#058――テロリスト13
一話前の区切り方が不自然だったので、少しだけ前話を含んで始まります。
ご了承ください。
トロンボーイは雷神が如き速度で、一瞬にして影汰をリーチに収めた。
機械式のスーツによって生み出される力を利用し、雷のような速度で剣を振るった。
しかし、その確信の一秒にも満たない間に、トロンボーイは不思議なものを目にした。
影汰の手には、いつの間にか黒い刀のような形をした闇が握られていたのだ。
思考加速装置により、それすら一瞬で理解することが出来たが、別段この斬撃を止めるほどの問題には思えない。
それは愚か、「浅い」――とまで考えていたのだ。自然操作系の恵まれた根源を所有しておきながら、やることが刀のような形の闇を作るなど、余りに「浅い」。
だからこそ彼の口角は、静かに持ち上がった。これから己が選択を呪いながら目の前に倒れるこの愚かな男を思い、嘲笑したのだ。
それから更に一秒後、「おかしい」――と感じていた。無論「可笑しい」という意味合いではなく、「違和感がある」――という意味合いだ。
彼の電気を纏った剣が、およそ一秒が経過しようとも影汰に到達しない。
高機能な視覚サポートシステムが、正確な時間をトロンボーイへと伝えていた。
だからこそ違和感は膨れるばかりであり、理想と現実がまったく一致しない。
その間に影汰が闇の剣を動かし、トロンボーイが振るう剣を防ごうと動いていた。
もはや圧倒的思考速度すらその行動の意味が理解できず、ゆっくりと二つが接近していくのみだった。
やがて二つが合わさると、お互いの刃から極わずかな火花が散った。
自身が所持する剣はさておき、たかだか自然操作系統の根源が生み出す刀が、それほどの強度を持つのかと、トロンボーイは驚愕していた。
それははっきりと表情に出てはいたが、彼がスーツを脱がない限り、影汰に伝わることはないだろう。もしもそれが見えていれば、影汰がトロンボーイの底を知り、手加減をしてくれていた可能性もあった。
しかし、今の影汰にとって彼は強敵である。
ある種の期待値というような意味合いすらある警戒心が、最大限にまで高まっていた。
だからこそ、今宵の彼の脳裏からは手加減という一般教養すら抜けていたのだ。
「これは所詮、刀みたいな形をした闇でしかない。有形であり無形、そもそもそこに形を求めることすら間違っているのかもしれない。ただ…人が扱える形に力を整えるという意味合いで、僕は形を持たせることにしたんだ。」――影汰がボソリとつぶやいた。
高性能収音機器が搭載されたトロンボーイの耳は、正確にそれを聞き取った。
そして、その瞬間トロンボーイの剣と合わせていた闇が、まるで溶けだした氷のように一瞬宙へと広がり、そのまま彼の剣を通過した。
闇は液体のようにトロンボーイの顔面を包み込むと、瞬間的に膨張したのだ。
この間、トロンボーイ本人は視界の全てを失っている為、何が起きているのかすら理解することも出来なかった。
やがて彼の顔面を包み込んでいた闇が溶け出し、ようやくトロンボーイは解放された。
顔面部分を覆っていたヒーロースーツは、無残にもひしゃげている。
トロンボーイの意識は既になく、その場に膝から崩れ落ちた。
有形からの無形――それはまさしく、人の想像の限界を超える。
「…まずい、やりすぎちゃったか?」――影汰は倒れるトロンボーイの側で屈んだ。
彼の首元に触れ、息を確認する。意識を失っているだけだと、ほっと一息ついた。
「さて、それじゃぁ馬渕さんに加勢しようかな。」――そう思い、影汰は振り向いた。
振り返った際の馬渕の状況を端的にまとめると、地獄絵図だった。まず、ミスタージャックの周りには無数の折れた剣が落ちており、彼自身も既に地面とキスをしている。
次に、馬渕の右手に頭を握らているのが、シャカリキゴウリキガイだった。
大前提として、肉体強化系には、強化できる限界値に差があるらしい。
例えば一般的な訓練を受けた軍人が1だとすれば、馬渕の最大筋力は優に千を超える。
阿久津曰、馬渕が肉体強化系の最大値であり、彼こそが到達点であるらしい。
だからこそ、シャカリキゴウリキガイの末路は、ある意味当然なのかもしれない。
馬渕は、シャカリキゴウリキガイが動かなくなったのを確認すると、手を放した。
シャカリキゴウリキガイは地面にうつ伏せに倒れると、そのまま動かなかった。
そこから直ぐに目を反らし、馬渕は一言――
「さて、それじゃ影汰に加勢するか。」――そして、彼も振り返った。
影汰の方を一目見て、既に戦闘が終わっていることを理解した。
「…おつかれさん。良い働きだ。」――馬渕は、影汰を軽く労った。
「流石馬渕さんですね。僕とほぼ同時でしたよ。」
影汰の方が数舜速く終わったように思えるが、馬渕も既に戦闘そのものは終えていたので、二人の戦闘時間には、ほとんど差がなかった――という意味だ。
二人は、敵が全員倒れている現場を見まわした。
「いい感じだな。敵が増員される前に、コンテナを撮影しよう。」
「…そうですね。」――影汰の脳裏に、嫌な予感が走る。
思い浮かんだのは、シャイニングの顔だった。
もちろん顔――とは言っても、スーツの上から見ただけではあるが。




