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終章 ここはこうしたら?

あれから5年の月日が経った。娘からふいにメッセージが来たのは、夜だった。

「お母さんの新しいYouTube見たよ」

今でもたまにアップする動画を見ては連絡がくる。それだけだった。私はスマホを見て、少し笑った。LINEのやり取りは、いつもこんな感じだ。長くない。でも、ちゃんとある。

しばらくして、もう一件来た。

「サムネイル、もうちょっと明るい色の方がよくない?」

小学5年生が言う言葉じゃない、と思いながら、でも的確だと思った。私のサムネイルは確かに暗めだった。伝えたいことはあるのに、入口で損をしているやつだ。

「たしかに。ありがとう」と返したら、「どういたしまして」と返ってきた。

それだけだった。それだけで、十分だった。


娘が生まれた日のことを、時々思い出す。

彼が誰よりも先に泣いた日のことを。病院の廊下で、不器用な笑い方をしていたことを。あの顔は本物だったと、今でも思っている。人間というのは、全部が嘘ではない。全部が本当でもない。いくつもの本物が、いくつもの嘘と混ざり合って、ひとりの人間になっている。

彼もそうだった。私もそうだった。

豆乳を2本持っていった朝のことも、思い出す。

コーヒー味とココア味。どっちが好きかを知りたくて、でも知らなくていいと思いながら、それでも2本取ってしまった手のことを。あの時の私は、自分が物語の書き手だと思っていた。仕掛ける側だと思っていた。

でも本当は、私も誰かの物語の中にいた。

自分の物語の主役になるのに、こんなに時間がかかるとは思っていなかった。玄関でじゃあと言って飛び出した朝も、魔法使いの修行と娘に嘘をついた駐車場も、全部が遠回りだったとは思わない。全部が、必要な道だったと思っている。

娘は今、好奇心旺盛に生きている。

欲しいものがあれば父親に交渉して、行きたい場所があれば自分で調べて、YouTubeもTikTokも自分でやっている。お父さんが酔っているタイミングを見計らって交渉してくる、とどこかで聞いた時、私は声を出して笑った。

その子は知らないだろうけど、それはお母さんから受け継いだ技術だよと、心の中で言った。

豆乳を2本持っていく技術の、正当な後継者だ。


私はあの結婚を、後悔していない。

後悔という言葉が似合わない、と言った方が正確かもしれない。あの時の私が選べる選択肢の中で、あれが精一杯だった。23歳で、新卒2年目で、好きな人のコーヒー味の豆乳を横目に、ただ同じ空気を吸いたかっただけの私が、そこから歩いてきた道だ。

間違いだらけだった。でも全部、私の道だった。

娘からまたメッセージが来た。

「あとBGMもうちょっと小さくした方がいいかも、声が聞こえにくい」

私は返信した。「編集者みたいなこと言うね」

少し間があって、返ってきた。

「将来そっち系もいいかなって思ってる」

私はスマホを置いて、天井を見た。

笑いが止まらなかった。

この子は大丈夫だ、とその時また思った。何度目かわからないけど、また思った。お母さんが魔法使いの修行をしている間に、この子はちゃんと、自分の物語を書き始めていた。

それだけで、十分だった。

それだけで、全部よかったと思えた。

うまく生きられなかった日々が、

なぜか愛おしい。そういう話を書いています。

お読みいただき、ありがとうございました。

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