第15話 集う友、深まる絆
セレスティアを迎えてから、数時間後。再び、馬車が止まった。
車輪の音が砂利を踏み、馬のいななきが庭先に響く。エリザベスが出迎えるために屋敷から出ると同時に、馬車の扉が勢いよく開いた。
中から、小柄な少女が転がるように飛び出してくる。その瞳は、まっすぐにエリザベスを捉えていた。
「お姉様!」
明るい栗色の髪をふわふわと揺らしながら、リネットが一直線に駆けてくる。止まる気配などまるでなく、そのまま胸へ飛び込んできた。
受け止めた拍子に、エリザベスの身が少しよろめく。それでも、両腕でしっかりと、その細い身体を抱きとめた。
「寂しかったですぅ! すごく、すごく寂しかったんですから!」
顔を上げたリネットの目には、大粒の涙が盛り上がっていた。ヘーゼル色の瞳が、潤んで、それでもなおきらきらと輝いている。喜びの滲んだ声だった。
「私もよ、リネット。また会えて、本当に嬉しいわ」
エリザベスは、そっと彼女の背を撫でた。まるで、泣きじゃくる妹をあやすような柔らかな手つきで。
「はい、お姉様!」
リネットは、エリザベスの胸に顔を埋めたまま、何度も、何度も頷いた。その小さな肩が、こみ上げるものを抑えきれずに、わずかに震えている。
しばらく、二人はそうして抱き合っていた。
エリザベスは、腕の中の温もりを感じながら、ふと思う。慰めているはずなのに、慰められているのは、むしろ自分のほうなのかもしれない、と。彼女との再会は本当に嬉しかったから。
***
そこへ、セレスティアがやってきた。
エリザベスに抱きついたまま泣きじゃくるリネットを見て、その口元に、柔らかな笑みが浮かんでいた。王都でも幾度となく目にしてきた光景なのだろう。
エリザベスは優しく声をかけた。
「さあ、リネット。顔を上げて。涙を拭いて」
落ち着いた声に促されて、リネットがそろそろと顔を上げる。すると、背後から声が聞こえてきた。
「リネット、久しぶりね」
その一言に、リネットの背筋が、はっと伸びた。慌てて姿勢を正し、涙の跡が残る顔のまま、ぎこちなく頭を下げる。
「セ、セレスティア様! お久しぶりです!」
先ほどまでエリザベスに甘えていた声とは、まるで別人のようだった。公爵令嬢を前にして、敬語が一段と丁寧になり、声には隠しきれない緊張が滲んでいる。
セレスティアは、その固さを解くように言う。
「堅苦しくしなくていいわ。私たちは友人でしょう?」
その言葉に、リネットの強張っていた表情が、ふわりと和らぐ。
「は、はい。ありがとうございます」
男爵令嬢のリネットと、公爵令嬢のセレスティア。二人の家格の隔たりは、本来であれば、容易には越えがたいものだ。かつてのリネットは、セレスティアの前でもっと身を縮め、言葉を失っていた。
けれど、エリザベスを間に挟んで言葉を交わすうちに、その距離は少しずつ縮まっていった。今では、こうして、たどたどしくとも自然に会話を交わせるようになっている。
セレスティアが、目の前に広がる景色へと視線を移した。湖と、緑と、それらに寄り添うように佇む白い建物。和やかに、リネットへ問いかける。
「エリザベスが用意した、この場所。素敵でしょう?」
「はい! すごく素敵です! こんな場所、初めて見ました!」
リネットが、ぱっと顔を輝かせて答える。その瞳には、もう涙ではなく、純粋な感嘆だけが満ちていた。
「ええ。私も同じ気持ちよ」
セレスティアが、小さく微笑む。
二人は短く言葉を交わすと、エリザベスを挟んで並び、しばらく景色に見入った。
穏やかな風が、湖の面をかすかに撫でていく。栗色の髪と、プラチナブロンドの髪が、同じ風に揺れる。
家格も、性分も、心の開き方も違う三人が、今はただ、同じ景色を分かち合っている。その静かな時間の中で、三人の友情は、確かにもう一段、深いところへと根を張っていくようだった。
***
最後に到着したのは、アドリアンだった。
馬車が止まり、彼が降り立つのをエリザベスは出迎えた。
「エリザベス、元気そうで何よりだ」
「アドリアン! 久しぶりね」
アドリアンが、穏やかに微笑む。ダークブラウンの髪に、深い緑色の瞳。派手さはないが、その面立ちには、誠実さがおのずと滲み出ていた。
挨拶を交わすと、彼は口を開くより先に、周囲へと視線を巡らせはじめた。建物の輪郭を辿り、湖へと続く景色を興味深そうに見ている。何かを語る前に、まず観察する。彼は、そういう人だった。
ひととおり見て回ってから、ようやく彼は息をついた。
「なるほど、ね。これは、確かに素晴らしい。君が手紙に書いていた通りだな」
その声には、静かな、けれど確かな感嘆が込められていた。
手紙のやり取りは、もう幾度になるだろう。文字で伝えきれなかったものを、今、その目で確かめている。エリザベスには、彼の言葉の満足げな響きが嬉しかった。
***
エリザベスは、アドリアンを伴って、今日三度目となる案内をして回った。
建物のつくり、庭の配置、湖を望む小道。一通りを巡る間も、彼の目は、絶えず細部を捉えて離さなかった。柱の組み方に目を留め、窓の向きを確かめ、行き交うスタッフの働きぶりにまで、丹念に視線を注いでいる。
すべてを見終えて、アドリアンは、改めてエリザベスに向き直った。
「見事だね、エリザベス」
心からの賞賛が、その一言に込められていた。
「君が計画を立て、この施設を建設したと聞いたが、本当なのか?」
「領民たちが頑張ってくれた結果ですよ。優秀な職人たちと、バルタの助けがあったからこそ。私は計画を立てて、承認したぐらい」
謙遜するように、エリザベスは答えた。
けれど、アドリアンは笑って、それは違う、とでも言うように首を振った。
「優秀な人材を見抜き、適切に配置し、正当な報酬を払って働いてもらう。信頼して任せ、必要な時にサポートする。それは、立派な手腕だ。君には、リーダーとしての才能があるのかもしれない」
その言葉に、エリザベスは頬を染めた。
褒められることに、まだ慣れていない。功績は人のものだと、本心からそう思っている。だからこそ、自分自身を真正面から評価されると、どう受け止めればいいのか、わからなくなる。
けれど、アドリアンの言葉は、感情に流された称賛ではないのは理解した。彼は、施設の隅々まで、その目で確かめていたのだ。建物の構造、庭園の配置、スタッフの働きぶり。そのすべてを冷静に見て、分析した上での、結論としての評価だった。
だからこそ、その言葉には重みがあった。
「自然を活かした設計。景観を損なわない配慮。地元の雇用創出。経済的にも持続可能な仕組み。完璧だと思うよ。僕も参考にさせてもらいたい」
淡々と、アドリアンは言葉を連ねた。その静かな口ぶりが、かえって、彼が本気でこの場所を評価していることを物語っていた。
エリザベスは、その評価を、くすぐったいような、けれど確かに嬉しい思いで受け止めていた。
***
ひととおりの感想を述べ終えると、アドリアンは、傍らに控えていたバルタザールへと目を向けた。
「バルタザール、久しぶりだな」
「アドリアン様、お久しぶりでございます」
老練な執事長が、恭しく頭を下げる。
二人は、年こそ大きく離れているが、まるで旧い友のように、自然に言葉を交わしはじめた。バルタザールは、エリザベスの友人であるアドリアンのことも、かねてからよく知っていた。アドリアンもまた、執事長としての彼の働きぶりに一目置いているようで、二人は立場を超えて親しい間柄になっていた。
「エリザベス嬢の右腕として、素晴らしい働きをされているようだね」
「恐れ入ります。エリザベス様が提案された計画を実現するお手伝いをしているだけです」
謙虚に、バルタザールが答える。手柄を自らに引き寄せず、あくまでエリザベスを立てる、いつもの姿勢だった。
アドリアンは、小さく頷いた。それから、声の調子を変えて問いを向ける。
「予算管理は? 資金繰りに問題はないのか?」
「順調でございます。初期投資は大きかったですが、回収の見通しも立っています」
よどみのない返答だった。
そこから、二人の話は、すっと実務の領域へと入っていった。領地の現状、立てている経営計画、これからの展望。アドリアンの問いは鋭く、細部まで踏み込んでくる。それに対して、バルタザールは一つひとつ的確に答えていった。
エリザベスは、その様子を横で微笑ましく見守っていた。




