある。
一人暮らしのワンルームの2倍程度の広さの空間。狭い事務所には三つのデスクが押し込まれ、機材と資料が雑然と積み上がっている。中央辺りの空いたスペースには来客用の対面テーブルが設置されているが、テーブルの上にうっすらと埃が積もっている
奥側のデスクの前で、カケルとミコトは寺田の件の報告を行っていた。
「寺田の報道権は奪うことができた」
「そうか、さすがカケルとミコトだな」
テーブルの向こう側で、眼鏡をかけた精悍そうな顔つきの男性がカケルたちの報告をうつしだした携帯端末に目を落としていた。
オルビスのリーダーで、カケルの兄である早瀬シュウだ。
「寺田はフェイクについてなんて言ってた?」
「一言で言って、開き直ってた」
カケルは1時間ほど前のやりとりを思い出す。
目を覚ました寺田は今回の事件だけでなく、これまで発信してきた動画に対しても、フェイクであることをほのめかした。
ふてくされたような顔の寺田にカケルが問いかけると、
『だから、なんだってんだよ』
寺田が憎たらし気な表情で言った。
『この国の人間は、画面でみた情報だけを信じる。真実なんて誰も興味がないんだよ。そいつらの欲求を満たしてやるのが記者の仕事だろうが」
寺田がおもむろに下卑た表情になった。
『これ、見てみろよ』
寺田が差し出してきた携帯の画面には、広告収入のページが開かれていた。金額には0がいくつも並んでいる。
『昨日の公開でこんなに入ってる。まったく良い時代になったもんだ』
寺田の満足そうな顔に、カケルは歯噛みする。
情報化社会の発展で、人々の生活は「情報」に支配されるようになった。ある情報について、自分の目で実際に見てる人はほとんどいない。だから、都合がよい部分を切り取った報道や、他社を貶める「フェイクニュース」が世にはびこるようになった。
目の前の男に対するいら立ちが、言葉となって口から漏れる。
『お前みたいなやつが増えたせいで”情報崩壊メディアクライシス”は起きた』
情報氾濫による大災害だ。
その単語に、寺田の表情に影が差す。
『……確かにあれはひでえ事件だった。思い出したくもねえ』
しかし、直ぐに寺田の表情は嬉々としたものに戻る。
『けどな。だからこそ、俺は記者となってのし上がるのさ。金に女。欲しいものは何でも手に入れてやる。「辛かった思いをバネに」ってやつだ。ひゃひゃ!少年漫画のヒーローみたいじゃねえか』
カケルの怪訝な視線を意に介さずに寺田は続ける。
『それによ、今はアクトっつーお役所の見張り番がいるんだ。”一事一報”があればあんなことは起きねえだろ』
人工知能「アクト」。先のメディアクライシスの教訓を踏まえて、政府が国家規模の予算をかけて開発した情報統治機構だ。
アクトは報道における絶対原則「1事1報」を作った。これは、「1つの事件につき、発信はできる者は1人まで」というものだ。
アクトと1事1報の原則は、情報の乱立を収めることには成功した。だが、報道は次第に「早い者勝ち」の様相を呈した。
『そうだな。だからこそ、お前はこうして俺に報道権を奪われている』
アクトは「記者同士の戦闘による解決」を考案した。全ての記事には「報道権」が設定され、記者同士で奪い合うことが出来るのだ。
『それにしてもよう、俺のフェイクを暴いたところでお前らに何の得があるっていうんだよ』
寺田のような完全なフェイクニュースについては、報道権を奪っても、「記事の削除」を行うだけで、正しい情報を発信する機会が生まれない。
だが、得があるとかないとかは問題ではない。
『人々に真実を届け、虚構を壊す。それが俺たち記者の使命だ』
カケルは言葉にしっかりと意志を込める。
『確かに、お前の言う通り、国民は情報に踊らされている。操り人形と言ってもいいくらいだ。だからこそ彼らを導くために、俺たち記者がいる』
カケルの言葉に、寺田はぽかんとした表情になり、
「は、はは……あっはははははぁ!」
呼吸すらおろそかになるほどの大笑いを始めた。その姿を呆然と見つめるカケルを気にも留めず笑い続け、ようやく気が済むと目じりをぬぐいながら口を開いた。
『きれいごとは面白くねえぜ』
『きれいごと?』
『だってよ、てめえらだって俺と同じ穴の狢だろ?記事書いておまんま食ってんだろうが。まっとうな記事なんて今時だれも求めてねえ。俺みたいに、とことん稼げる記事を書けばいいじゃねえか』
寺田はなおも語る。戦闘に敗北したはずの寺田が、まるでこの場で一番正しいかのような饒舌ぶりだった。
『そもそも、オルビスだっけか?真実を見る『眼』、ギリシャ語じゃ『世界中』という意味もあるそうだ。たいそうな名前で世直しみたいなことをやってるけどな、この組織自体がそもそも矛盾なんだよ。なぜかわかるか?』
寺田がもったいつけるように一度間をおいた。
『フェイクニュースを作る記者が圧倒的な多数派だからだ。わざわざこんな組織を立ち上げなければいけないこと自体が、この世の仕組みからお前が外れてしまっていることの証左だ』
そういって、再びひとしきり笑ったあと、
『だからよ、きれいごとはもうやめにしてお前も適当にうまい汁すすればいい。俺が言いたいのはそれだけだ』
言いたいことを言い終えて事務所を出ようとして、寺田が一度立ち止まった。
『お前もいつかは、俺のようになる』
言い残して、扉の向こうに消えていった。
カケルがことのあらましを伝え終える。
「そうか。ご苦労だったな」
シュウの特段の感慨もない調子に、カケルは思わず顔を上げる。
「なんとも思わないのか?」
「なにが?」
「何がって……寺田のいってたことだよ」
真実を追う姿勢を踏みにじられたのだ。自分の気持ちを兄に理解して欲しい。
「別に。だって、あいつの言ってたことは事実だからな」
「え?」
「あいつは事実だけにもとづいて、欲望を満たしているだけだ。だがな、真実っていうのはもっと奥にあるものだ」
「もっと……奥」
兄の言葉を咀嚼するが、カケルには答えが出なかった。
シュウが、考えるように口元に手をやって、
「オルビスのもう一つの意味を覚えているか?」
「……円」
シュウが満足そうにうなずいた。
「そうだ。円は始まりも終わりもない。つまり、真実は永遠に追い続けなければいけないものだ。事実でなく、真実を追う機関。それがオルビスだ。父さんと母さんが立ち上げた報道機関」
カケルの脳裏に両親の言葉が蘇る。「記者たるもの、真実を追え。そして、真実をもって人々を救え」。その言葉を発している父親と、それを微笑みながら見つめる母親の表情は今も鮮明に思い出せる。
両親の書く記事は、多くの欺瞞を粉砕していった。一般人が書き込むことの出来るコメント欄には、記事がもたらした問題提起に対して、常に活発な議論が巻き起こっていた。
両親の記事を、カケルとシュウはいつも目を輝かせてみていた。取材から帰った父と母に、一番に記事を見せてもらうようにねだった。
記者のあるべき姿ともいえる両親の背中を見て、カケルとシュウは育った。自然と、自分もそうなるのだと考えていた。
だからこそ。
「両親の思いを引き継ぎ、俺たちは真実を追うんだ」
兄の言葉に、カケルは頷いた。と同時に、心に刺すような痛みが走った。
それを見透かすように、シュウは言った。
「そして、もう一つのオルビス……俺たちの目的」
「……ああ」
カケルは無意識に拳を握った。爪が手のひらに食い込む。
「父さんと母さんが殺された事件の真相を追うことだ」
~取材メモ~
記者以外の一般人は発信活動が許されていない。




