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ルカーシュとマリス

この度はご迷惑をおかけしてしまい、まことに申し訳ございませんでした。

ルカーシュとマリスで完結になります。

次からは注意して気をつけたいと思っています。

 空も大地も鳴動していた。

 小さな森と湖をすっぽり覆う強固な結界に向かって、無数の軍旗がはためいていた。

 数十万の兵士と軍馬が移動する恐ろしげな振動は、地響きとなって巨人の鼓動のようにドッドッドッドッ、と大地を揺るがし大気を響かせている。


「動くな」

 結界の前で待っていたルカーシュが兵士たちに命令する。短いたった4文字の言葉だが絶大な威力があった。鱗持ちであるルカーシュの命令により、数十万の兵士たちがピタリと止まった。

 そして、この瞬間マリスからルカーシュに命令権が移った。

 マリスとルカーシュは竜人としての力だけならば互角だが、力を垂れ流し状態のマリスと力を完璧にコントロールしているルカーシュでは実力が違う。


 支配権を奪われたマリスは顔色をかえたが、敗北を経験したことがない故に強気だった。

「おまえがルルーシアの新しい番か? ルルーシアを素直に渡すならば、寛大な僕が首を切ってやる名誉をやってもよいぞ」

「バカなの?」

 削られた棒のように痩せ細ったマリスを見て、ルカーシュは眉をひそめた。

「君、力を使いこなせていないでしょう? 鍛練したこともないんじゃない? いや、苦しくてできないのかな、番がいないと苦しくて体も精神もボロボロになるもんね」


 ギルベルトがそうだった。

 身を焦がす番への欲求と身を裂かれるような番の喪失感。

 体の真ん中が氷のように寒いと言っていた。食事を食べても味がなく夜も安らかに眠ることができず、体も心も憔悴して満身創痍になりながら正気を保ち、9年間も耐えたことをルカーシュは知っていた。


「ギルベルト様には恩がある。ギルベルト様の望みは、君を生かして苦しめることだったから我慢していたけれど、もう無理」

 ルカーシュの穏やかな目元が、すぅぅと無機質な金色の目の彫像めいたものへ変化する。


「僕は君を殺す」


 二人の間には50メートル以上の距離があったはずだった。だが、一瞬だった。

 遅れて巻き上げられた風がマリスに届いた時には、ルカーシュの剣はマリスの心臓を深々と貫いていた。

 剣の動き、足捌き、魔力の動かし方、精度も制御も練度も何もかもが天と地ほどルカーシュとマリスは違っていたのだ。


「がっあああ!!」

 マリスは魂切るような悲鳴を上げるが、強靭な竜人の体は心臓を一撃されてもすぐには死なない。

 魔術で反撃しようとするが、それもルカーシュはあっさり封じ逆にマリスに呪縛をかける。

「弱いね。王子だった頃もきちんと訓練をしていなかっただろう? 魔術も剣術も」

 気道を塞がれたように喘ぐマリスをまじまじ見つめ、ルカーシュはうっすら微笑んだ。

「ああ、いいね。さすが王家直系の竜人だ、魔力量がケタ違いだ」


 濃密な、それこそ大気を押し退けるほどの純粋な魔力がルカーシュから流れ出す。あまりの密度に周囲の風景が陽炎のように歪んだ。


 ルカーシュの頭上に展開されたのは、淡い光を纏った巨大な魔法陣。

 ルカーシュが歌うように詠唱しているのは、人間が聞いてはならぬ禁忌。


 そしてマリスは悲鳴すら残さず、消えた。呼吸ひとつの間に。


「君は多くの血と肉と命を奪った。当然それは君の血と肉と命と魔力で代価を支払うべきだよね? 君は魔力量がたっぷりあったから、これからの3年間は天災もなく豊作が大陸で続くだろうよ」


 ルカーシュはマリスを禁術の贄としたのだ。


「もう動いていいよ」

 しかし兵士たちは全員がその場で膝を折り、深く深く頭を垂れた。マリスの時のように恐怖で震えながらではなく、心からの畏敬をもって。

「やめてくれる? 僕はもう君たちに命令する気はないしーーあっ、そうだ」


「命令ではなくお願いなんだけど、これを飲んでくれる?」

 ルカーシュは腰ベルトについている小さな鞄から小瓶を取り出すと、最前列にいた体格の立派な武人に差し出す。躊躇なく飲み干した武人に向かって、

「立ってみて」

とルカーシュが命令をすると、武人は抵抗気味にノロノロと立ちあがる。武人の顔には驚愕の色があった。


「うん、弱いけど抵抗できるみたいだね。この薬を続けていけば耐性ができて、うーん? 孫かひ孫かの代には命令を完全に拒否できるようになれるかも? で、これが作り方」

 驚く武人に数枚の紙を押しつける。

「ギルベルト様がね、万一にもマリスが竜人になってしまう可能性を案じて研究をしていたんだ。それに自分さえ良ければいいっていう建国王の尻拭いを、子孫というだけでしなければならない理不尽さに大激怒していて。完成はできなかったから僕が引き継いでいたんだ」


 天に届くような凄まじい大歓声が鳴り響いた。


「あー、やっぱりもう一個命令させて。皆、今すぐ王国へ帰って。お昼寝中のルルーシアが起きてしまうよ」


 ため息をひとつこぼしてルカーシュは、消えたマリスを思った。

 他人を顧みない愚かな子どものまま、自分の都合や立場のみで行動する暗愚な王になったマリスは、まるで自分勝手な建国王にそっくりだと。

 暴君の見本みたいな建国王は竜人の息子たちに殺されたけど。


 自分のことしか考えないマリス王子は。

 一度でも反省をしたことがあったのだろうか?

 一度でも他人のために働いたことがあったのだろうか?

 一度でもーールルーシアの幸福を願ってくれたことがあったのだろうか?


 かわいいかわいいルルーシア。

 ルカーシュは真っ白の雪のように清く赤子のように無垢な顔で眠っているだろうルルーシアを思った。


 ベリーを摘んで帰ろう。

 おやつはパンケーキを作ろう。

 くまさんの形に焼くとルルーシアが喜ぶんだよね。フルーツソースできゅるるんお目目にして。回りにはベリーをたくさん。


 ルルーシア、僕の番、僕の片羽根。

 君がいない世界を、僕はもういらない。

 君がいる世界で、僕は君の幸せを願うよ。


 ナイショだけれどもね、君の麻痺を治す薬がもうじき完成するんだよ。



感想ありがとうございました。

色々と教えていただきとても助かりました。

誤字報告も、いつも感謝しています。



読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 良かったです‼️ 最後に、少しですが救われました(私が)。
[良い点] とてもとても良かったです。 読後感が素晴らしかった!! [一言] これからも作品を楽しみにしています。 ありがとうございました。
[良い点] ストーカーを撃退してこれから二人で長閑な幸せを満喫できそうで良かったです。 [一言] ルカーシュ優しいな・・・王弟から託されたから仕方ないけれどルルーシアを虐めてたやつだっているのにと思っ…
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