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三階から二階へと非常階段を駆け降りる天翔達をモニタリングする傍ら、二階の様子を探る。
二階はショッピングゾーンと食事ゾーンにざっくりと分けられてて、非常階段は三つ。
天翔たちが降りてる階段は、食事ゾーンの一番端にあるやつなんだけど………なんか、様子がおかしいな?
ゾンビが放たれた時間が、開店前の準備時間でもともと人が少なかった‥…てのを抜きにしても、少なくないか?
カメラを次々移動していけば、食事ゾーンの端の方、真っ直ぐに横になる女性の姿を見つけた。
右腕から肩に損傷があり衣服を染める血の量から見て死んでるとは思う。
ただ、残った左手を胸に置き、真っ直ぐに横たわる姿は、どう見ても人為的なものを感じた。
そして、その先にカメラを向ければ、疑問は確証へと変わった。
転々と転がる動かなくなったゾンビたち。
どれも頭部が損傷してキチンとトドメがなされていた。
なんでか一体、壁に磔にされてる奴もいたけど。
それから、床や壁に残るゾンビ達が移動していった痕跡。
何かを引きずったような跡や血痕は、ショッピングゾーン中央くらいにある非常階段の方へ消えていった。
「天翔、誰かがゾンビに追われて……てか、始末してってる?」
「は?」
天翔と話しながら、痕跡が消えていった非常階段付近のカメラの過去映像を引き摺り出す。
そこには、軽やかに走り抜ける男の姿と少し遅れてそれを追いかけるゾンビの群れが映っていた。
「ビンゴ!てか、足速すぎてゾンビついていけてないし」
通り過ぎた男の顔を切り出して拡大すれば、写真によく似た横顔が見えた。
「2階のゾンビ、里中さんの知人とやらがほとんど引き連れて出てったみたいだ。てか、犬の玩具でゾンビ一階に誘導するとか……」
次々に映し出される映像に思わず笑っちゃったじゃないか。
いや、外に出た先の被害を考えれば、笑い事じゃないか……。
でも、流石に1人でどうにかしろとは、言えない…‥よな?
「天翔、見える範囲には居ないけど、店の中とか入り込んでる可能性はあるから、飛び出してくるやつには気をつけて。後、堤さん見つけた」
「え?もう?どこ?」
花梨のテンション高い声が響く。
「約1時間前に屋上に上がってく姿が最後。多分、隣のビルに飛び移ってった」
「隣のビル?マジで?!キアヌじゃん、キアヌ!!」
「…‥何してんだ、あいつ」
興奮した声に、にがり切った大人の低い声が小さく被さる。
まぁ、救助対象者がチョロチョロしたら困るよな。
けど、あの人どう見ても大人しく救助待ってるタイプじゃないじゃん。
嬉々としてゾンビ蹴り倒してたし。
武器なしだったら、天翔も負けるんじゃないか?コレ。
モニターの中ではゾンビ相手に無双してる男の姿。
まるでアクション映画でも見てるみたいだ。
気のせいか?口元笑ってる気がするんだけど……。
「てわけで、堤さんの姿さかのぼってみたら、どうも救助対象者がいるみたいだ。人数は不明だけど、白龍酒家って所に立て篭ってるから救助よろしく」
「了解」
あれだけ技術ある人が派手な立ち回りするからには、なんかあるんだろうとは思ったんだよね。
残念ながら店内のカメラはレジと入り口付近を撮る一台だけだったから詳細は不明だけど、堤さんが出てきた店の扉の陰に男の人が見えたから、そこに誰かがいるのは確実。
おそらく、少しでも危険を減らすために、ゾンビを2階から誘導したんだろう。
「ま、救助の方は天翔達に任せとけば大丈夫だろ。古木さん、俺このまま堤さん探して隣のビルハッキングするんで、そっちのデーター収集はよろしく」
向こうさんはウィルスを仕込んだ事で安心し切ってたみたいで、監視カメラ等の映像を拾うのは簡単だった……けど。
流石に、本隊とのやり取りを態々ココのツール使ってするわけもなく。
そもそもここら辺一帯の電波使えなくしてるんだから、それ以外の連絡手段持ってるよなぁ。
しょうがない。
面倒だけど、この膨大な量の各地監視カメラの映像を根こそぎ持って帰って、怪しげな人物拾いするか……。
俺、寝れるかな?
今夜から始まるであろう情報解析を思い浮かべて遠い目をしていると、インカムから天翔の声が響いた。
「救助者を確保」
「りょーかい」
短い報告に、急いでモニターのカメラを切り替えると救助者らしき人達が映しだされた。
想像以上の数の多さに、今後の行動計画を練り直す。
ゾンビ軍団がいる場所を一般の方々引き連れて探索するわけにもいかんでしょ。
「三階までの通路は安全確保されてるから、花梨と大人組の方で誰か一人出して、二人体制で救助者誘導お願いします。残りの人たちは、他に二階に生き残っている人がいないか引き続き探索を」
「え~、あたしも探索がいい~~。おじさん達に任せればいいじゃん」
途端に不満そうな声が上がるけど、無視だ無視。
「花梨、わがまま言うな」
「私が誘導に回りましょうか?」
ピシリと天翔に諫められてもまだ不満そうな花梨も、困り顔の更紗が代わりにひこうとしたことで我に返ったようだった。
「いい。あたしを指名したって事は、更紗ちゃんが残ったほうがいいってセっちゃんが判断したってことでしょ?子供みたいに駄々こねて、ごめん」
ションボリとした花梨に、俺も深呼吸を一つすると声を意識して和らげた。
「お前の武器の音は響くからゾンビを外から呼び寄せる事になりかねない。せっかく数を減らしてくれてるんだ。できたら静かに殲滅したい。言葉不足で俺も悪かったよ。気を付けて戻って来い」
「……うん!」
納得したように頷くと、すでに救助者にこれからの説明を始めている高谷さんの方へと向かっていった。
「よかった。納得してくれたみたいで」
「で?お綺麗にまとめてたけど、本音は?」
ホッとしたように微笑む更紗の横で、天翔がニヤリと笑っているのに、俺は肩を竦めた。
「ゾンビ一匹のために駅ビルハチの巣にされてたまるか」
元々分かっていたことだけど、メイン武器が重火器の花梨は室内戦に向いてない。
大量にゾンビがひしめいていた場合は有効だし、多少の建物の損傷はやむなしと思っていたけど、堤さんの活躍のおかげでかなりの数が間引かれてるんだ。
個別撃破ができるやつらを残した方がいいに決まってる。
ストップ建物破壊。
無事にこの町を奪還した暁には、生活が再び始まっていくんだから、修繕箇所は少ないほうがいい。
下手したら爺ちゃんに請求行っちゃうんだぞ?資金大事に!
「……雪ちゃん」
肩を落とす更紗の横で天翔が噴き出した。
ちなみにさっきの会話は更紗と天将以外のインカムの音声は繋いでいない。
せっかく気持ちよく納得した花梨のへそが曲がるの間違いなしだしな。
「ま、気を取り直して。帰還組も探索組も十分に気を付けて進んでくれ」
「「「了解!!」」」
コホンと小さく咳をして声を整えた後、インカムを全メンバーにつなぎ直し注意喚起したオレの声に力強い声が返ってきた。
さて、俺もやるべきことをしっかりやろう。