♤第十五話:ボランティア部だからといって、暇な夏休みであると決まっているわけではない♤
みやの代理マネージャーを無事勤め上げてから、およそ一月ほどの時間が流れた。
一学期が始まってからの怒涛の日々に比べれば、その間、俺は特に取り上げるべきこともないような、平和な日々を過ごしていた。
学期末の試験も無事クリアし、晴れて夏休みに入ると、さあさあだらだらと過ごすぞという心構えでいるうちに、いつの間にかもう一週間が過ぎているというのはもはや毎年のことである。
「――――おいちょっと待て・・・あと一か月無いのか?マジなのか?」
「もう諦めなって、右代。どれだけ確認したって、事実は変わらないよ」
(・・・。。。)
隣にいるみやはどうしてここまで冷静さを保てているのか。もはやこいつは学生ではないのでは?と、そこまで考察を深める。
「でも不思議だよ、こうしてほとんど毎日学校には来てるのに、二学期が始まるのはそんなに嫌なんだ?」
「はあ・・・わかってないな。授業があるか、ないか。つまり時間的・身体的拘束が問題なんだよ」
学校までの猛暑は多少きついが、部室まで来てしまえば、クーラーがばっちり効いた部屋で好きなことをできる。最近はみやも仕事でいないことが多かったし、ほとんど一人部屋を自由に使えるわけだ。
―――そしてなにより、浮いた電気代は父親に架空請求し、俺の好きに使える。
「―――ん、そういえば、みやが居るなんて珍しいな。夏休みに入って初めてなんじゃないか?」
「まあね、今日は先生に活動日だって言われてたから予定を開けといたんだ」
「活動日⁇」
「知らないの?夏季休暇中もボランティア部は活動があるらしいよ、部長」
(なんだそれ聞いてねえ)
そして、俺たちがようやく部活動について話し始めたのを見計らったかのように、岩切先生は部室のドアから姿を現した。
「二人ともしっかり来たようでなによりだ」
「先生、夏休みも部活動があるなんて聞いてないですよ」
俺はさっそく先生に疑問を投げかけるが、すぐにカウンターパンチをくらう。
「おはよう、榮倉。聞いてないもなにも、お前は毎日のように部室に来ているじゃないか」
(・・・たしかに)
「そんなきみの熱意に押されて、私も顧問として動いてやろうと思ってな」
先生は俺たちの前に何枚かのプリントを置いた。
(川端海岸・・・環境保全地域振興、プロジェクト⁇)
「なんすかこれ」
「見ての通りだ。君たちには三日後の八月二日から、二泊三日で川端海岸環境保全地域振興プロジェクトに参加してもらう」
(よく噛まずに言えますね・・・)
「じゃなくて、いきなり言われても困るんですが・・・」
「ほう、なにか予定でもあるのか?」
「いや・・特筆するような予定はないです、けど」
「なら問題ないだろう。プリントに書いた通り、費用は自治体負担で心配はないしな」
(あらすごい、流石は創立九十周年の県立高校・・・)
「・・・俺は良いですが、みやは?忙しいんじゃないですかね」
「ううん?別に大丈夫だけど。むしろ合宿とか初めてで楽しみかな」
「・・・だ、そうだ」
「しかし、部員が二人じゃ力不足だと思いますが」
「ああ、だからあらかじめ助っ人を募っておいた。ただで海に行けると謳ったら、五人ほど集まった」
「・・・さようで」
「ほかに、なにか質問、疑問があれば聞こう」
「う、あ・・りません」
「よし、では三日後、川端江波旅館に十二時半集合だ。プリントをよく読んでくるように」
(負けた)
*・・・・・・・・・・・・・・*
川端海岸は県内でも有数のきれいな砂浜海岸なのだが、周りに岩場が多いことや、ほかのビーチに比べると都心部からのアクセスがやや困難であることから、観光客のあまり多くない穴場スポット的な立ち位置を確立している。
しかしまあ、そういう事情もあってか、近年は周辺で高齢化も進んでいるらしく、若い力で地域の賑わいを取り戻そうというのも理にかなっているように思える。
さあ、前置きはこのくらいにして、俺は自宅から二時間弱の時間をかけて、目的の旅館に到着したわけである。
「遅かったね、榮倉君」
「お前、は・・・校外学習のときの」
(島田翔貴・・・てことはまさか)
「ほかの四人っていうのは?」
「ああ、優希と優斗、隼人に京子だけど、聞いてなかったのか?」
(またずいぶんと増えたな・・高松はどうした高松は・・・)
皆川さんとはこの間の校外学習で一緒だったが、ほかの田町優斗、桜坂隼人、富岡京子に関しては、俺を認識すらしているかどうか・・・。五分五分というところだろうか?
「・・・あ、それと、仕事で来れない天海さんの代わりに、ほかの人が助っ人で来てくれるみたいだね」
「・・・?え?みや来ないの」
「これも、聞いてなかったんだな・・・」
つまり俺だけでこいつらの相手をしろと?そんなの、ワニだらけのプールに一匹だけ鶏が投げ込まれたようなもんだぞ。
というか、だったらこれもうボランティア部の活動じゃなくてよくないか?ほかの連中で勝手にやってくれよ・・・。
どんどんと不満があふれてくるが、そうはいっても、もう引き返せないことはわかっている。
(帰りたい)
心の中で俺はそう切実に嘆いた。
*
初日の予定は、二人一組で海岸やその周辺の美化活動。まさにボランティアという言葉がぴったりである。
注意点や留意事項を簡単に説明すると、岩切先生は旅館へ戻っていった。
「二人一組ってことは、一人余るくね?」
どうペア分けするのか。その会議が始まろうとすると、まっさきに田町がそう言い放った。するとまもなくして、注目が俺に集まったのはまあ、自然なことではないだろうか。
(はいはい、そりゃそうなりますよね。普段からぼっちですもんね、俺)
「あ、じゃあ俺が一人で・・・・」
「一つ三人グループを作ればちょうどいいな」
かぶせるようにして島田がそう提案すると、ほかのやつらからも賛同の声が上がった。
(余計なことを)
「ん?どうしたの?」
「いや、なんでも」
「そうか」
「よおし、じゃああれで決めようよ!グーチョキパーであーわーせーってやつ!」
「うわ~めちゃ懐かし~。それ昔よくやったわ」
流石陽キャ集団、コミュ力が高いだけあって話が早い。
あとはなんとか三人グループを引ければ吉、最悪でも話したことのある島田か皆川さんを引き当てることを祈りつつ、俺はチョキを出すことを心の決めた。
「みんな準備は良いかな~?じゃあいくよ!グーチョキパーで・・・」
*
「・・・・・・」
(最悪だ・・・俺はおそらく、考えうる限りで最も悪い状況に置かれている)
富島京子・・・クラスで男女ともに人気の指折りの陽キャ女子・・・しかも話したことない。くじ引きの結果を呪うしかないが、俺はいま彼女と二人で指定された区域まで砂浜を歩いている。
沈黙が続く一秒一秒が、体に刺さる・・・。
痛い、痛いよお・・・もう楽にして、神様ッ。
「―――ねえ」
「は、はい・・・」
「―――榮倉って、ボランティア部だったんだね~。意外なんだけど、ウケる!」
(・・・?)
「はあ・・・まあ意外っていうよりは、似合ってるってよく言われますけれども」
「え?なんで?」
(それを言わせますか?鬼ですかあんた)
「私はさあ、なんか音楽系の部活に入ってると思ってたんだけど。吹奏楽とか」
「・・・?」
「榮倉君、合唱コンのとき音程はずれてなかったから。あれ、マジ助かった!」
「あ、ああ」
(そういえば、昔ピアノやってたとかで、富島は合唱コンクールでリーダーやってたな)
その点、俺も昔は少しマイナーではあるがチェロを習っていたことがある。もしかしたら、音楽がきっかけで打ち解けられる可能性はあるが・・・。
(・・・・)
うん、自分から話しかけるのは、無理。
「―――にしても・・・汚いねえ・・・」
「そうっすね・・・」
俺たちが担当する海岸には、いたるところにペットボトルやプラスチック容器、ビニール袋などが散乱しており、手持ちのゴミ袋だけではとても足りなそうである。
「じゃ、ちゃっちゃとやっちゃいますか!」
富島は腰に手を当て、やれやれと言った感じでそう言った。
「よし、じゃあ俺は向こうやってくるんで」
「おっけ~」
そう言って、俺はナチュラルに彼女と作業範囲を分割する。
やる前は煩わしそうでも、やっているうちに楽しくなるなんて経験をしたことがあるかもしれないが、どうやら海岸清掃はその典型例らしい。
海岸に打ち上げられている謎の箱から、なかには海外製品など、ごみの種類は実に多様である。俺の体はいつの間にか、レア度の高い漂流物を目指して自然と動き始めていた。
(ペットボトル・・・なんだコーラか。あの空き缶は?・・・・なんだこれ、見たことないデザインだ!結構古いぞ、これはレア度A付けてもいいのでは⁇)
(・・・これはコンビニの弁当容器・・・これはよく見るお茶で・・・・・それからこれは、なんだ猫か・・・・・・)
『にゃ~』
(・・・?)
「は―――猫?」
俺が声を上げると、富島も異変に気が付いてこちらに寄ってくる。
「可愛い~なにこの子!ここで暮らしてるこかにゃ~?」
『にゃ~♡』
富島はぶち柄の猫を抱き上げる・・・おいこのアホ面、さっきと反応が全然違くないか⁇
「って、首輪してるじゃん!・・・迷子なのかにゃ~?」
『にゃ~♡』
「ったく、おいお前・・・どっから来たんだ~?」
『んにゃ゛』
「―――痛ってえええええ!」
「あはは、だめだよ榮倉君。猫は人間の気持ちがわかるんだから・・・ね~、猫ちゃん?」
『ごろなぁ~♡』
(こいつ・・・ただの男女差別に見えるのは俺だけか?)
「で、どうします?放っておくわけにもいかないですよね?」
「もちろん、飼い主さん探してあげよ?」
「じゃ、ここは手分けして・・・俺が海岸掃除やっとくんで、富島さんが・・・・・」
俺はそこまで言ったところで、彼女のなにかを訴えるような鋭い視線を感じる。
「・・・・・」
「っていうのは冗談でぇ・・・二人で町の方探してみますか」
「・・・・・だね~。よし、レッツゴー!」
*・・・・・*
「暑い・・・・」
日がほぼ完全に沈んだとはいえ、辺りはまだ当然のように蒸し暑い。俺はコンビニの袋を片手に、一人と一匹が待つ公園まで戻った。
「お待たせ・・・」
「わ~、ありがとう!ほら、栄五郎・・・ミルクが来たぞ~?」
栄五郎、というのは、もちろんあの猫のことだ。さっきまで探し歩いている間に、いつの間にか命名されていた。富島は紙皿に牛乳を注ぎ、その栄五郎の前にそっと差し出した。
「あはは、すごい飲みっぷり」
「だな」
そう言いつつ、俺も自分用に購入した缶コーヒーを開ける。
「なかなか見つからないよね・・・」
富島はコンビニ袋をあさり、フルーツジュースを取り出すとおいしそうに飲み始めるが、表情は固いままだ。
「この辺にいると思ったんですがね・・・」
「・・・・」
「とりあえず、どうせ集合に間に合わないし、先生に連絡を入れておいてもらえると助かります」
「あ、それなら大丈夫。さっき沙耶ちゃんにラインしといたから!」
沙耶ちゃん・・・まさか岩切先生か?あの人を名前のあだ名で呼ぶこともさることながら、いまどきは教師とラインを交換するのかよ・・・信じられん。
「そういえば、まだ榮倉君のライン知らないんだけど」
「ですね」
「いや、いまの教えてって意味ね?一緒に汗かいて働いた仲じゃん?」
「・・・・実はスマホ、家に置いてきました」
「そんな見え見えの嘘・・・」
「・・・・」
「え?まじ?」
「嘘偽りなく」
まるで空からいきなりドラゴンでも降ってきたかのように、富島はとんでもなくあり得ないようなものでも見るように、俺に驚愕の視線を向ける。
だいたい、いつでもどこでもスマホを持ってるなんて、その方がおかしいと思わないか?当たり前だが、昔はそんなことなかったわけで・・・。
まあ俺の場合は、家族や友人から連絡が来ることもごく稀だし、特殊例と言えるのかもしれないがな。
(常になにかに拘束されてるなんて、信じられないよな?お前もそう思うだろ・・・栄五郎――――)
「――――まる子‼」
(―――は?まる子?)
声のする方へ目線を移すと、小さな女の子がうれしそうに栄五郎を抱きかかえているところだった。
「もしかして、飼い主さんですか⁇」
女の子の隣に立っている高齢の男性に、富島がそう語り掛ける。
「そうです・・・すみません。この子を見つけてくださったんですよね、お手数おかけしました」
「いえ、そんな。気にしないでください!えーと、まる子ちゃん?いい子でしたから」
持ち前のコミ力で、そのうちに女の子とも打ち解けた様子の富島は、しばらく話し込んでからベンチに座っている俺の方に戻ってくる。
「よかったよかった。ね、榮倉?」
「・・・・はあ」
―――一緒にいたのはほんの数時間だったが、なんだか心の奥にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚だ・・・。
栄五郎、お前には引っかかれてばかりだったな・・・ついに懐かれはしなかったが、なんだ、これ・・・なんでこんなに悲しいんだ。
「・・・・・・・」
俺はちらっと富島の方を見る・・・やはり少し元気がないように思える。おそらく、彼女も同じ気持ち・・・いや俺以上に寂しい思いをしているのかもしれない。あんなに楽しそうにしてたんだ、その気持ち、わかるぜ。
すまんがこういう時、なんて声をかければいいのかわからないが・・・。
「・・・・・」
(・・・?)
「・・・は~、つっかれたぁ!よし、ひと仕事終わり!ねえねえ、榮倉!コンビに寄ってアイスでも買おうよ。栄五郎改め、まる子とのお別れ記念、的な感じで‼」
(・・・・ッ!お前・・・・!)
(切り替え速すぎだろぉ・・・・)
まったく陽キャの生態はよくわからん。
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