LV.9 相性
一定数を討伐したところで、帰還するために森の入り口を目指して歩く。その間は、無言、ではなく、先輩からの批評、というか、肩書きと年齢だけは先輩の、偉ぶったダメ出しをたっぷりと浴びた。
「お前は、多少は感みたいなものが鋭いが、まだまだ甘えな。視野が狭いし、しなやかに剣を触れてねえ。そんな荒削りな戦い方じゃあ、大事な任務で使ってくれねえぜ、同じチームの上杉や水無月に先越されんぞ」
「あいつらは関係ねえだろ、同期を引き合いに出すなよ」
「入って2週間も経たねえのに対抗心メラメラなのな。ちゃんと仲良くもするんだぞ」
真面目な話を一気に逸らして、ふざけ調子に笑う。本当に、つかみどころのないやつだ。
しかし、急に真剣な表情に戻る。
うるせ、と言い返す俺の声を遮るように、誰かを威嚇するように正面を向いている。
その視線を辿ると、黒く、俺たちよりも数十センチ大きな影が見えた。
黒いローブを纏った、人間。俺たちより年齢はいくらか上に見える大人。
ガラの悪そうな、スキンヘッドの男。
ニヤリと笑うその褐色の顔に、殺気を感じた。
その男が、今まさに攻撃を繰り出してきそうな気配。
相手が口を開く。
「ふはははは、見つけたぞ、神の子よ」
こちらを見ながら言う。
神。どういう意味だ?
どういう意味であれ、容姿と発言からどうやらヤバい奴だということだけは分かる。
そう思ったままの言葉で返す。
「分からないなら、知らなくてもいい。あの方には『捕らえろ』と言われたが…、抵抗するなら殺して心臓だけを回収。それでも構わないとも言われた」
物騒な言葉が、やけに遠く聞こえた。
レベリングされて、戦闘を経験して間もない俺には、現実感のない言葉。
「レベル1。噂に聞いた通り、やはり『あれ』は本当だったのか。」
「人違いだよ、おっさん。こいつも俺も、あんたらとは無関係だよ」
飽田が怯むことなく睨み続ける。頭上の30の数字に怯むことなく。
俺だって。
「先手必勝だっ」
ローブの袖から、長い金属が伸びる。鎖だ。
鎖の先に付いた刃物が、前方に飛んでくる。
「カナト! 避けろ!」
飽田が声を張り、注意を促す。
さっき倒したタイニーバットのスピードよりは、いくらか遅いので、俺は剣を構えて、その攻撃を弾く。
つもりだった。
生死をかけた戦闘。『殺す』と言う言葉。
俺のことを、最悪殺してもいいと襲いかかる、レベル30の男。
俺は、ビビっていた。
こいつに殺される想像を、無意識にして、震えていた。
動けなかった。剣すら抜けない。
先の尖った刃が、俺の腹に到達しそうになる。
やばい、殺される。
その時だった。
うっ、と言う声が聞こえた俺は、横から押された勢いで地面に寝転がっていた。
飽田はしゃがんでいる。
腹に鋭い金属を刺したまま。
そこから流れる。
血。
「っ!? まあいい、死には至らんだろう…。完全に戦い慣れしていないレベル1を捉えて、終わりだ」
そう言って、俺に近づいてくるスキンヘッド。
俺は、…腰が抜けて立てない。
「待てよ、このハゲ頭」
飽田が、痛みに顔を歪めながら銃を構えて、数発撃つ。しかし、その弾丸は、いずれも標的を大きく外していた。
くっ、と腕の震えた飽田に、男が言う。
「どうだぁ、お兄ちゃん、今の気分は。俺のスキルは『麻痺毒』。エナジーを変換させた液体をこの刃先に付与し、標的に当てることで一時的に相手の神経を麻痺させる。残念だったな、こいつはあの方の元へと連れていく」
「てめえ…、次は当ててやるから、覚悟しやがれ…」
呼吸も荒い。はぁ、はぁ、と息苦しそうで、引き金をかけた指が、外れる。
男が、俺に向き直った。ひっ…、と声が出そうになる。
俺のせいで、飽田は…。
「ビビらなくてもいいぜ? こいつは死なない。痺れたまま気ぃ失うだけだ。ただ、お前は…」
「くそ…!」
情けない。立てない。戦えない。
動けよ! クソッ!
「さて、こいつにも麻痺をお見舞いして、戦闘不能にしてやるか」
「ぐっ…」
俺は、殺されるのか…。
こんなやつに、こんなところで。
△△△
走馬灯が見えた。
ヒビキさんに殴られた時と同じく。しかし次は、何かと戦っているような記憶。
後ろには、幼児。この幼児が何者かは分からないが、何としても守らなければならない、そんな気持ちになった。
『・・・・・・・・、・・・・・』
言葉にならない声を発しながら、その背中は、目の前の敵と対峙する。
現実に意識が戻った時には、男がさっきよりも近い距離で、鎖を投げているところだった。
再び向かってくる刃先。さっきよりも近い距離で、さらに力強く投げられた刃は、とんでもなく。
遅かった。
「せやぁぁ!」
俺は、剣を抜きながら、攻撃を弾く。
確実にやったと思っていたのだろう。男は、驚いていた。
「まさか…、お前…、見えたのか…?」
動揺する男に剣を構えて反撃の態勢を取る。
「ありえない。まだお前は…!」
「カナト! 切れ!」
そう言って、飽田がさっきのタイニーバットを俺に向かって投げる。魔物マニアの趣向で、1匹だけ生かしたのだろうか。
「恩に着るぜ、このクソったれ魔物マニア!」
俺は、瀕死のタイニーバットに、トドメを刺す。
それと同時に、飽田は俺に引き金を引いた。
なぜ俺に、と思ったが、一瞬で納得した。今の状況で、俺に攻撃することはない。
そう確信した。
実弾とは到底思えない、空気の塊のような感触を肩が受け止める。
そして、男に向き直り、両手で柄を握りしめ、剣先を左に向けて、水平に構える。
レベル23。
「急激なレベリングか…。ははっ、無駄だ! 俺のレベルは30、諦め−」
力が漲る。
さっき、魔物を一掃した時よりも、ずっと。
「俺は…」
「なんだ、この力強い、赤いオーラは…!」
地面を踏みしめる。そして、強く蹴った。
「この命に代えても」
「クッ、防御を…」
レベルを持つ者特有の『エナジー』で生成した即席の盾を構える男。
俺は、意に介さない、むしろ破壊する勢いで、突っ込む。
そして。
思い切り、剣を右に振り抜いた。
バギィ! と快音を立てて盾を玉砕し、男の身体を吹っ飛ばした。
男が大木の幹に激突して倒れた。
「このムカつく先輩を守る!」
あまりの衝撃に、木々が揺らぎ砂埃が舞う。そして、剣が粉々に砕ける。
俺は、俺たちは勝ったのだ。
生死を賭けた戦いに。
試験の時の何倍もの達成感を噛み締めて、身体を震わせる。高揚が、止まらない。涙が出そうだった。
生まれて初めて、悲しみではなく、嬉しい気持ちから、涙が出そうになった。
「クッ、なぜだ」
男はまだ意識があったみたいだ。よろけながらも立ち上がる。
「あんたもスキルを教えてくれたから、俺も紹介してやるよ」
先刻よりもいくらか麻痺が治った飽田が応える。
「あんたは、射撃系だと思ってたみてえだが、それはハズレ。俺のスキルは『強化』。つまり、このレベル1のバカのパワーとスピードを強化したって訳だ。この銃から実弾を外して、強化の赤い特殊弾を発射した」
勝ち誇ったように、自分の拳銃と取り外したマガジンを、男に見せつける。そして続けた。
「突然の身体強化でコントロールできない奴は多いが、このバカの場合は、急激なレベルアップに慣れてるからな、急変する身体を常人よりも上手く操作できたって訳だ」
まあ、相手の裏も考えず、正面から突っ込む甘ちゃんだけどな、と一笑する。
「忌々しい優等生め。このレベル1と最高の相性といったところか。クソッ、次は捕らえてやる」
そう吐き捨てて、男は石のようなものを手で潰して、姿を消した。
何だったんだ、あの男は。
俺のことを神だとか、あの方が、とか言ってたけど。
…。
空を仰ぐ。
生い茂る木の葉の隙間。
少しずつ、大きな影がうごめくように、藍色の空が、完全な黒に染まっていった。
△△△
「いった! 染みるんだよ、もっと丁寧にできねえの!?」
フロアに帰り着いたのは完全に日が落ちた頃だった。
俺は、飽田の傷口を手当てをさせられていた。
あの戦闘の後、森を抜けて役所の車で帰還するとき、ボサッとするからこんな目にあったんだ、責任取れ、バカが、などと散々罵られた。
まあ、こいつが怪我したのは俺のせいだし、拒否はできなかった。
「わ、私のスキルで、治療しましょうか? …少ししか手伝えませんが…」
おどおどと何かに怯える水無月ルナ。こいつの持つスキルは、相手を治療できるが、飽田のクソ野郎はあっさりと断る。
「いいよ水無月、こいつが怪我させたんだ。申し訳なさそうに、せっせと手当てしてるとこ拝みてえから」
「なっ、お前」
「お前じゃないだろ? 先輩に怪我負わせて。責任を感じろ」
「うっ…」
「っはははは!! リアクション最高!! 清々するぜ!! この礼儀知らずのバーカがよぉ」
このムカつく先輩と俺の相性は最高なんて、とんでもなく皮肉な話だ。
「でもまあ、今日はよくやったんじゃねえの? これからの伸び代。万年最弱のお前がどう成長していくか。面白半分で見といてやるよ」
飽田に、「よくやった」などと言われるのは初めてだから、俺は面食らった。
たしかに、ムカつくけど、いざという時は頼れる先輩だと、今日をもって思い知った。
そして俺は、この人と、もっと組みたい、より強い敵に挑みたい、今日の一件から、ほんの少しだけそう思った。
「 しっかし剣の振り方も下手くそ、立ち回りも魔物以下の弱小スライム君だな、お前は。俺がいねえと戦場にすら立てねえし、…そうだな、俺のことは兄貴って呼べよ。これから仲良くしよう、ぜっ」
「お、こ、と、わ、り、だ!!」
やっぱり組みたくねえや! こんなやつ!!




