アルベドの背中 2
ポータルの魔法で領事館へのゲートを開き、皆を先に行かせた。
「私は別のところにも顔を出してから帰る。皆は先に休んでくれ」
最後に通過したトロストに、そう声をかけゲートを閉じた。
さて、もう一仕事しなくてはな……。
もう一度、ポータルの魔法でゲートを開いた。
開いた先は、カメリア王宮の謁見の間だ。
挨拶や外交式典等もあり、そこには何度か来ていたため、ゲートも開ける。
しかし、この魔法は世に知らしめるわけにはいかないな。
こんなことができてしまうのだから、隠し続けないといけない。
もし、こんな魔法が広まったら、それこそ暗殺だらけになってしまうだろう。
教会の連中が隠したがった理由も、今なら分かる気がした。
ハンドガンのアッパーボディを外し、チャンバーにあたる部分からコアを抜き、腰のポーチに入れていた別のコアと交換すると、再度、アッパーボディを被せる。
こちらはオルグとテスト中の、パラライズの魔法が撃ち出せるコアだ。
本当ならば、スライドを引いて交換できるようにもしたいのだが、そこは、要改善ということにしてある。
私はハンドガンを右手にぶら下げ、謁見の間を出ると、王の寝室に向かう。
気配察知は展開したままであるが、王城内の見回りは入口に近いところに集中しており、王族の居室の集まる上の方の階には、あまり配置されてはいないようだ。
見回ってはいそうだご、少しばかりタイミングを外すだけでやり過ごせそうである。
階段を登り王族の居室が並ぶ階へと向かう。
運が良いのか悪いのか、目的の部屋まで誰とも遭遇することなくたどり着けた。
王の寝室前に立つとドアノブを捩じ切り、室内にゆったりと押し入る。
ベッドには男が眠っていた。
カメリア国王であるヨゼフ・カメリア。その人だ。
私がベッドサイドに立つと、気配を察したのか、男はゆっくりと目を開け、私の顔に目を向けた。
すると、王は合点がいったように頷くと、ベッドに上体を起こす。
「君がハンニバルの言っていた狐だね」
寝起きの僅かに掠れた声。
「狐にございます。陛下」
私は立ったまま、お辞儀をするでもなく、そう答えた。
「表立って動く者ではありませんので、夜更けではございますが推参いたしました」
来訪の目的を口にする。
「それで、ヤツらは?」
「軍務大臣と基地司令の二人は誅殺。軍と私たちには、一人の損耗もありません」
「分かった。褒美は、追ってハンニバルから渡すように手配しておく」
「陛下。褒美はいりませんので、一つお願いがございます」
「手短に頼む」
言葉を聞くと、私は動き出した。
王をベッドに押し倒し、その上へ馬乗りになると、直ぐさま口を左手で覆う。
もちろん右手のハンドガンは、眼前に突き出しておいた。
「お前。自分の家臣を遊ばせ過ぎだ。議決権はなくとも、家臣を律することはできたはずだ」
私の言葉に、苦々しげな表情が目元に浮かぶ。
「政治はハンニバルたちに任せて、お前は一国の王であれ。さもなけりゃ、次は竜族がカメリアを焼き尽くすぞ」
竜族、焼き尽くすと言う言葉に、目を見開き、先ほどまでの苦々しい顔から、恐怖と焦りを感じさせる顔つきになった。
「これは脅しではない。現に、今回も魔族領の主である皇龍殿は、カメリアを焼き尽くすべく準備されていたのだからな……私に感謝しろよ」
皇龍という言葉は、ハイデル王国の童話にも出てくるくらいだ。カメリアであってもその名と、その恐ろしさは十分に伝わっているはずだ。
魔人封印の際に、最大の障害となった龍なのたから。
王は私の言葉に、コクコクと頷いてみせた。
それを確認すると、私は王の口元から手を離し、馬乗りだった体勢からベッドを降りた。
「あなたは何者なんだ」
誰しもが聞きたくなる言葉だろう。
「私はな、皇龍の嫁……と、でも言っておこう。カメリア王よ。私の言ったことは、忘れぬようにな」
王の目の前でポータル魔法を使い、領事館の執務室にゲートを開いた。
「再び、まみえぬことを願っておるぞ」
それだけ言い残して、ゲートを潜る。
本来ならば見せてはいけなかったが、お前の部屋にはいつでも来れると、しっかり覚えてもらう必要があったのだ。
多少の演出は許して欲しい。
こう言った魔獣や魔族を攫うという事件は、これで終わりにはならないだろう。
しかし、それはカメリアが国として、どういう対応をしていくかということだ。
それが、どうなろうと私の知るところではないが、再び起こるであろう事件を、私やゼノの知ることになれば、カメリアは終わることになるだろう。
◆
ゲートを出て執務室に戻ると、狐のメンバーが皆、残って私の帰りを待っていた。
「もうっ、リケちゃんてば、打ち合わせにないことするんだから、心配しちゃったわよ」
ゲートから出て直ぐに、マリアンヌが抱きついてきて、心配そうに、そう言ってきた。
「ほんとだぜ。あのまま、国王の所に殴り込んだんじゃないかって、ヒヤヒヤしてたんだぜ」
応接セットのソファで寛いでいたトーマス。
「お見通しか……殴ってはないが、忠告はしてきたぞ」
狐の面を外しながら、そう言った。
「フリーデリケ……お前」
トロストは、私の行動に驚き、茫然自失といったところだろう。
それ以上の言葉は出てこないようだった。
「まぁ、待て。私はキツネの面は外していないし、ハイデルとのつながりも匂わせてはない」
「なら、なんて名乗ってきたのよ」
マリアンヌは政治も国も関係ないので、興味津々といった顔で聞いてくる。
「皇龍の嫁と言ってきた」
ゼノには嫁に欲しいと言われているから、あながち間違いではないだろう。
『ゼノのお嫁さんになるの?』
エンヴィが思いの外食いついてきた。
「嫁ぎはしないさ……今はな」
「ふふふ。今は、なんだ」
マリアンヌが意味ありげに笑う。
◆
「ネズミ。私はな、街が汚いのが気に食わないんだ」
「なんですかい?藪から棒に」
駐在武官たちの演習を、倉庫街にある想定練習を行なっていた倉庫で、ネズミと見ていた。
「治療院は十分なのか?」
頬杖をつき、炒り豆を摘んで口に放り投げた。
「十分とは言えねぇですぜ」
「薬は行き届いているのか?」
「余計な薬はあっても、病気を治す薬は全く足りてねぇ。それに、有ったところで高くて手が出ねぇ」
「そうか。仕事は?」
また、炒り豆を口に放り込む。
「足りてりゃ、アイツラだって外で働いてますぜ」
やはり、気に食わん。
しっかりと説明して、分からなければ教えてみて、それでもならばやって見せてやればいい。
それだけのことを、何故、惜しむのか。
やはり、他人に期待するのは性に合わないのだな。
バンとテーブルを叩き、姿勢を正す。
「ネズミ。デカいことをやるぞ!」
「そりゃ、やってみたいですがね……先立つものってのがありやすでしょ?」
「心配するな。私は意外と金持ちだ!」
「ほんとなんでやすか?」
わざとらしく、大きなため息をつくネズミ。
実際のところ。私はトーリア領の税収も、ハイデル王国からの給金も手を付けていない。
それに、ハイデル王国の王都とカニアの街の治療院からの収入に、娼館三軒分の収入もある。
使い道のない資産は、増えていく一方だ。
しかし、その資産はトリーア領民のために使うべきなのだが、そこは王室直轄地であったため、今でも王室が管理をやってくれていることもあり、私が別段、費用と手を掛けることもない。
「まずは、あの辺りを買ってしまおう」
倉庫街の脇の広大な空き地を指さして言った。
大きな川沿いでもあるので、氾濫を恐れてなのか、農地にもなっておらず、手付かずとなっている。
「段階的に行くぞ……。」
私がネズミに説明した案は、街の人間に仕事もできて、街もキレイになって、風呂まで入れるようになる仕組みだ。
それが金になるのかと言われると、安定収入になるまでは大変だろう。
まずは、大型の焼却炉を作る。
ここに街で出たゴミを集め、それを燃料として火を燃やす。
三十路サラリーマンだった頃の世界なら、環境にも配慮した燃焼システムがあるだろう。
私の知識にあるのは、キャンプなどで使う焚き火台の二次燃焼システムくらいだが、ちょっとだけアーラス様に力を借りて、あちらの世界の知識を仕入れよう。
そして、同時に川から取水する施設を作り、その水を焼却炉の熱で温める。
後は浴場を整備して、そこに湯を流す。
ここまでやるだけでも、各施設の工事に、設備の施工に、浴場の管理清掃、それに、街からのゴミを回収して焼却炉まで運ぶ。
これだけでも、かなりの人足が必要となるだろう。
それに、仕事をすれば、技術も身につくというものだ。
先の焼却システムも、設計の理念と、何故そうする必要があるのか、そして、結果、どうなるのかが理解できれば知識にもなる。
「そ、そ、そ、そんなことができるんですかい?!」
「カメリアで稼ぐなら、自分でやって稼ぐしかないだろ?」
仕事につけない現状を考えれば、自分たちで仕事を作るしかない。
「そりゃそうですがね……。」
ネズミの心配も分かる。
カメリアの法律の壁や、外野からの妨害と、ネガティブなものを考え始めたらキリがない。
「ここにどデカい浴場を作って、そこに飯屋なんかもあったら最高じゃないか?それに、それを中心とした一大歓楽街を立ち上げたらいいじゃないか。宿に、賭場、酒場に女」
そこまで言って立ち上がった。
そう、先のことを考えず。まず、やってみようぜと。
「見せてくれよ。アルベドの背中ってやつをさ」
そう言って、ネズミに振り返る。
「あんた……ほんとに何がしたいんですかい?」
私の意図は理解できるが、なぜ、そこまでやってくれるのかは理解できない。
ネズミの顔が、雄弁に語っていた。
「私はな、気に食わないものを、一つでも減らしたいんだよ。それが、王であろうが国であろうがな」
「デカいお人ですぜ……全く」
「金と設備の設計は心配するな。後はお前のやりたいようにやってみろよ……ウマル」
「はぁっ?!あっしがですかい」
「私は公務で忙しいのだよ」
腰に手を当て、胸を反らしてみせた。
「さっきまで、暇そうにポリポリ豆食ってた人が、何を言ってるんですかい?」
「でも、やってみたいだろ?デカい山ってやつを」
ニヤリと笑ってみせる。
「そりゃぁ……。分かりやしたぜ。そこまで言われて、やらない理由はねぇっ!」
「色々あると思うが、手に負えなきゃ、私を頼れ……いや、違うな……上手く私も使って見せろよ」
「滅相もありませんぜ……そんな、大それた事」
「違う違う。頼るって言うと、遠慮が勝っちまうだろ?だから、私すら使ってみせるって気構えの方が、何かと声もかけやすかろう?違うか」
「そういう気構えってことですかい。合点がいきやしたよ。全く」
「お前にはたくさんの仲間も、慕ってくれる人もいる。あの街の人たちが笑って暮らしてる未来を、私にも見せてくれよな」
「へいへい。仰せのままに」
「まぁ、初めは設計からだな。自分の国で、城とか城壁を作ってたヤツの中に、縄張りやってたのはおらんか?」
縄張りと言うのは、向こうの世界で今でも使われている建築の基礎の基礎。
建物の外周と、内部構造をどういう配置にしていくのか、それを縄を張って仕切っていくことだ。
「いると思いますね。あたってみやす」
「完成は先になるだろうが、楽しみだな」
「気の長いお話しで……でも、普通に働いて、飯食って、帰る場所があって……」
「おい。泣くなよ」
「泣きたくなるってもんですよっ!求めたものが、手に入りそうなんですからっ!!」
目に涙を溢れさせながら、念願が叶いそうだという想いも一緒に溢れさせる。
「そうだな……そうだったな」
「おいおい。フリーデリケ。あんまりいじめてやるなよ?」
演習を終えたトロストが、私にそんな声をかけた。
「いじめてなんていないぞ。ウマルは喜んでるのさ」
「はいはい。今日もいい演習ができたよ」
どこか呆れたように聞き流され、演習の報告がなされた。
解せん。
「ここなら、風呂も入れるしな……トロストも入ってこいよ」
「えっ!?そんなに……だな」
自身の匂いを嗅いで、すごすごと風呂の方へと歩いて行った。
「カメリアでできることは、コレくらいかな?」
トロストの背中を見送りながら、一人呟いてみた。




