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ドマ家のデザイナー


 晩餐ランチの用意は滞りなく進み、用意が出来たので食堂へお越しくださいと執事が知らせに来てくれた。


「変じゃないかしら?」

「大変お似合いです、お嬢さま!」


 私は大きな姿見の前でくるり、と回り自分の姿を確認する。


 先程まで着ていた外出着のような毒々しいドレスではなくて、今は淡い緑と白のレースをメインにしたドレス。


「わたくし共も、当ブティックの既製品を……これほどお買い上げいただけるとは……誠に、ありがとうございます」


 絶賛するメイドとは別に、深々と頭を下げるのは丸メガネをかけた中肉中背の中年女性、マダム・ベルタ。


 基本的に貴族のドレスの流行は王宮から発信される。王室御用達のデザイナーのドレスが舞踏会で披露され、それが最新のファッション。トレンドとなる。


 そして貴族令嬢たちは、お抱えのデザイナー、またはお抱えを作れない程度の家門であれば、街のブティックで流行にそったドレスを作る。


 既製品のドレスはオーダーメイド出来ない更に格下の家門の娘が買うもので、売れなければ意味がないためそのタイプはもちろんトレンドを取り入れたものだが、無難、誰でも着れそうなもの、色も派手ではなく落ち着いたもの。低い家門の娘が目立たず、問題なく着れる一着、と、そういったものになる。


 けれど、このマダム・ベルタの「既製品」は違う。


 中年のこの女性、化粧っ気もなく地味で、白髪の混ざり始めた顔は無造作に頭の後ろに丸めて収められている、大人しい雰囲気しかない。


 だれけれど彼女は現在のこの国で、最も野心家の女性であると私は知っていた。


 “モード商”マダム・ベルタ。


 生まれは平民。貧しい村で少女期を過ごし、手先が器用であったので髪結いの叔母を手伝いに小さな町へ出て、そこで叔母の恋人だった帽子職人から技術の基礎を学んだという。


 センスというのは生まれ持ってのものではなく、どれだけ多くの物を見て記憶し、それを自分がどう出力出来るかの選別力だと、ベルタは後の自伝で残している。


 ベルタはお針子になり、王都へ出て「腕のよいお針子」と評価された。だけれど、ベルタは「綺麗なドレス」を作りたいのではなかったという。


 彼女が作りたかったのは「流行」。


 自分が考え、生み出したデザインが多くの女性たちの憧れになり、身に着けられる。


 けれど、流行というのは貴族のサロンが、王宮の舞踏会が作り出す。


 しがないお針子には無理な話。雇われの身では自分の思うままのデザインが作れるわけもなし。


 ベルタは賭けに出た。一年間、自分の店を持ち、既製品のドレスを店頭に並べ、彼女のドレスを理解してくれる「顧客」を得る事。


 あまりに愚かな賭け。

 天才的な画家が一人で黙々と名画を描き続け、誰かがスポンサーになってくれるのを飢え死にするまで待っているようなもの。実際、ベルタに営業センスはなかった。彼女は自分のセンスに関しては絶対的な自信があり、それは間違いではなかったけれど、だからこそ「なぜ誰も見る目がないのだろうか」と、他人に失望しながらも、自分がこれ以上どうすればいいのかわかっていなかった。


 彼女は結局この国では成功せず、多額の借金を抱えて国から逃げるように出て、隣国のフレンツ王国でやっと認められる。

 この国だけではなく、あちこちで疫病がはやり、オーダーメイドどころではなくなったため、既製品のドレスが注目された結果ともいえるが。


「このドレスは素晴らしいわ。もちろん、あなたの作った他のドレスも」


 私は満足した、という表情を作りマダム・ベルタを褒め称える。


わたくし、レイチェルと同じようなドレスは着たくなくて……偶然貴方のお店のドレスを見つけられて本当によかった」

「ありがとうございます、伯爵令嬢」


 称賛を受け、マダム・ベルタの顔が赤くなる。評価されず、不遇をかこつ身であった彼女の初めての勝利。


 それも相手はドマ伯爵令嬢。


 王族でも公爵令嬢でもないが、その家門の実力は世間知らずのお針子の耳にも届いている。

 王族でも公爵令嬢でもないが、王宮に出入りし、王族や公爵家を相手に出来るだけの格のある家門。その上、ドマ伯爵令嬢は“聖女”という、貴族の娘以外の価値がある。


 借金が膨れ上がった可哀想なベルタには、ここで現れるのが天使だろうと悪魔だろうと関係ないのだ。


「ほら、わたくしはこれまで、装いに気を付けたことなんかなかったでしょう?だけど、これから婚約者と色んな舞踏会に出るし……あなたのドレスは、私の噂を広めてくれると思うの。もちろん、良い意味で」

「精一杯、尽くさせて頂きます」


 深々とベルタは頭を下げた。


 あなたをお抱えにする、今後私の着るものは全てあなたのドレスで、私はあなたの広告塔になるのよ、と、そういう風にベルタには聞こえたことだろう。


 私はもう一度鏡の前でくるり、と回った。


 最新の流行のドレスは花柄の生地が基本だった。宝石をたっぷりと縫い付け、これでもかというようにドレスを膨らませたデザイン。胸元が大きく開かれ、最も一目を引くその部分はレースと宝石で更に強調されている。

 コルセットで可能な限り細くされた腰に、パニエやペチコートでふっくらと膨らませたスカート。さらに腕部分までかぼちゃのようにふっくらとしているので、全体的な重量は相当なもの。歩く宝石箱、一財産である。


 だがマダム・ベルタのドレスはそれらとは真逆だった。まずコルセットは、着けることは着けるがそれほどきつく締めることはしない。


 すらり、と、女性本来の美しい婉曲をそのまま服の上から表現できるように。スカートは膨らませることなく、真っ直ぐに垂らされているが、たっぷり布を使っているので、動くと水のざわめきのようにさらさらと揺れ洗練された貴族令嬢が軽やかに歩けば布の光沢が美しい。


 ハイウェストのデザインなので足が長く見えるのもいい。もちろん私の足はもともと長いが??


 難点と言えば、かなり薄着であること。これまでコルセットの締め付けから、常に頬を紅潮させていた貴婦人が、ガタガタと寒さに震えるのはよくない。


 宝石が少ないことが「貧しいからそんなドレスしか着れない」と陰口を叩かれるスキを生みかねないが、ドレスの上に毛皮や華やかなショールを纏えば問題ない。


 実際、このドレスが流行した一度目の人生では開催される魔物の狩猟会などで「ご婦人に自分の獲物を奉げ」その贈り物である毛皮を貴婦人が身に着けるという男女のロマンスが生まれた。


 これまでのドレスと、シルエットから異なり過ぎるドレスは私にとって武器になるだろう。





「おぉ、娘よ!!なんという美しい姿か!!まさにお前は真祖にして我らが永遠の悪女ルクレイツィアの再来か!!」


 食堂へ降りると、既に着席していた父と兄がそろって私の姿を褒め称えてくれる。


 ちらり、と私の婚約者様、ガゼルを見ると隻眼の銀の目がじっと私を見て、そして逸らした。


 何も言ってこないが、この方の目は雄弁だ。


 そんな下着のような恰好……正気か!?という目だった。


 ……うん、えぇ、まあ……これまでのデザインと比べると……うん、言ってしまえば……そう、ですね。


 そういえばそうだな、と、私は思いつつ、片手を差し出した。


「?」

「エスコートしてくださらないの?」

「……」


 一瞬、顔が顰められた。

 私は彼の嫌いな貴族令嬢。そして彼に、自分の嫌いな貴族の真似事をしろと、そのように要求しているからの嫌悪だろう。


 けれど、あなたは復讐したいのよね?

 それならあなたは貴族にならないと、土俵にだって上がれない。平民という身分がいかに無力か、それを身に染みてわかっているガゼルはやや躊躇いながら、私の手を取った。


「うむ。素晴らしい。それで、早速だが……アザリア。愛しい娘よ」

「はい、お父さま」

「お前がこれからロークリフォロ家を面白おかしく潰すにあたり……そして結婚祝いに、この父からささやかな贈り物……いや、押し付けるつもりはないのだが、提案がある」

「提案……?」


 既に商会の立ち上げや従業員の移動の手続きでお父様にはかなりの貸しがある。ご本人「楽しいなァ!ごっそりまるまる、人を頂くとは!気付いた時のロークリフォロのアホ面が目に浮かぶなぁ!」と嬉々とされていたが、まぁ、それはそれとして。


「お前の夫となるガゼル君に、ドマ家を継がせなさい」


 ……はいぃいい!!?


 私は思わず叫びそうになったが、お父さまの愛する悪女アザリーはこんなことでも狼狽えない。


 隣に着席しているガゼルも初耳なのか、驚いているのがわかった。

 だが、これまで伯爵家嫡男だったはずのお兄さまは落ち着いている。


 私の視線に気づき、お兄さまはウィンクした。


「さすがはアザリー。お兄さまから爵位を奪うなんて、お前は大した妹だね」

「……お兄さま」


 は?え?なんでお兄さま嬉しそうなの???


 お家騒動じゃないかこれ。

 私はどういう表情をしたらいいかわからず、お兄さまの微笑みににこり、と笑顔を浮かべる。


「アザリーの策にはまって……俺は自分がドマとして未熟だった、覚悟がなかったと思い知らされたよ。確かに、俺はドマの男なら……父さんを毒殺して爵位を奪うべきだった」

「うんうん。全くだ。ただ長子として生まれたから爵位を得るのは当然だと、愚息め。甘やかしすぎたな」


 駄目だと思います毒殺。


「その点、アザリーは立派だ。この国の法律では女の身じゃ爵位は継げない、という常識を……平民の男を夫にすることで自分が実権を握り、実質的な当主になろう、っていうんだからね」


 と、お兄さまのウィンク。二度目。


 お兄さまは私がガゼルに求婚したのはこれが目的だと、そのようにお考えになられたらしい。ガゼルの見た目が「私好み」だと思ったのもあるかもしれない。実家の生命線を握り、こちらに逆らえないようにするまで、完璧だ、と高評価。


 目の前で「傀儡にします」と言われたガゼルは沈黙している。


 私は「違いますよ!!?」と目で訴えたが、冷たい目を向けられるだけだった。




 



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