美味しい食事
ドマ家の晩餐は、次々と料理が運ばれてくるコース料理ではなくて、大きなテーブルに一度に肉料理や野菜、果物、焼き菓子などが全て並べられ、そこから好きな物を選んで給仕に皿に取ってもらうというスタイルだ。
料理が冷めたり劣化することはない。
ただの毎日の食事に、魔石と魔法具をたっぷりと使い、熱い料理は熱いまま、冷たい料理は冷たいまま。柔らかな肉が硬くなることも、野菜がしなびることもない。
傍らには簡易的な調理台と料理人が控えており、テーブルの上の料理にもうひと手間加えて食べたいときは、彼らが望みを叶えてくれる。例えば、パンはお粥にしてほしい、とか、お肉は刻んでサンドイッチにしてほしい、とか。
私はちらり、と、隣に座っているガゼルを見た。
「……」
黙って食事をしている。何を考えていらっしゃるのか。悩んでいる、というのは私の目にもわかった。
この場にて、この状況を、彼はどう受け入れるつもりなのか。
ドマ家を、悪女を利用してやろうと抱いていた野心が陰っているのか。どうすべきか、自分が憎んでいた貴族というものが、思ったより「友好的」だとでも、そんな風に、思い直そうとしてくれているのか。
(良い人なのだわ。本当に)
私は一度目の人生の、最後の記憶を思い返した。
鐘の音が聞こえる、牢の中。
傷みと苦しみと悲しみでいっぱいになり、もう早く死ぬ事、もうすぐ行われる処刑の事ばかり考えていた私に、ただ一人同情してくれた人。
名前は知らなかった。
牢の前に、忍び込むようにやってきて、私を逃がすと言った。
『アンタに妹を助けられた』
そう言っていた。妹さんが疫病にかかっていて、私が治療したと言う。多分、疫病の広まった後期の頃の患者だろう。一人一人きちんと顔を見る暇もなく、流れ作業のように病を受け取って、どんどん私の体が腐っていった。
疫病を広めた魔女だと言われているのに、恩人だと、未だに思えているのかと私は、その人が不気味だった。何の罠だろうかと疑った。ここで希望を与えて、逃げられるようにして見せて、走り出した途端、首を縄で縛って、また牢へ引き摺って行くんだろうと、怯えた。
誰も信じられなかった。何も信じたくなかった。
全身で否定して、嫌だと、もう苦しめないでと必死に叫ぶ私に、彼は『信じてくれ』と懇願した。牢の限界まで後ろに下がり、彼の伸ばす腕を拒絶した。
『嘘つき!!もう嫌!!妹が、なんていうのなら、私がこのまま死なないとまた病になるかもしれないじゃない!!嘘つき!!もう騙されない!!もう、誰も私を裏切って、楽しませやしない!!』
愚かな世間知らずの小娘だと、笑って、最後に楽しもうとでもしているんだ。
大嫌い、何もかも、大嫌い、大嫌い、と、私は人を呪う言葉も知らず、幼稚なその言葉だけを繰り返した。
彼は暗がりの中でもわかるほどに、顔を顰めた。
何も言ってこなかったけれど、その目が深く傷付いていたのが、今ならわかる。だけれど私は彼の目が何を訴えているのか、考えようともせず喚き散らした。
「……さっきから、なんだ?」
「あら、失礼しました。お顔が本当に……素敵なので、つい」
「……」
大好きです、と、私が微笑むと、ガゼルは顔を顰める。心にもない事を、と、そのように、私の言葉を全く信じないその様子。私は構わなかった。
「それで、婿殿はどういう悪だくみを考えているのかね?」
「……悪だくみ……」
「計画とか、そういう事を、我が家では悪だくみと表現するんです」
ドマ家の家庭内用語のようなものだと説明すると、ガゼルは一度目を伏せた。
お父さまは私がガゼルを手に入れる為にこれまでの事を企み、ガゼルに気に入られるために一緒に公爵家をぶっ潰そうね!と、するつもりだとお考えらしい。
ガゼルが私をどう利用するつもりなのか、娘をきちんと正しく悪用できるのかと、そういう試験のようなもの。
「……復讐したい相手は三人。平民が財産を持つことは悪だと決めた国王。その手伝いをし、うちの商会の財産を自分たちの都合の良いようにしようとしたロークリフォロ公爵」
三人目はレイチェルかな、と私は思った。
自分の父親を誑かした女。
けれどガゼルが上げたのは、別の人間だった。
「三人目は、ハヴェル。俺の父親です」
「ほう」
「俺や妹、従業員たちを巻き込んだあの男を、貴族を傷付けた罪で処刑、だとそういう理由で死なせるつもりはありません」
父への失望、憎悪。
息子として、父のした事の「清算をさせる」という義務感。
色んなものがないまぜになり、出されたガゼルの言葉に、お父さまは大変嬉しそうだ。
「そうか。そうか。ではまず、父君をあの正義面した貴族どもから救出せねばな。明日にでも処刑されかねない男だが」
「それの事でしたら、わたくしとガゼル様の結婚……法的には、最低でもひと月の婚約期間が必要ですので……まず婚約発表をすれば、ドマ家の婿になる男を、みすみす公爵家が殺しはしませんね」
「俺が伯爵令嬢に近付いたのは、父を助け出すためだと考えるでしょう」
私は先ほど、門の前、他の人間、野次馬たちの目がある前で、ガゼルに求婚した。一目ぼれだというように、愚かな小娘が平民の男を気に入った、と。気に入られるためなら彼の言いなりになって、公爵家に囚われている父を助けたいと思うだろうと、そう。
レイチェルの顔を治せる私が、だ。




