仲介屋 9
地下はむせ返るような血の匂いが充満していた。
通路に転がるアルツナイの男たちから、流れ出たものだけではなさそうだ。
「トーマス。ジーンは?」
目で、部屋の一つを示す。
軽口の絶えないトーマスが、そうしたのだ。中は悲惨なものなのだろう。
「ジーン」
部屋へ入りジーンに声をかけると、ガラハウより少し細い裸体を抱きかかえているジーンがいた。
「ジーン。その子は?」
ジーンの向かいにしゃがみ、裸体の少女を見る。
顔はひどく殴られたのか、左の頬は窪み、瞼も張りなく閉じていた。
恐らく、眼球はないのであろう。
口元も顎が砕かれているのか、だらしなく開けられ、口腔内に歯も見られない。
身体もあちこちに打撲跡、それに手の指もなくなっていた。
沸々と内から沸き上がる怒りに支配されそうになるが、まだ、できることはあると、頭を振って気を取り直す。
垂れ下がった腕の手首に指を当てる。
僅かではあるが、脈動を感じた。
「トーマス。闇属性の魔法を使う者に心当たりは?」
「フィッツの囲ってる道具屋の女がそうだ」
「治療院まで、連れて来てくれ」
「分かった」
「ジーン。他の子は?」
私の言葉に首を振る。
「そうか…だが、この子の身体も心も助けるぞ!」
「そんなの、できるわけ……。」
「私が助けると言ったんだ。必ず助ける」
「ガラハウ。先に治療院に行って、ラトーラに眠り薬の準備を伝えてくれ」
部屋の外のガラハウに言い放つ。
「使いが荒いったらないね。分かったよ」
憎まれ口を置いて、階段を駆け上がって行く。
私も階段を上がり、手近な開いているドアの部屋に入り、ベッドからシーツを引きはがし、地下へと駆け戻る。
「ジーン。これで彼女を包んだら出るぞ。時間が惜しい」
急いではいたが、丁寧に彼女を包む。
焦る気持ちを押さえながら、可能な限り揺らさないよう彼女をジーンと運んだ。
娼館街の野次馬たちが、建物を囲んでいたが構わず突っ込んで、道を作った。
絶対に助ける。
◆
「ここに寝かせてくれ」
治療院の治療室。
診察用のベッドに少女を横たわらせる。
ジーンはあれから言葉を発しなくなっていた。
この少女への仕打ちの酷さに、自身の仕事が絡んでいることが余程堪えているようだ。
「フリーデリケ様。準備はできてます」
「良し。まずは体の損傷を元通りにする。ラトーラは眠り薬を彼女に」
バタン。
治療室のドアが開けられる。
「連れてきたぜ」
「はぁっ…はぁっ……み、みず……ちょうだい」
膝に手をついて、肩で息をする女性もいる。
彼女が今回の治療の要だ。
「フリーデリケ様。薬の投与が終わりました」
私は、少女の呼吸を確認する。
だいぶ弱くはあるが、自発呼吸が出来ているので、何らかのショックで気を失っているのか、脳機能に障害が出ている可能性を考えた。
「レーゲネラツィオーン(リジェネレーション)」
聖属性の魔法で、傷を回復させるのではなく、術者の魔力を基に、損なわれた組織を再構成する魔法だ。
魔力消費は大きいが、生きてさえいれば、その身体と言わず内臓や脳と言った重要器官すら、再構築してしまうという神の所業に近い魔法。
だから、奇跡などと言われてしまうのだろうな。
ただ、この魔法は星屑シリーズのスキルを持った者にしか、取得も行使もできない魔法となっている。
少女の身体が淡い光に包まれ、その身体の失われたものが、目に見えて再構成されていく。
「奇跡かよ……。」
ジーンが久しく声を出す。
だが、私の魔力も無限ではない。
ごっそりと力が抜けていく感覚と、沸き上がる吐き気と目眩に抗いながら、魔法の行使を続ける。
「リケ。口を開けて」
隣に来たガラハウの言葉に従い、口を開けると、ビンの先をあてがわれ、中の液体を流し込まれた。
魔力回復薬。
僅かながら、失われていくものが抑えられる。
◆
えらく長く感じられた時間だったが、そこまで経ってはいないのだろう。
肩で息をしていた女性も、椅子に腰を掛けてはいるが、顔を上げるには至っていないからだ。
「身体の方は、これで問題ない」
「うん。指も歯も全部ある」
「左目もきちんとつながってますね」
流石、うちの主力の治療師と薬師だ。
「これで、これで助かるのか?」
ジーンが、私の両肩を掴んで揺する。
「身体はな……ここからは彼女の仕事だ」
椅子の上でぐったりとしていた彼女が、顔を上げた。
「私?」
「この娘の数日間の記憶を封印して欲しい」
「ちょっ!」
「禁忌に類することは知っている。だが、この数日間の仕打ちを覚えたままでは……。」
「そう言われても……。」
などど言いながらも、こちらをチラチラと見ているあたり、何かしらの見返りが欲しいってことだろう。
「フィッシャー……。」
「!?」
カマかけが盛大に当たったようだ。
「一週間ほど、好きにするといい」
「よっし!任せて!!この、暗黒の魔女と呼ばれた私だもの。記憶操作くらいやっちゃうわよ」
「頼む」
暗黒の魔女……。
どこかの書物で読んだような。
◆
「終わったわよ。なかなか、エグい記憶だったわね」
「見たのか?」
「見なかったら、どこを消すのか分からないじゃない。取り敢えず、ジーン。あんたが仕事を振る前の日から、記憶を消しておいたわ」
「封印じゃなく、消したのか?」
「封印なんて、何がきっかけで解かれちゃうか分かったもんじゃないもの……封印が解かれた後のこと、考えてる?」
「そこまで、できるとはな」
「じゃ、フィッシャーさんを自由にさせてもらうわね」
「明日、向かわせる。なんなら、そのまま落ち着いてくれてもいいぞ」
「そりゃ、いいね。街の男どもも、胸をなで下ろすことだろうよ」
私の軽口に、トーマスも続いた。
とは言ってみたが、暗黒の魔女の反応を見る限り、彼女はかなり奥手なようだ。
私たちの言葉に、顔を赤らめモジモジしだすくらいにはね。
「白狼。これでネリーは……。」
「ジーン。大丈夫だ。明日の昼ごろには目を覚ますだろう。それまで、ここで預かっておくよ」
「済まねぇ……何と礼をしたらいいのか」
「礼なんて考えるな。おかげで、敵の拠点を一つ潰せたんだからな」
「そっちの処理は任せてくれ」
「事務所に戻ってやんな。お前を待ってるぞ、ジーン」
「そうか……そうだな。白狼……フリーデリケだったか?」
「その名は忘れた方が身のためだ」
「こうしゃ……おっと、まだオレも生きてたいんでね。この借りは必ず返す。白狼」
「気長に待っとくよ」
軽口もたたけるようになったジーンが、治療院を去っていった。
派手に開幕してしまったアルツナイ戦。
間髪入れずに、何かアクションを起こしておきたいところだ。
鬱憤の溜まっている者たちもいることだし……。




