三十五
「いらっしゃい!!!!」
「「「へいらっしゃい!!!!」」」
店に入った途端に感じる、熱気。
行ったことは無いけど、もしライブとかに行ったら、こんな雰囲気なんだろうな。
私達は、激辛なものを食べに行くと言ってから二日後、四人で『新』に来ていた。
駅から少し遠くて、駅で待ち合わせしてから少し歩いて、たどり着いた。
そこはパッと見は少し古めの木造建築だったが、真っ赤な看板が店先にあるおかげで、わかり易かった。
ちなみに、前島くんは待ち合わせに1番に着き、ウキウキしながらみんなを先導している。
私はよく分からないからなんとも言えない表情をしている。
残りのふたりは、複雑で、でもどこか悟ったような表情で着いてきていた。
「おっ、若じゃねぇか」
店内に入ると、店員さんからの暑いご挨拶。
その後、店長と思われる、1番ガタイのいい人が、前島くんを見るなり顔をほころばせた。
ほかの店員さん達のみならず、店にいるお客さんまでもが、私達……正確には前島くんの方を見る。
「おぉ! 若じゃん!
今日のも挑戦するんだろ?!」
「久しぶりじゃねぇか!
鈍ってんじゃねぇのか?!」
「バカ! 若は戦うとかの次元にいねぇんだよ!」
「そりゃそうだった!」
店員とお客さんの陽気なやり取りに、一気に店内は柔らかい感じになる。
「お、友達もいるんだな。
じゃあ奥の座席使いな」
そこで、店長(胸元にワッペンがあった)が指で奥をさした。
前島くんはありがとねー、と軽く返事をしてから、奥へ進んでいく。
「始まるわね……」
「もう止まれねぇよ……」
私の後ろから小声の会話が聞こえる。
2人は一切嫌がっている様子はない。
むしろ、少し楽しそうなのに心配、という感じの顔だ。
私はその意味がイマイチ分からないまま、前島くんに着いて行った。
奥の座敷に案内され、私達は四人で席に座る。
私の隣に座った漣ちゃんは、今から額に汗をを浮かべている。
「とりあえず僕はもう決まってるから、2人はどうする?」
うきうきでメニューをみんなに開いて配った前島くん。
私以外の二人は、メニューを受け取るなり、秒で突き返しながら、
「「暁、弱で」」
声を揃えてそう言った。
私はなんでそんな早く決まるのだろうか、と考えながらメニューに目を落とす。
そこにあったのは、赤、赤、赤。
目に悪いと主張せんばかりの赤色が目を襲う。
一つ一つを見ようと、メニューを読む。
基本的な味は変わらず、サイドメニューの組み合わせによって味を変えるらしい。
様々な組み合わせが見られる中で、私はとりあえずおすすめであろう……
「赤飛沫かな、私は」
店長のおすすめ、と書いてあった商品を選んだ。
それを言った瞬間、漣ちゃんと吉くんは2人して私の顔を見て、悲惨そうな顔をする。
「それ……ダメだと思う……」
「みさち……死ぬ…………」
目の前で死ぬ友達を見るかのような表情に、私はいまいちピンと来ないまま、
「ま、食べてみないとわからないし」
もはや顔芸をしているのではないかと言うくらいに絶望した顔を私に向ける二人。
その様子などお構い無しに、前島くんは元気よく、
「赤飛沫中二つ!
暁最弱中二つ!」
と、呪文のように頼んだ。
その瞬間、店内が少しざわついたが、なんかあったのだろうか。
待っている間、吉くんは口元に手を当てながら、
「宮本さんさ、むせないの?」
「むせる?」
「そ、ここの空気、もう辛いじゃん」
辛い空気?
まぁ、確かに一目で辛い料理を取り扱っていることは分かったけど……
「これが普通じゃないの?」
「え、みさち、それは……」
隣にいる漣ちゃんは勢いよくこちらを向き、驚いた顔をしている。
「おー、宮本さんもなかなかいける口かな?
これは楽しみだねぇ……」
「いや、マジでお前みたいなのが身近に何人もいるとか考えたくないぞ」
「ほんと、ちょっとやめてよ、変態」
「イイッ!
ナチュラルな罵り、イイッ!」
純粋な否定に、前島くんは身を震わせる。
その様子に、いつも通りな前島くんを感じて、私は微笑んだ。
「そういえば、今日はこのあとどうするつもりなの?」
「あー、あんたは大丈夫かもしれないけど、私たちは暫くは使い物にならないから、任せた」
前島くんの言葉に、漣ちゃんは手を振りながら私の方に視線をよこす。
「確かに、俺と漣は多分ショッピングとかしても集中出来ないと思うな」
「うーん、2人とも軟弱だなぁ……」
「「うるせぇ変態!」」
わざと罵られに行ってるなー、というのが分かっているからか、苦笑いをしてしまう。
そんな感じで、次にどこに行こうかと話していると、
「はいお待ち!
暁弱2つと、赤飛沫2つだよ!」
2人の大柄な男の店員さんが、私たちのラーメンを持ってきた。
暁、と呼ばれたものは、一見普通の味噌ラーメンに見える。
「え」
そして、私と前島くんの前に運ばれてきた赤飛沫は、
グツグツ
ドロッドロの真っ赤なスープに包まれた、おそらくラーメン。
ポコポコとマグマの様な泡が現れ、赤色の飛沫を立てながら消えていく。
「今回は辛い感じを全面に推してるんですね」
「おうよ、世間様が辛いものを求めてるらしいからよ、俺も少し調べてみたら、こうなった」
私は前島くんと店長さんとの会話なんて頭の中に入ってこない。
それよりも、自分が間違えた注文をしてしまったのではと思う。
「あー、ちなみにみさち、辛いものは?」
「まぁ、全然行けますけど……」
こんな見るからに辛いものを喜んで食べるほどではない。
「今からでも変えてもらうか?」
「……食べれるかな?」
私は店長さんとまだ話している前島くんを放っておいて、2人に聞く。
「一応言っておくけど、ここは辛い食べ物取り扱ってるけど、食べれないものは絶対に取り扱わないんだよ」
「そ、美味しいにプラス辛いが追加されて、美味しいには美味しいんだけど……」
2人は顔を見合わせて、苦笑いしながら、
「「次の日の元気なお腹はない」」
私はその言葉に、美味しいのか、と目の前のラーメン? を見る。
確かに、見た目は辛そうだが、まだ食べていない。
だからこそ。
「食べるよ……」
「「えっ」」
目の前の2人が驚いた顔でこちらを見る。
私は笑顔になりながら、
「私は自分で食べたいっていったの。
それに、食べる前から食べれないなんて、酷いよね」
私はにこやかに話す。
その様子に、戸惑う2人。
そして聞こえる、拍手。
「お嬢ちゃんすげぇ……」
「初めてなのにそんな……」
「間違いなくあってるんだよ……あってるから……」
「おい! 下を向くな!
俺らに出来ることは飯を食うことだ」
お客さん達が私たちの会話を聞いていたのか、感動しているようだった。
……個人的には少し恥ずかしいからやめて欲しいんだけど……。
と、そのタイミングでダンッ、と叩いた音がする。
その音の主は、店長であった。
店長が一睨みすると、お客さん達はすぐさま食事を再開する。
「じゃあ、食べようか」
隣の前島くんは平然とみんなに割り箸を配り、食べたそうにうずうずしている。
私も、割り箸を割る。
手を合わせ、
「「「「いただきます」」」」
赤に、箸が沈む。
大袈裟にドロドロなスープ? は麺に嫌という程に絡みつき、一口持ち上げるだけで大量のスープを飲むことになる。
私はふーふーと冷まし、食べれるようになるのを待っている。
「あぁっ!」
「くっそ……うめぇ……」
何かに敗北したのだろうかと勘違いする程に、悔しい顔をしている2人に、私は少し微笑む。
一方私と同じものを食べている前島くんはというと、
「…………」
終始、無言。
なんか、仕事人って感じだな……
私はそうして、自分の麺と向き合う。
心の中でもう一度、いただきます、と唱え、実食。
まず口の中に広がったのは、肉の風味。
豚を中華風に調理したのか、口の中に広がるのは、ゴマ油を中心とした数々の調味料の風味。
そして襲いかかる、怒涛の味。
語彙力はないけど、正直に美味い。
くどくなく、皆が阻害せずに攻めてくる。
そして、最後の辛み。
「美味しい……」
口の中に広がる辛味に、私はもう一口と麺を口へ運ぶ。
「すげぇ……」
「なんで……みさち……」
「あいつ、やるな」
「あの表情は、ホンモノだ」
「やるじゃ……ねぇか……」
周りから聞こえる声を、認識できない。
それほどまでに、このラーメンは私を魅了した。
止まらない箸、減ってしまうラーメン。
気づくと、器の中のラーメンはなくなり、
「ご馳走様でした」
手を合わせた。
口の中に広がる辛味。
喉の奥に広がる少しの痛み。
そんな余韻に息を吐きながら、私が周りを見ると、そこには2人のゾンビがいた。
「いてぇ……いてぇよ……」
「なんで……なんでなのっ…………」
自身の口を抑え、俯く吉くんと漣ちゃんに、私はどうしたのだろうかと思っていると、
「驚いたよ、宮本さんが辛いものに強いだなんて。
弱そうな感じするのにさ」
前島くんが、ティッシュで口の周りを上品に拭きながら、私に話しかけてきた。
前島くんの目の前には、器はスープも共に消え去っていて、文字通り全てを食べていた。
「えっ、前島くんすごいね……。
さすがにスープは辛くて私も飲めなかったよ」
「いや、僕はここが好きだからね」
前島くんは辛いのにほんと強いんだなぁ……と私が感心する。
そして、視線を戻すと、未だに2人は悶えていた。
一応確認するが、2人の前のラーメンはしっかりと完食されていた(スープを除く)。
私はその様子に、ほんとのリアクションなのかどうか悩んでいる。
もしボケとしてやっているのなら、どうツッコミをすればいいのだろうか。
私が悩んでいると、前島くんが、
「ほら、二人とも、水」
「ふざけんなこら」
「いまさらそんなものはきかない」
二人の様子に少し苦笑いしながらみていると、ふらりと吉くんは立ち上がり、
「トイレ」
「あ、はい」
いきなりのそんな様子に前島くんも言葉を返せなくなる。
ゆらりと動き出した吉くんは、無駄のない動きでトイレに向かっていった。
トイレは入り口に近いので、少し遠いのだが、吉くんはその独特な動きでするりとトイレに入っていった。
すると、店の中にいたお客さん……白髪が目立った、如何にもなおじいちゃんが、席を立ち上がる。
そのままおじいちゃんは誰もいないカウンターの真の前にたち、
ダァン!
カウンターを両手で叩いた。
おじいちゃんとは思えないパワフルな威力で、店内にいる人間は全員がおじいちゃんの方を向く。
そのおじいちゃんは不快そうな形相で店長を睨む。
「なんでしょうか」
しかし、店長さんの対応は冷静で、にこりと微笑みながら質問する。
そしておじいちゃんの口から出た言葉は、
「辛すぎる、金を返せ」
意味のわからない言葉だった。
赤飛沫に関して、
ペヤングエンド食ったことあるんですが、あれの辛さと山椒独特の辛さを組み合わせた口内崩壊系食事です。
余談をあげるのならば、店長は麻雀が弱いです




