恋せよ乙女強制的に
「お兄ちゃん、良い……?絶対、絶対ぜーーーーーーーーーーーーーったい!!あのエセ聖女をモノにするのよ!!!!!!!!!」
「…………」
この三日間、散々聞かされた事を朝から繰り返す妹ルーリエに、ガゼルは顔を顰めた。
「あ!ほら!駄目よ、その!面倒くさそうな顔!!お兄ちゃんはただでさえ何を考えてるかわからないって、皆怖がるんだから……まぁ、でも、そういう冷静なお兄ちゃんだから、信頼されてるっていうのもあるけど、でも!女の子にそんな顔しちゃダメ!」
「…………なんなんだ、一体」
ガゼルはうんざりした。
いや、妹ルーリエのことは愛している。大切な家族だ。母親は違うがそんな事は問題ではない。自分を怖がりもせずあれこれ意見を言ってくる女はルーリエくらいなものだし、自分とは違いころころと表情の変わる様子は見ていて飽きない。
妹を守るためならガゼルは何でもするし、実際にしてきた。
しかしいくら大切な妹でも、連日のこの口出しは、苛立つものである。
「なんなんだ、じゃないわよ!わかってるでしょ……?貴族よ、貴族!これまでどんなにうちが大きくなったって、お金儲けが上手くいったって……!!……やっぱり、違うのよ……!!!!」
ぎりっと、ルーリエが爪を噛む。幼い頃から、理不尽な目に遭うと彼女が行う癖だ。
「…………」
ルーリエの言わんとする事はガゼルにもわかる。
……全くもって、嫌になる程。
父が公爵令嬢を暴行したという知らせは、ガゼルたちにとって死刑宣告を受けたと同じことだった。
もちろんガゼルは妹たちを守るために、必死に駆けずり回った。
父と商会が既に別のものであるように名義の全てをガゼルに移せないか、父は既に精神的におかしくなり、治療中であったとする、とか。
父がした事が「事実」ではあるが、それを覆せないにしても、なんとか、わずかでも守れるものが作れないかと、これまでの得意先やツテ、全てをしらみつぶしに使った。
ルーリエだけでも遠い地に嫁がせ逃せないかと、そんなことを考えもした。
だが結局、この国の「公爵」であるロークリフォロ家の名の前では、ハヴェル商会を、ガゼルたちを「守ろう」と動いてくれる者は誰もいなかった。
同情の声はあった。ガゼルたちまで巻き込まれるのは「可哀想」「気の毒」「不憫」だと、そう、同情してくれる者はそれなりにいた。だが、彼らはガゼルたちを助ける力はなかった。
(それがどうだ)
ドマ家の娘。
アザリアとガゼルが「婚約した」だけで、事態は何もかも、好転した。
ドマ伯爵はガゼルを「養子」にした上で、娘と結婚させるつもりだと発表した。
男の後継者のいない家門が、親戚筋から見込みのある男児を引き取り娘と結婚させるということはよくある事だという。
ドマの後継者の実父・ハヴェルは処刑の日取りが延期になった。
ハヴェル商会はロークリフォロ家のものになったが、アザリア名義の商会「ローザ商会」の運営をガゼルが行うと知ったかつての取引相手たちは皆ローザ商会と再契約を行う意思を示した。
これまでハヴェル商会になかった強力な後ろ盾を得て、そしてローザ商会の中身はそのままハヴェル商会のもの。運営も、ガゼルが行う。
ハヴェル商会を「見捨てた」と負い目のある者、同情心のある者、商会とガゼルの能力を値踏みした上で近づいて来た者など、思惑は様々だったが……。
ガゼルは失うはずだった多くの物が、手元に残ったことを理解した。
(アザリア・ドマが、俺を「好きになった」とか、そんな。たった、それだけで?)
疑問。疑念。疑惑。不気味さ。
ガゼルはどう警戒すればいいのかさえまだ決めかねている。
けれどルーリエは違った。
「やっぱり貴族は違うのよ。あたしたちを……利用したいならすればいい。でも、こっちだってもう、利用されるだけじゃない。お兄ちゃん、わかってるわよね?」
「……」
あの悪女を誑かしてドマ家を利用してやれと、ルーリエは決意したようだった。
妹の目にはあの伯爵令嬢がどう見えたのだろう。
*
「……あの、ガゼル様。これは……」
「………………」
朝の訪問。婚約中の男性だから花束を贈られたら、それはまぁ、熱愛ゆえの行動だろうと、ロマンス小説のシーンならそう思う。
だけれど朝のすがすがしい空気も全て淀ませるような、不機嫌と不快感を露わにした全体的に黒い配色の男性から、野の花を無造作に束ねたブーケを貰って……どう判断すべきか???
「アンタは高い宝石や手入れのされた庭園は腐るほど持ってるんだろう」
「……」
実際まだ自分で好みの宝石とかは持ってないが、まぁ……持てる身分ですね、えぇ。
……つまり??
自分が何を贈っても、貴族のアンタにはゴミでしかないんだから、ゴミを贈っても同じだろう、と??だから受け取ったら捨ててくれ、と???????
朝から何しに来たんですか貴方。
お忙しい身のはずだ。
商会の立て直しが最優先。ドマ家の名義の商会であるから、既にいくつもの貴族家がローザ商会と接触したがっていることはお兄さまから聞いている。
ドマ家に戻った聖女アザリア。その娘が立ち上げた商会。運営するのは有能なハヴェル商会の長男ガゼル。
ただでさえ注目される要素しか盛り込んでいないが、彼らの一番の『目当て』が何か、私は知っている。
聖女アザリアがロークリフォロ家滞在時に、公爵家からの「贈り物」としていた聖女の秘薬。
……一度目の人生で、私は奇跡を持って人の怪我や病を受け入れ治してきたわけだけれど……全ての人に一対一でそんなことをしていたら、療養時間を含めてとんでもない効率の悪さになる。
なので私は自分の身体で人体実験を行いながら、魔法薬の研究をしていた。
簡単なものなら風邪薬や解熱剤だが、それだって風邪をこじらせて死ぬ事の多い平民や貧しい物からすれば「飲めば確実にその瞬間に健康に戻る」秘薬として、公爵家を称える。あと疲労回復薬とか、作るのは少し大変だけれど、体の中の血が増える薬とか、良く眠れる薬とか……。
ロークリフォロ家が表向きは無償で配っていたそれらを、ドマ家がどれほどの高額で売りさばくつもりなのか。彼らは注目しているのだ。
「……」
まぁ、それは今はいいとして。
そんなこんなで、お忙しいはずのガゼルがどうして野の花なんて束ねてやってきたのか。
「…………」
雄弁なガゼルの目を見ても、わかるのは「困っている」ことくらい。
困る?何に??
「……商会で何か上手くいっていないことでもあるのですか?」
「いや……」
「それか、接触してきた貴族の対応で何か問題が?」
「いや」
何か困って、アザリア・ドマに助言あるいは協力を求めに来たわけではないのか。
否定され、私は小首を傾げる。
「……あの、私、朝食がまだですので……」
「……良い店が、あるんだが」
「……………はい?」
「……朝食を、」
………………はっ!!!!
私は思い出した。
この頃の、貴族と平民関係なく、流行っていた定番のデート!!!!!!
恋愛に盛り上がっている男女。
可能な限りずっと一緒にいたいもの。
それなので、朝の朝食から二人で食べて二人の時間を作りましょ♡
「…………………」
「…………………」
私は思わず顔を引き攣らせた。
……はっ、いや、駄目だ!!
表向きには、私はガゼルに一目ぼれしてぞっこんで、彼の為なら何でもしてあげたい職権乱用も厭わない悪女落ちした元聖女!!!!!
「う……う、嬉しいです!!こんなに素敵なお誘い、初めてです!!」
私のベストアンサー。
それは幸福極まりない笑顔で!!
ガゼルの花束を受け取って!!
朝食デートを快諾すること!!
正直、私ごときのために貴方の貴重な時間を使わないでいただきたいのですが!!!!!!




