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こんなにも美しい人殺し

「岡庭さん……。」


狭山くんは少し落ち着いたのだろう。

テッシュで鼻をかんで、息を整えると声をかけて来た。


「なあに?」


「岡庭さんは俺が犯人ってわかってた?」


「……綺麗な服着てたってことは顔見知りで、特別な人の可能性が高いし、妊娠してたって知ってるの身内くらいだろうとは思った。


で、内臓を取って隠そうとしたのは連続殺人鬼の模倣をしたかったのかと思ったけどそれにしては手口が色々違うから、内臓を隠すこと、妊娠を隠したかったんだろうなと思って。


妊娠を知っていて隠したいのはどうしてかなって考えて、浮気とかだと思って……。」


まさか、近親相姦の末の子供を隠すことだったとは思わなかった。

そう続けられず、私は言葉を切った。


「あと、その、お母さんの表情が殺された人間とは思えないほど綺麗だった。

抵抗もそんなにしなかったんだろうと思うと大事な人……家族かなって。


お父さんかもと思ったけど、お父さんなら車使えるんだからわざわざあんな所に呼び出さないよね。

弟くんは違うと思った。受験のストレスで殺すってのはよくあるけど、合格したのに殺すかな?って。

だから狭山くんなんじゃないかって……。」


狭山くんは顔だけをこちらに向けた。


「それを確かめにここに来たわけ?」


「……そう……だね。」


「……通報しないの。」


彼のどこか諦めた声が悲しく聞こえる。

私は力強く首を横に振った。


「しないよ!

私は狭山くんが困ってるなら助けたいと思って……!!」


狭山くんの涙に濡れた瞳が私を捉える。

なんて綺麗なんだろうと関係ないことを思った。


「なんで?」


「な、んでって……。」


グッと喉が詰まる。

彼の視線に耐えられず、自分の手元を見る。バイト先の決まりで短く切った爪。


徐々に自分の耳が赤くなっていくのを感じた。熱が顔に、首に、溜まっていく。

喉まで熱がきた時思わず口をついていた。


「狭山くんのことが……好きで……。」


ああ、言ってしまった。

言ってしまってから、言わない方が良かったと気づく。

彼の状況を考えてみろ、告白なんか受けている場合じゃない。

というか、彼からしたら私は彼の弱みを握った上に告白してきたとんでもない女じゃない。

断ることも出来ず、かといって受けることも出来ない。


ハッとなって今のは忘れて、と叫ぼうとした。

それよりも早く狭山くんの腕が私の手を掴んだ。


「本当に助けてくれる?」


狭山くんの目は真剣だった。

少なくとも私には冗談を言っているようには見えなかった。


美しい瞳が真っ直ぐ私を捉えている。

私はぼんやりとした声で「出来ることならなんでもする」と答えた。


「なら、一緒に逃げてほしい。」


狭山くんは絞り出すような声で、逃げたいと言った。

一緒に逃げてほしい。


「……え?」


「わかってる。本当は自首するべきだって。

でも……でも、俺の動機が世間にバレたらどうなる?

母さんは、死んだのに、殺されたのにきっとバッシングを受ける。そんなの耐えられねえよ。

離婚して逃げ出そうとした父さんも、堕胎のやり方調べてた正也も頼りになんない。全部逃げ出して母さんのこと守ろうともしないだろうよ。

俺が殺さなければそんなことにもならないだろうに、でも母さんは……。」


狭山くんは私の手をギリギリと握る。


「怖いんだ……。

もう全部、何もかも。」


狭山くんはきっと未だ幸せだった頃の家族を思って泣いている。

彼の母親が、自分の息子の子供を妊娠しなければ、そのことを隠していれば、その子供をいっそ殺していれば、こんなことにはならなかったのだろう。

そして彼の弟が母親を妊娠させなければ、彼の父親が向き合っていれば、彼はここまで追い詰められなかった。


私は狭山くんに負けないくらい強く握り返した。


「一緒に逃げよう、狭山くん。」


「……いいのか?」


「言ったじゃん。

私に出来ることはなんでもするよ。」


狭山くんは苦痛を耐えるかのごとく目を閉じた。

濡れたまつ毛が乾くことなくまた涙が流れた。


✳︎


私は準備をする為に狭山くんの家を出た。

今日の深夜、彼の家に再び集合することになった。


私はその足で狭山くんのお父さんと弟くんのいる場所に向かう。

お爺さんのところにいるというから、てっきり地方なのかと思ったが意外にも都会に行っていた。


教えてもらったお爺さんの家から背の高い男が出てきた。

きっと狭山くんのお父さんだ。

後に続いて中学生くらいの男の子も現れる。


「狭山くん……狭山正人くんのお父さんですよね?」


彼の父親は、彼そっくりの茶色の瞳で私を見た。

きっとマスコミか何かだと思って警戒しているのだろう。

私を捉えた瞬間眉がギュッと寄る。


彼の弟も同じ表情を浮かべた。


「……あなたは?」


「彼のクラスメイトです。

少し、その、話したいことがあって。」


「話、ですか?」


「狭山くんの、あ、正人くんとのことなんですけど……。

ここだと話しづらくって……。

あそこに公園があるのでそこでお話ししてもいいですか?」


「構いませんが……。」


狭山くんのお父さんは怪訝そうな顔だ。

当たり前だろう。

いきなり息子のクラスメイトを名乗る女が現れて話がしたいと言ってきて、笑顔でなんでしょう!と言える人なんて殆どいないんじゃないだろうか。


私と、狭山くんのお父さんと、弟くんの3人は黙って公園まで歩いた。

たどり着いたときは、街灯しか辺りを照らすものが無くなっていた。


「あ、そこのベンチに座っててください!

私、飲み物買ってきます!」


「あ、えっと、」


狭山くんの弟くんは戸惑ったような声を出していたが、無視をして自販機まで駆けた。


2人はどうしたものかと半腰でこちらを見ていたが、私が駆け戻るとゆっくりベンチに座った。


「お茶で良かったですか?」


「え、ええ、なんでも。」


私は2人にお茶を渡し、自分の分のペットボトルを開けた。


カツンと音がした。

私のペットボトルのキャップが地面に落ちていた。


「あっ、」


狭山くんのお父さんと弟くんも気付いたようで、ペットボトルのキャップに視線が向く。


2人はベンチの下に転がったキャップを見つめ、それを取ろうと屈んだ。


チャンスはここだ。


私はその首筋にコートのポケットから取り出したスタンガンを当てる。

まず父親。

音に驚いた次男がこちらを向くよりも早く、父親と同じようにスタンガンを押し付けた。


2人とも声にならない声を上げて地面に倒れこむ。

気絶したようだ。

高い買い物なだけあったと毎度ながら思う。


私は100均の黒い雨合羽を着て、2人を仰向けにした。

男2人は中々に大変そうだ。

覚悟を決めて2人の腹にナイフを突き立てた。


父親の方の腹を切り開いて、胃を取り出す。

もう5人目、慣れたものだ。

最も、彼らの胃袋を取り出す行為に意味はない。

あれはバイト先のクレーマーを殺した時に、胃の内容物からバイト先がバレると面倒だと思ってやっただけなのだ。

この2人の胃袋になんの意味もないが、連続殺人に見せかけなくてはならないので仕方がない。


連続殺人に見せかけなくてはならない、と言っても犯人は同じなのだから連続殺人なのだが。


次男の方の胃袋も取り出すと、雨合羽を脱いでそれに2人の胃袋を包んだ。

とどめを刺さなくても、出血多量で死んでいる。


私は2人の開けられることなかったペットボトルも回収してその場を後にした。


✳︎


「クロ。」


庭に入ると一匹の大きな豚がのそりと起き上がった。


「ほら、ご馳走だよ。」


私はクロに2人の胃袋を寄越した。

クロは大喜びで鼻を鳴らしながらご馳走にありつく。


私はペットボトルと雨合羽を処分し、バタフライナイフを洗う。


世の中の親のうち、自分の娘が連続殺人犯だと思う親はどれだけいるのだろうか。

少なくとも我が家は違う。

4度、血塗れの雨合羽を処分して見つかったことなどない。


クロがご馳走を平らげるのを見届けて、出発の準備をする。

必要なのは何日分かの着替えと、歯ブラシ、それからなんだろうか?

とにかくお金は必要だ。

今まで貯めていたお金をぬいぐるみの中から取り出す。


銀行に預けると母親が勝手に引き出してお酒を買ってしまうが、ぬいぐるみの中なら安全だ。

数えると結構な金額が貯まっていた。


適当に支度をして家を出る。

早くしないと終電が終わってしまう。

私は時計を見て走り出した。


✳︎


狭山くんの家に戻ると、彼はスポーツバックに荷物をまとめて玄関に座って待っていた。


「ごめん、お待たせ。」


「いや、平気。」


狭山くんはちょっとだけ笑った。

吹っ切れたのか、ヤケになったのか。


「あのね、狭山くん。

捕まらずに逃げ出す方法なんだけど……。」


「なにか方法があるのか?」


「……うん。

狭山くんも連続殺人鬼に襲われたことにすればいい。」


「……どうやって?」


私はポケットからバタフライナイフを取り出して見せた。


「これで、腕とか切って血をばら撒く。」


これで狭山くんも襲われたことにすれば、警察はきっと犯人は狭山家に恨みのある人物だと思うはずだ。

私たちまで捜査の手が伸びない……だろう。


狭山くんは腕を少しおさえた。

怖いのだろう。


「ごめん、他に方法が浮かばなくて。」


「……いや、俺の方こそ、巻き込んでごめん。」


彼はちょっと深呼吸して、それから腕をまくって見せた。


「それ貸してくれ。」


「……私が、やる。

狭山くんは、まるで殺人鬼に襲われたみたいに逃げ回ってほしい。」


彼は逡巡し、「……わかった。」と息を吐きながら言った。


「やってくれ。」


私は頷いて、狭山くんの腕にナイフを突き立てた。


✳︎


果たしてあれで警察の目をくらませられたのかわからない。

しかし未だに警察が私たちを捕まえていないということはうまく言ったのだろう。


あれから私たちは東京を出て、西へ逃げていた。

未成年でもなんとかやろうと思えばなんとかなるもので、ちっちゃなアパートを借りて、短期のバイトを繰り返しながら食いつないでいた。


あの連続殺人事件は、狭山家に恨みのある人物が一家を皆殺すためにまず行きがかりに4人を殺して練習、その後本番に移ったとされていた。

狭山くんが失踪したことは、犯人に襲われた狭山くんは命からがら逃げ出すも、家族が全員殺されたことを知って姿をくらましたとなっているようだ。


狭山くんのお父さんと弟くんの事件は大々的に報道され、彼は私を抱き寄せ「ありがとう」と囁いた。


もう五年も前になるのか。


私は狭山くんの背中を見つめる。

今日は2人ともお休みで、狭山くんが料理を作ってくれていた。

というか、料理はいつも彼が作ってくれる。

朝ごはんも、お昼のお弁当も、夕ご飯も全てだ。我ながら情けない。


「岡庭さん、お皿出して。」


「うん。」


私たちは五年も同じ時を過ごしているというのに、未だに苗字で呼び合っていた。

そもそも、付き合っている訳ではない。

ただの友人に毛が生えた程度の関係だ。


私はこのままでも勿論構わないが、狭山くんはどう思っているのだろうか。

もし、私から離れたければいつでも離れてくれていいとは伝えてある。

とは言え情に厚い彼はそんなことも出来ないのだろう。


申し訳ない気持ちに襲われながらも、料理を机の上に乗せる。

今日は私の大好きなオムライスだ。

いい匂いが部屋中に漂う。


「狭山くんって本当料理うまいよね。」


「そうか?

岡庭さんが適当なだけだと思う。

全部男の料理みたいになってるし。」


「ハハ……。

ご飯はカップラーメンかコンビニ飯かバイト先の乾いたサンドイッチだったもので……。」


「栄養偏ってんなあ……。」


そういえばあのバイト先で働いてなければ狭山くんとこうやって暮らすことも無かったのかな、と感慨深くなりながらケチャップをかける。


「まあ、俺が作ればいいから良いけど。」


「でも、いつまでも作れないって訳にはいかないから、料理習わないと……。」


「なんで?」


彼はキョトンとした顔でこちらを見つめた。

五年前に比べ、彼はより一層格好良くなった。

道を歩いているだけで女の子が腰砕け……とまではいかずとも、チラリと見られているのはわかる。


「なんでって……」


「今の所夜勤やる予定ないけど……。

昼飯、お弁当じゃ足りない?」


「そうじゃなくて、さ、狭山くんといつまでもずっと一緒にはいられないんでしょ?」


なんとなく責めるような、まくし立てるような口調になってしまって慌てて付け足す。


「狭山くんには狭山くんの人生があるんだから、私といたくなくなればそう言ってくれて構わない。

別にあの事件のこと負い目に感じて、私に気を使うことないんだよ。

もう、五年も一緒にいられたから、私は、平気。」


狭山くんの目を見ることが出来ず、手元を見ながら伝えた。

しかし暫く待っても狭山くんからの返事がない。


どうしたのだろうと顔を上げると、苦しそうな顔をしていた。


「狭山くん……?」


「……岡庭さんは、俺ともう一緒にいたくない?」


「まさか!」


とっさに否定してしまい、これじゃいかんと控えめな言い方に言い直す。


「あ、や、その、狭山くんが良いなら、一緒にいたい……。」


「俺も。

岡庭さんが良いなら一緒にいたい。」


予想外の言葉に喉から「え」とも「う」とも「ん」ともつかない声が漏れた。


「い、一緒に、いていいの?」


「頼むから、一緒にいてほしい。」


そう言って狭山くんは私の腕を取った。

手のひらがすごく熱い。私のも、狭山くんのも。


「岡庭さんは、岡庭さんはさ、俺が母さんを殺したの分かってても、俺の責任じゃないって言ってくれた。

それどころか、俺が憎くてたまらなかった父さんと正也を殺してくれて、更には一緒に警察から逃げて側にいてくれた。

岡庭さんがいなかったら、俺は多分とっくに自殺なりなんなりしてたよ。

でも、岡庭さんはいてくれた。

だから俺は今ここで岡庭さんと一緒に、幸せに暮らせてる。」


狭山くんの言葉に、私の目から涙が溢れてきた。

彼がこんな風に私を思っててくれたなんて。


「岡庭さん、俺とずっと一緒にいて。」


狭山くんは私を抱きしめた。

私も狭山くんを抱きしめ返す。


こんな幸せがあっていいのだろうか。

涙が止まらない。


「うん、狭山くんとずっと一緒にいる。」


私に訪れたのは7人の命の上に立つ幸せだ。

それはきっと強固で、何者だろうと崩すことはできないだろう。


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