執着
「つまり、身分と国境を越えた恋というわけですか?」
ヨウタは興味深そうに三人を見回した。
「それとも、我が旧友ノーマンには、僕の知らない出自でもあるのでしょうか。例の謎めいた恋文の女性──この子の母親のことです」
その姿は、冬眠から叩き起こされた獣のようだった。今にも獲物へ襲いかかりそうな気配をまとっている。
ロイは一歩前に出て、エイデンを庇うように立った。
「私たちは魔物の王を討伐するために来た。うちのギルド員の身の上を語るためではない」
「ですが、僕が依頼を出した以上、派遣する冒険者の素性を確認しておくのも、ギルド長であるあなたの役目では?」
ヨウタは笑った。
人を落ち着かなくさせる、どこか不穏な笑みだった。
そして、エイデンへ視線を向ける。
「真珠王国で、今もその技術を学べる女性はそう多くないと言いましたよね?」
「君と同じくらいの年齢で」
「現在は真珠王国の外にいて、婚約もしていないとなれば──」
ヨウタは数秒考え込むように間を置き、それから続けた。
「ジャスミーヌ・アルジー伯爵令嬢ですね」
エイデンは呆然とした。
まさかこれほど早く、しかも正確にジャスミーヌの正体を言い当てられるとは思っていなかったのだ。
「もういい。依頼とは関係のない話だ」
ロイが話を打ち切ろうとしたが、ヨウタは取り合わなかった。
「気になるんですよ。奴隷だった冒険者の私生児が、王家の血を引くアルジー伯爵令嬢と肩を並べられるのか」
ヨウタはそのまま言葉を続けた。
「僕が聞いたところでは、真珠王国の王家が再び婚約を結ぼうとしているだけではない。ディマン王国の皇太子の長男まで、かなり好条件を携えてアルジー家へ求婚しているそうですよ」
「ひょっとすると、今頃はもう婚約交渉が進んでいるかもしれませんね」
ヨウタの言葉には、忠告を装った悪意が満ちていた。
エイデンは罠にかからないよう、必死に耐えた。
「正直なところ、アルジー伯爵令嬢のご家族が君を受け入れるとは思えませんが」
ヨウタがわざと自分を挑発していることは、エイデンにも分かっていた。
それでも、目の前の男がそんな言葉でジャスミーヌを嘲ることだけは我慢できなかった。
「彼女はもう、家族への手紙に僕のことを書いてる!」
言い返した直後、エイデンはロイとノーマンまでもが、どこか疑わしそうな目で自分を見ていることに気づいた。
それがひどく情けなく思えた。
「本当だって! ジャスミーヌが家族に宛てて書いた手紙を、たまたま見ちゃったんだよ! そこに、僕は金色の猟犬みたいで可愛いって書いてあった!」
二人は揃って、本当にそうなのか、とでも言いたげな表情を浮かべた。
それどころか、ノーマンは息子の背丈と体つきを改めて見定めるように眺め、ロイまで同じようにエイデンを上から下まで見回した。
そのとき、ロイは無意識に卓上の魔道具へ視線を向けた。
──作動していない。
瞳孔がわずかに収縮する。
先ほどの魔力の共鳴が原因か。
「……まずい」
先ほどまで誰も天幕の外を通っていなかったことを祈りながら、ロイは慌てて魔道具を起動させ、再び天幕の周囲に音を遮断する魔法障壁を張り巡らせた。
エイデンは師の焦りには気づかず、先ほどのヨウタの言葉に含まれていた情報を思い返していた。
「皇太子の長男……?」
「待って。さっき、ディマン王国のソロモン皇太子の長男も求婚者の一人だって言った?」
エイデンはようやく、ヨウタの言葉の意味を理解した。
ソロモン皇太子の長男といえば、同じ野営地にいるジェイド王子ではないか。
あのジェイド王子?
周囲の人間を騒動へ巻き込み、男たちに自分を巡って争わせ、挙げ句の果てにはジャスミーヌの親友であるセリーナまで不幸にした、あのジェンナ姫の?
どうしてそんなジェイドが、ジャスミーヌに求婚しているんだ!
自分を、ノーマンが時々読んでいる恋愛悲劇の主人公だとでも思っているのか。
家や国の事情で互いを傷つけ合いながら、それでも愛し合っている──そんな面倒くさい男女主人公にでもなったつもりか?
ジャスミーヌが好きなのは、可愛い金色の犬だ。
あんな男ではない!
「そのジェイド王子です」
ヨウタは平然と答えた。
「真珠王国には婚姻に適した王女がいません。ヴィクトリア側妃も、すでにリタール王国とはほとんど縁を絶っています。アルジー伯爵令嬢の母君は大公家の出身ですから、相手としては極めて都合がいい」
また何か言おうとしたエイデンを、ノーマンが押さえた。
「ヨウタ。俺がいくつかのことを隠していたのは認める。だが第一に、お前はこれまで一度も正式に俺へ尋ねなかった。第二に、お前ほど頭が切れるなら、本気で調べようと思えば、それほど難しくはなかったはずだ」
ヨウタの表情は相変わらず平静だった。
だが、ノーマンの言葉が事実であることは、二人とも分かっていた。
「では……僕を必死に止めようとした、あなた方の反応を見る限り」
ヨウタは三人を見回した。
「あなた方は全員、ソラが今どこにいるのか知っているんですね」
「では、お前はどうなんだ」
ロイは疑わしげな目をヨウタへ向けた。
「なぜ、これほど長い年月が経ってから、行方不明になった友人を捜そうと思った?」
「ディマン王国が、魔法の使えない異世界人をまともに扱わないことは、お前自身も知っているはずだ。私の呪いが、彼の居場所をお前に明かし、危険に晒すことを許すと思うか?」
「……ずっと捜していなかったわけではありません」
ヨウタの口調が、初めてわずかに早くなった。
「十数年前、あの雷魔法を使う少年が死んだ頃、僕は何度も追跡魔法を使いました。妙なことに、それまではかろうじて微かな痕跡を捉えられていたのに、あの日を境に、何も感じ取れなくなった」
ヨウタは短く言葉を切った。
「だから僕は、ソラがあの地域に身を潜めていて、魔物の王と雷魔法の少年との戦いに巻き込まれ、命を落とした者の一人なのだと思っていたんです」
「ならば、これからも捜すな」
ロイは冷たく言い放った。
その声音には、異論を許さぬ厳しさがあった。
「お前が覚悟を決めない限り、これからもディマン王国の走狗であり続けるのだろう。そんな人間は、誰にとっても脅威でしかない」
ヨウタとロイはしばらくのあいだ、無言で視線を交わした。
やがてヨウタのほうが目を逸らした。
「分かりました」
ヨウタは笑った。
異様なほど長く感じられたこの会話の最中、彼が見せてきたどの笑みも目の奥までは届いていなかった。だが今回の笑顔だけは、わずかながら本心からのものに見えた。
それでも、ほかの三人は警戒を解かず、彼を見つめ続けていた。
「ただし、ノーマン」
ヨウタは続けた。
「先ほどアルジー伯爵令嬢について話したことは、すべて事実です。あのジェイド王子は、彼女に奇妙なほど執着している。息子の幸せを願うなら、なるべく早く大公家へ連絡を取ったほうがいいでしょう」
自分だって、相当執着しているくせに。
エイデンは胸の中でそう呟いた。




