checkmate
反崎の詰めは甘かった。
例え駅周辺に罠を張ろうとも、例え警察署内で暴動を起こそうとも、濁川空を止めるには足りない。
彼女もどこかでそれは認識していたのか、場所をカラオケボックスに移動し隠れはしていた。
しかしそれならば、隠れた店に対する警護をもう少ししっかりとしておくべきだった。
客はそれぞれの個室に行っていて、ロビーには受付の女性店員が一人だけ。
一人に対しては絶対的な効果を持つ《忘我混沌》には最良な状態だった。
空はコードによって店員を睡眠状態にさせて、そのまま受付にあった内線で反崎と四葉がいると思われる客室にコールしたが、無反応。
仕方が無く、直接確かめに行ったのだ。
「電話掛けたんだから出ろよ……まったく」
黒い瞳とは対照的な色を持つ銀髪の少年……濁川空はそう溜息交じりに呟いた。
「あ、来てたんだ」
「そうだよ、わざわざ来たんだよ。お前を助けるのと反崎泉希という黒幕を捕まえにわざわざここまで」
四葉の普通の対応に少しばかり愚痴るように空は言い返す。
対して反崎は、何故この場所が相手に知れてしまったのか、その理由を頭の中で探していた。
その疑問に気付いたのか。空は自身の携帯を取り出しながら、理由を示す。
「携帯にはさ、GPSっていう便利な機能が付いててな。相手がどこに居るのか大体の位置が分かるんだ」
「まさか……!」
反崎は自身の犯した失態の一つに気付く。
沈村四葉は空の使いとして反崎に手紙を渡した。それは空の反崎に対する罠であり、反崎は見事にそれに引っ掛かった。
反崎はその腹癒せか、四葉を人質として一緒にここまで連れてきた。
だが空がその事を予測できなかったとは考えられない。そもそも反崎にどんなに小さな罪をきせたところで彼女が逃走し、身を隠せば捕まえることなど出来ない。
当然、空はその事についても策を打っておいた。その策とは沈村四葉だ。
彼女が反崎に人質として連れ去られるのは予測がついていた。いやむしろ連れ去って貰わなければ空にとって困った事態になっていた。
「偶然だか、沈村四葉と俺の携帯の機種は同じなんだ。ところで携帯会社には子供の居場所を親に知らせる為の設定をしてくれる親切なアプリがあるらしい」
沈村四葉という駒に課せられた意味は三つ。
一つは、反崎泉希が通り魔事件の黒幕かどうかを知るための判別道具。
一つは、黒幕だった場合に反崎に罪を犯させるための罠。
一つは、反崎の居場所を常に知らせてもらうための発信機。
濁川空は沈村四葉の居場所が常に分かる様に、携帯会社に設定を頼んでいた。
期間は十分にあった。四葉が試験を受けているうちに設定は終わっていた。
あとは反崎に連れ去って貰うだけで意味を成す。
「さて反崎泉希。宣言通りに潰しにきたぞ」
空は懐からスタンガンを取り出し、威嚇の代わりとしてスパークを起こす。
反崎は歯噛みをしながら、自身のこの場での敗北は覚悟していた。
自身が敷いた包囲網を掻い潜ってきたということは、目の前にいる銀髪の少年も自分と同じ身に余る力を持っているに違いない。さらには異性であるため、自身の力も通用しない。
相手は軽く武装までしているのに対して、自分は何の武器もない。人質として沈村四葉がいるがそれも今の状態では彼に脅しをかける事すら叶わないだろう。
しかし。
「本当に、私を裁けるかしら……」
それでも彼女の余裕は消え去ることはなかった。
「安心しろ。ちゃんとこの国の法律の下に裁いてやる」
「だけど私は女性なら誰でも操れる。法に関わる場所にだって女性が働いてる。例えおかしな事でも私は罪が免れることができる……ッ!」
「なら、コードを消せばいい話だ。お前が女性を操れなくなればただの人間に早戻りだぞ」
「出来るわけないでしょ! 確かに私の力は気付かれれば効果は無くなってしまうけれど、全国民にどうやって気付かせるって言うの!? 世迷言だと言われておしまいよ……!」
「だから根本を潰すって言ってるだろ」
「はぁ? 何を言ってるの……」
反崎は、この銀髪の少年の妙な自信にどこか気圧されていた。
まるで彼にはコードそのものを消し去る、殺す、食い潰してしまう力があるような。
そんな言い草に反崎は、どことない不安を感じていた。
その不安は一秒ごとに恐怖に変わり、その恐怖は自身の体すら蝕んでいく。
「おい反崎。震えちゃってるぞ、体」
淡々と空は反崎へと近付いて行く。
その一歩一歩が反崎にとって恐怖となり、体から力を奪っていく。
何故、怖いのか。何故、怖いのか。その理由が分からぬまま反崎は震えることしかできない。
理由が分からないのは仕方が無いことだ。そもそも空の言葉に、存在に恐怖を感じるなど普通ではありえない事なのだから。
彼はコードを消し去る術など持っていない。さらには武装も相手の行動を一時的に制限させる程度の威力しか発揮されないスタンガン。彼自身のコードも彼女のものと比べれば、相対的には弱く見える。
濁川空は特別な存在などではない。なのに彼女は恐怖してしまっている。
「や、やめ……来ないで…………」
「はぁ……きっとさ。殺された奴らもそんな気持ちだったろうよ」
呆れ気味に空は反崎に言うと、その首筋にスタンガンを押し付けた。
本来ならば痺れて動けなくなってしまう程度の威力だったが、彼女の精神状態では気絶するに値する威力だった。
倒れ込む反崎を放置し、空は電話を掛け始める。
「……急にどうしたの…………?」
反崎の様子は、客観的に、または四葉から見れば異常なものだった。
いきなり余裕だった表情を無くし、急激に恐怖へとその形を変えていったのだ。
一体何が起こったのか、空以外の人間には見当もつかない。
「《忘我混沌》……俺のコードで精神状態をちょっとばっかし操った。極度の恐怖状態に仕立てあげて、その状態で俺が攻撃する。おおよそ、彼女がまたコードを使用しようとすればトラウマという形で身体の方がそれを拒絶する」
濁川空にはコードを消し去る術がない。
しかし反崎が勝手にコードを使用しなくなれば、それはコードを消し去るのを同じ意味となる。
コードを使うと宣言した彼女を、極度の恐怖させたうえで濁川空が攻撃を加える。
気絶してしまう程の恐怖を脳裏に鮮烈に覚えさせ、再びどこかで彼女がコードを使用する際、この時の感情が自動的に思い返され、彼女は自然と体が震えてコードの使用を本能が拒むようになってしまう。
もしも彼女が少しでも空に抗う術をもっていたのなら、成立しなかった策。
それを空は実行した。実行できる状態にするように、最初から計画を立てていた。
「もしもし、俺だ…………やっぱりな。なら早めに来てくれ。あとは警察が正式な形でこいつを捕まえて、公式な形で裁かれれば……アンタの依頼は完遂だ」
「……どうしたの?」
「実は、お前が攫われている間に警察署内で暴動が起こっていたらしいんだが……それが急に治まったらしい」
通話を切り、四葉の疑問に空は答える。
おおよそ反崎が気絶してしまったことで、コードの効果が切れたのだろう。
「まあ上手く事が運べば、お前のところの部長さんも証拠不十分で不起訴か釈放されるかもしれない」
「……え、なんで?」
「なにせ俺とお前。その二人の目撃証言だけで成り立ってるからな。俺たちが嘘を言えば、簡単に釈放されるさ」
「え、でも……確かそういう事をやっちゃうと罪になるんじゃ」
「なんのために刑事と手を組んでると思ってるんだ。そういうのを誤魔化す為だろうが。目撃証言を怪しくするくらい楽に出来る」
空の言葉に思わず、四葉は口を開けてしまった。
何となくそうする理由は分かる。無理矢理、罪をきせられたイラスト部部長が可哀想だから空もそう行動するのだろう。
自分だって出来ることならば、そうなって欲しいと思っている。
だが、行動するのは濁川空だ。
沈村四葉を駒として扱い、さらには四葉の知らないところでは少女を発狂させて、挙句、反崎を泣かせながら気絶させるような事を平然とする男だ。
きっと、法のギリギリアウトの所をいく策を考え付いているのだろう。
「…………外道だっ! ここに外道がいる!」
だから四葉から発せられたその言葉にも空は肯定の言葉を返すしかなかった。
「そうだよ。なんせ俺は、濁川、だからな」
今日も世界は平和です、そして濁川は外道です。
あとは後日談だけですね。終わりは案外早そうだし、短編みたいな形で今後も書いて行こうかな……どうせ身内しか読まない作品ですし。