10-3.整合現象
この物語はフィクションです。この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則などは架空のものです。
次の週末、茂は再び花の丘小学校に向かった。
小学校の窓口に顔を出し、名前を告げるとそのまま通された。
少し、この小学校にも慣れ、視聴覚教室なら迷うことなくいける。
茂 :「こんにちは。詩音ちゃん、ポッチちゃん」
詩音 :「こんにちは」
ポッチ:「おっす」
それぞれの返事が返ってきた。
詩音 :「今日もよろしくお願いいたしますね」
茂 :「うむ」
ポッチ:「では、さっそくご紹介したいものがあります」
詩音 :「こちらにきてください」
二人は隣の比較的小さな空き部屋に茂は連れて行った。
詩音 :「こちらが実験室になります。中にどうぞ」
茂 :「真っ暗だが」
ポッチ:「今電気つけます」
ポッチがドアのかぎを閉め、電気をつける。
茂 :「おお~」
目の前に玉子を横にしたような装置が現れる。
詩音 :「ブチミス零号機。タイムマシンのプロトタイプです」
茂 :「へ~、触っても大丈夫?」
詩音 :「どうぞ」
ポッチ:「エンジンはαベクトルークロノス変換エンジンV2.4。電力で動きます。定員1名。可遡逆時間は18か月。つまり、理論的には1年半。自動航行装置付き」
茂 :「なるほど、よくできてる」
周りをぺたぺた触りながら感想を述べる。
茂 :「しかしこれでは3年前にはいけないということだな」
詩音 :「はい。もっと大型の装置が必要です。それとその大型装置を御する自動航行装置が必要です」
茂 :「中を見てもいいかい」
詩音 :「どうぞ。ドアは自動です」
茂はドアを開けてもらい中を見る
一人用の椅子と小さな画面、緑色のボタンがあるだけのシンプルな構造だった。
詩音 :「中で操作するのは出発の際に押す緑色のボタンだけです。それ以外の操作は外のこのPCからできます。また、こちらから出発のボタンを押すことも可能です」
茂は実際に座ってみる。
茂 :「窓は無いのだな」
詩音 :「はい、出発時に強い閃光に似た輝きを発します。それを防ぐ意味でもつけていません」
茂 :「なるほどね」
茂はタイムマシンから降りた。
茂 :「タイムマシンのことはなんとなくわかったが、先日松井先生から整合現象のことを聞いた。あれはなんで起きるのかい?」
詩音 :「その話をするにはもう少しタイムトラベルの話をしないといけません。もし、3年前に結城さんが戻って彼女に会って、事故の話をして彼女がその場を離れたらどうなると思いますか?」
茂 :「あの場から逃げさせれば、歴史改変がおき、彼女は復活し、再び会うことができる」
詩音 :「いいえ。残念ながらそれは叶いません」
茂 :「なぜだ? 彼女が事故にあわなければ、死ぬことはない。死ぬことがなければ、今もケーキ屋を続けていられる」
詩音 :「そんなことをしたら、いろいろなことのつじつまが合わなくなってしまいます。もし、彼女があの場を逃げらて、生き延びることができたら平行世界が枝分かれします」
茂 :「平行世界?」
詩音 :「はい、こことは別の世界です。雪絵さんが亡くならなかった世界ができます。そして、こことは別の世界なので会うことはできません。異次元の世界といってもいいでしょう」
茂 :「そんなことをしたら、タイムマシンで戻るたびに平行世界ができてしまう。世界が無限にできてしまう!」
詩音 :「ええ、平行世界は無限にあります。しかし、タイムマシンに乗ったからといって必ず平行世界ができるわけではありません。平行世界ができすぎないよう『整合現象』が発生します」
茂 :「例の10分以上滞在すると死んでしまうという話か」
詩音 :「それ以外にもあります。実際にお見せしたほうが早いですね」
そういって、詩音はブチミス零号機の前に猫缶をお皿にあけて置く。
詩音 :「ポッチ、ニャーゴつれてきて」
ポッチ:「あいよ」
程なくしてポッチが真っ黒のデブ猫を連れてくる。
猫 :「ニヤー」
ニャーゴはえさを見るとだみ声で意地汚く鳴く。
ポッチ:「だめ。お預け」
詩音 :「ポッチ。ニャーゴをブチミスに入れて」
ポッチ:「ほいきた」
ポッチがニャーゴをブチミスに入れる。
猫 :「ニャー」
まだ鳴いている。
詩音 :「そろそろえさをおいて5分ね。そろそろいいかな」
ポッチ:「うん」
詩音 :「では、ニャーゴを5分前に戻します。そして、到着してドアを開けます。ニャーゴはまず間違いなく目の前の餌に飛んでいくでしょう。そして、食べ終えてマシンに戻ったらここにもどるよう設定します。どうなるか見てください」
茂 :「うん」
詩音 :「では始動させます。強い光が発せられますので後ろを向いて目をつぶってください」
茂 :「了解」
詩音 :「始動!」
掛け声とともにバチっという音と強い光が発せられる。
ポッチ:「戻ってきました」
茂さん:「もう、目を開けていいですよ」
そこには玉子型のブチミス零号機が変わらず設置されていた。
詩音 :「では、ドアを開けてみましょう」
しかし、ブチミスにはドアがなかった。それどころか向きが逆になっている。
詩音 :「ああ、不確定なのですがこのようにタイムトラベルすると向きが逆になることがあります。位相変換が起きちゃうんです。」
我々は後ろに回りドアを開けようとした。
ポッチ:「その前に餌確認。結城さん、お皿に餌まだある?」
茂 :「うん、ある」
茂はひょいとのぞく。
詩音 :「では開けます」
ドアが開く。黒猫は一目散に飛び出す。口の周りには、食べたえさがついている。そして、えさの皿に取り付くなり、がつがつ食べ始める。
ポッチ:「ほんと、意地汚いんだから」
しばらくしてえさがきれいになくなる。
詩音 :「これが『整合現象』」
茂 :「どういうこと?」
詩音 :「ニャーゴは向こうで餌を食べました。だから口の周りに餌が残っていました。つまり、その時点では餌を食べた世界と食べなかった世界に分かれます。このままだと並行世界ができてしまいタイムマシンは戻ってこれません」
ポッチ:「でも、ニャーゴは戻ってきた。そしてもう一皿も食べてしまった。今の時点から観測すると、タイムマシンで戻って5分前に食べたのと、今食べたのと区別がつかない。整合して一つの世界に戻りました。つまり、世界はバランスが崩れたとたん、元に戻そうという現象が起きる」
茂 :「これが雪絵さんとどう関係ある?」
詩音 :「まず、雪絵さんが死んでる世界と生きている世界が同時に発生しうることがわかるでしょう。しかもその間は観測不能」
茂 :「うん」
詩音 :「つまり、彼女を説得して帰ってきても、本当に生き延びられたかはわからないのです」
ポッチ:「そして、大概は説得は失敗して事故が起きる。整合現象が起きて『死んでしまった』という事実に落ち着くから」
詩音 :「もし、生き残っても、その瞬間から並行世界になってしまい、我々からは観測不可能」
ポッチ:「もしそのとき、結城さんが雪絵さんと一緒にいた場合、その世界では存在してはいけないので整合現象により代謝異常が発生」
詩音 :「ただ会うことしかできないんです」
茂 :「そんな。どうしても生き延びた後は会えないのか」
詩音 :「会うためには歴史改変が成功して、かつ、分離した平行世界と統合しないと。生き延びた世界を探し出し、そこと統合する? そんなの無理よ」
茂 :「なんてこった」
詩音 :「会うことができても、生き延びらせることは難しい。そして、生き延びた場合、その瞬間から会うことができなくなる」
茂 :「無理なのか」
詩音 :「うん、そんな簡単にできたら、世の中改変だらけになっちゃう。だけど見ることはできます。会うこともできます。後は本人しだい。それでも続けますか?このプロジェクト」
茂 :「会えるんだよな」
詩音 :「ええ」
茂 :「なら、そこからの先のことは会ってから考える。まずは会わなきゃ始まらない」
詩音 :「ですね。それならいよいよ準備しましょう。来週にはブチミス初号機が出来上がります。これなら3年は楽に遡航可能です。場所はこちらになります」
詩音が地図を示す。そこは駅前の喫茶店ファンダルシアの地下。あの事故現場から50mもはなれていない。
つづく