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序章①

『我が国日本は、隣国に対して宣戦布告を実施する!』


 スマホ画面の中で、この国の首相が演説を行っていた。


 高らかに宣言する首相の背後には、戦車が数台停められており、軍人が列をなしている。まるで、戦時中を思わせるような、物々しい光景だ。


――もちろん、フェイクニュースだ。


 動画を停止して、早瀬カケルは周囲を見る。


 休日の人でごった返す渋谷。動画で見た風景と同じ場所。誰も彼もが、画面の向こうの世界に『情報』に夢中になっている。なんということもない、今のこの国の日常だ。


 駅前の待ち合わせのシンボルである犬の像のある広場で、カケルはある人物を探していた。 


『カケル、見つかった?』


 不意に、耳に装着していた無線イヤホンから、聞きなれた声が聞こえてきた。


「いや、まだだ」


『えー……いつからそこにいるんだっけ?』


「3時間くらい前だな」


『うげ、そんなに?』


 カケルは胸ポケットにさしてある取材用のペンを弄んだ。


「どんだけ人がいると思ってるんだ。ってか、ミコトは今どこにいるんだよ。同じ時間に駅前集合って言っただろ」


『んー?何の話?』


「ちゃんと答えろ」


『今電車に乗ったとこだよ』


「嘘だろ」


『嘘じゃないよ。何を根拠にそんなこといってるのさ』


 言い訳を始めるミコトに思わずため息が出る。


「周りの音がまったく聞こえない。普通、電車のガタンゴトンとか、人の話し声とか聞こえるだろ。そもそも今乗ったってのも、遅すぎだけどな」


 言い訳を考えるのが面倒になったのか、ミコトの返事がなくなった。


「おい、聞いてるの……」


 大きな声を出しそうになって、隣の待ち合わせしている女性が不審そうな目で見ているのに気づく。女性にあまり縁のないカケルは心臓がきゅっと痛くなる。


 深呼吸をして落ち着きを取り戻しながら、


「で、いつ着くんだよ」


『だからあと少し。ウォーミングアップも済ませてるし。私が付く前にちゃちゃっと”報道権”奪っちゃってくれてもいいけどね』


 報道権――記者としての権限。


「そう簡単にいくわけないだろ」


『自信満々で渋谷に出かけたのは誰だったかな?』」


 ミコトの煽りに返す言葉が出てこない。カケルの内心を察したように、ミコトが続ける。


『そもそも”自撮りの動画を撮って、大騒ぎで配信するやつがいるはず”って、それを都合よく見つけて捕まえるなんて、行き当たりばったりすぎるって』


「だが自撮り配信、つまり情報発信をするのは記者だけだ。あとは刑事よろしく、地道な張り込みをするしかない」


 それは間違いない。ただ、休日の渋谷をなめていたってだけだ。


『まー、寺田ヒロキは自己顕示欲がバリバリの記者みたいだしね。でなきゃ、あんな動画で衆目を集めようなんてしないはずよね』


 カケルは先ほど見た首相の演説動画を思い出す。


『あんなフェイクニュースに踊らされるのなんて、正直信じられないよね』


 ミコトが呆れながらいった。


 カケルは心の中で同意しながらも、しっかりと反論する。


「それを救うのが俺たち記者の仕事だろ」


『まあ、そうだけどさ』


 カケルたちが話をしてると、不意に耳障りな雑音が響いた。音のした方向に目をやると、選挙カーに乗った国会議員がメガホンで大声を張り上げていた。


「我々は、首相の愚行を許してはいけない。私は国を預かる者として、断固拒否する次第であります!」


(あの国会議員もフェイクに踊らされた一人か)


 カケルは小さくため息をつく。国の引っ張る立場の人間ですら、情報に踊らされる。画面の中の世界にとらわれ、現実を見ようとしない。


 そして、記者の食い物にされる。


(だが、この演説自体は好都合かもしれない)


 あのフェイク動画を取った記者が渋谷を拠点に活動していることは、確認済みだ。こうして反応する人間が現れることを期待しているのならば、今もどこかに待機しているかもしれない。


 そう思った矢先に、携帯端末に自撮り撮影用の棒を取り付けた男が、画面に向かって大きな声で話しかけ始めた。


「見てください!先日の首相の宣戦布告に対して、さっそく国会議員が抗議の声を上げています。いやあ、私の捉えた映像の影響が早速出ていることに感動を禁じえません。なにしろ……」


 その人物が言い終わるより前に、カケルは駆け出した。人混みをかき分け、カケルに対する迷惑そうな視線に耐える、


 まもなく寺田の元へ辿り着いた。


「みなさん、こんにちは寺田です。今日は……?」


 突然現れたカケルに、寺田は気づいたようだった。40歳くらいだろうか。中肉中背で特徴がないが、派手な赤髪だけが、休日の渋谷でも浮いていた。


「なんだよお前?」


「あんた、記者だな」


「な、何の話だよ」


 寺田の質問には答えずに、カケルは先ほど見た動画を始めから再生し、寺田に突き付ける。


「この動画はフェイクニュースだろ?」


「はあ。どの辺が?」


 カケルは動画のシークバーを操作し、一番フェイクの部分がわかりやすい場所にシークバーを合わせた。


 それを確認させるために、再び寺田に画面を向けようとした時、唐突に不穏な気配を感じた。


「っ!」


 慌てて一歩下がったカケルの鼻先を何かが通った。寺田を見ると、いつのまにかこん棒のようなものを手にしていた。


「ち!外したか」


 寺田の手にした棒は、鈍い銀色のボディに青い光の筋が電子回路のように走っている。寺田はそのこん棒でもう片方の手のひらを叩きながら、


「頭をガツンとやれれば、そのまま逃げれたんだがな」


「いきなり殴りかかってくるなんて、記者の風上にも置けないやつ」


「へ、フェイクがどうとか正義ぶってるガキに、説教される筋合いねえんだ……よ!」


 寺田が再び殴りかかってくる。あんなごつい鈍器だ。殴られて打ち所が悪ければ死ぬ可能性もありそうだ。


(やるしかないか)


 カケルは胸のポケットから、取材道具のペンを取り出し、携帯端末に向かって呼びかけた。


「アクト、報道申請。戦闘モード」


 カケルの言葉に、無機質な女性の機械音声が答えた。


『接続許可。戦闘モードに移行します』


 ペンから閃光が輝きを放つ。


『カケル、あんた真昼間に町のド真ん中で始めるつもり?』


 イヤホンの向こうのミコトが、呆れ混じりに言った。


「仕方ない。こいつから手を出したんだ。これは正当防衛だ」


『あのねえ、子どもじゃないんだから冷静な対応をしなよ』


「関係ない!こいつは、敵だ!」


「お、おい、お前、こんなところでおっぱじめるつもりかよ」


 戦闘態勢に入り始めたことカケルに、先ほどの勢いが嘘のように寺田が怖気づいていた。本来は、ひどい小心者なのだろう。


「た、頼む、見逃してくれ。ちょっとした出来心だったんだよ」


「このままお前を見逃せば、また多くの人がフェイクニュースに苦しめられるだろうが」


 カケルのペンは金属製のボディがばらばらのかけらに分解され、空中に舞い上がりながら、徐々に別の形に結合していく。


 やがて、それが完成する。


 その出来上がったものを見て、寺田は呆けたような声を出した。


「なんだ……そりゃ?」


 カケルは、T字の形をした金属の棒のようなものを両手で握っていた。寺田のこん棒と同じように、電子回路のような光の筋が入っている。


 しばらく、寺田はカケルの武器をぼんやりと見た後に、大声で笑い転げた。


「ぎゃ、ぎゃはははは!な、なんだよそれ!」


 カケルは気にせずに、空中に文字を書くように指を躍らせた。何もない空間にホログラムのような画面が現れる。さきほどの動画が停止したままの状態になっていた。


 カケルは首相の顔の辺りを指さす。


「まず首相の顔。AIを使って表情を動かしているが、粗悪品を使っているんだろうな、目が左右で別人のものになっている。あとは、後ろの戦車も遠近感がおかしい。動画はちょうどこの場所を駅前の広場から取っている風景だ。もし本当にあそこに戦車があったら、砲身がビルの建物に食い込んでいることになってしまう」


 ようやく笑いが収まった寺田は、眉毛を上げて挑発的な顔を作った。


「ああ、そうだよ。その動画は、俺が首相の過去の演説やら声の音声を使って作ったフェイク動画だよーん」


 寺田はあっさりと認めた。


「そうか。やはりそれが……『真実』」


 カケルが手にする柄がかすかに光始めた。


「フェイクニュースは、真実を追うべき記者として恥ずべき行為だ」


 真実の力に共鳴し、柄から放出される光が強さを増していく。やがて光は質量をもち、形を成した。


 それは、光の大剣。偽りを切る、正義の刃。


「な、ななな」


 突然の出来事に、寺田は再びなさけない声を上げた。


 カケルは光の大剣を握る手に力を込めると、光が激しさを増していった。


「お前の偽りを、破壊する!」


 光の刃を振り下ろす!


「ぐぎゃあああああ!」


 光に飲み込まれ、寺田が汚れた悲鳴を上げた。


「が、がは……」


 光が収まると、寺田が膝をついていた。 足元にはバラバラになったこん棒の残骸が散らばっている。


『接続終了。当該記事の報道権は移行しました』


 機械音声が電子音声が鳴った。


「お前の”報道権”はなくなった」


「ぐ……くそがあ……」


「これに懲りたら、もうフェイクニュースから足を洗え」


 カケルの言葉に、寺田の肩がぴくりと揺れた。


「足を……洗うだと?」


「そうだ」


「そんなの……聞くわけねえだろ、くそがきが!」


「なっ!?」


 寺田の姿が突然消えた。


「は、はは!こっちだ、まぬけ!」


 その声はカケルの背後から聞こえた。振り向くと、少し離れた位置に腹をおさえながら走る寺田がいた。カメラ(スマホ)をこちらに向けている。


 カケルは一瞬で悟った。


(瞬間移動!?”干渉系“のスクープギアか!)


「待て!」


「待てと言って待つ奴がいるかよ!お前のバカ面、バッチリ撮ったからな!」


 寺田は走りながら、歪んだ笑みを浮かべる。


「編集で極悪犯罪者に仕立て上げてネットに晒してやるよ! じゃあな――」


 捨て台詞と共に、寺田が再び走り出した瞬間―


「ぐぼえ!」


 奇天烈な声を上げて、寺田の体が空中で一回転した。土嚢のような重く鈍い音を立てて地面に落ちる。


倒れた寺田の向こう側に、足を振りぬいた姿勢の女性の姿が見えた。


 茶色のボブカットに、アニメキャラがプリントされたTシャツとシンプルなショートパンツ。


「おせえよ、ミコト」


「いや、ぎりぎり間に合ったじゃん。それに、また敵を逃がしそうになってたじゃん」


「ぐ」


 ミスを追及されて、言葉に詰まる。


 話をそらすために、カケルは地面に伏した寺田を見る。完全に白目をむいていた。


(相変わらず、こいつの蹴りは人を殺しかねないな)


「まあ、結果オーライっしょ。とっとと、こいつから話きこ」

~取材メモ~


記者は自身の報道スタイルをモチーフにした異能「スクープギア」を持つ。

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