休息
紂王伝 第41話 奥の館へと帰る途中の通路で、柱の陰に隠れている妲の姿が目に入った。小さな身体は隠しきれておらず、こちらからは丸見えなのだが、本人は完璧に隠れているつもりらしい。くすりと笑いそうになるのを堪え、気づいていない振りをしながらそのまま通り過ぎようと足を任せる。「わあ!」案の定、幼い声を上げながら、妲が勢いよく飛び出して私に抱きついてきた。可愛いヤツめ。私はそのまま、愛おしいその身体をひょいと抱っこしてやった。妲は照れくさそうに私の胸に顔を埋めてくる。(ずいぶんと寂しい思いをさせてしまったな……。これからは、もう少し頻繁に帰ってくるようにするか)そんなことを考えていると、騒ぎに気づいた風と禄父が出迎えてくれた。私は空いているもう片方の腕で、同じように禄父の身体も抱き上げる。すると、禄父は顔を真っ赤にして足をばたつかせた。「父上、禄父はもう、そんな扱いをされる歳ではありません!」そうやって必死に抗議してくる姿もまた、可愛いヤツめと思う。四人で賑やかに屋敷へと戻り、ようやく二人を床に降ろした。私が風へ静かに目で合図を送ると、彼女はすべてを察したように、すぐさま侍女たちにお茶の用意をするよう指示を出した。「辛様。私がこれをお聞きするのも、あまり意味のないことかもしれませんが……。西伯・姫昌はどうされましたか?」風が、少しだけ心配そうな面持ちで尋ねてきた。まあ、あれだけ朝廷や市井で噂になっていれば、奥にいる彼女の耳に届くのも無理はない。「幽閉にした」私は短く答えた。「確かに、あの男が商に対して叛乱などと、つゆほども思っていないことは分かっている。だが、啓兄さんの警告を無視して西方の力を蓄えすぎたのも、また事実だ」そこへ、侍女がお茶の用意を調えて戻ってきた。重苦しくなりかけた空気を切り替えるように、私は一同を見渡す。「さあ、皆、椅子に。お茶を頂こう」席に座り、温かい茶で喉を潤しながら、私は羑里の様子を思い浮かべていた。後で、羑里の姫昌を単なる罪人ではなく、一国の君主としてそして私の従兄弟としても手厚く扱うよう看守たちに指示を出しておかねばなるまい。あそこへの幽閉は、あくまでも現在の複雑な政情による処置だと、私自身が明言したのだからな。目の前で楽しげに笑う家族の姿を見つめながら、私は王としての次の一手を静かに見据えていた。




