38 千代子
やっぱり大事になっていた。
仮設ダンジョンゲートから出てみれば、圧倒される。
草むす平原に見渡す限りの、針蜥蜴の群れ。
それらが太陽の光を受けてキラキラと鏡のように光っている。
冒険者や軍人さんらが陣地を築き隊列を組み、端の方から処理していってるが、目処がつく状況ではないのが一目瞭然だ。
「本日はご協力ありがとう御座います!
こちらのスペースのご使用どうぞ!」
ビシッと敬礼してくれた軍人さんはゲート近くの一等地に案内してくれる。
「杭打ちしました!」
「ターフ、張ります!」
「長テーブル、セットします!」
「椅子は間隔開けてください、お客さまは装備フルセットですよ!」
するとメイドさんらがあれよあれよと日除けや椅子やテーブル等々といった備品を用意していく。
こういうの普段から訓練してたりするんだろうか。
「どうぞ、皆さまでお使いください!」
丸テーブルと背凭れつきの椅子はここだけだ。
特別席にオレらは纏めて隔離される。
そして取り出されるは、屋台にノボリ。
大鍋がセットされたとたんに味噌汁のいい香りが漂ってくる。
うちの子たちったら商売人する気、満々ね?
アスターク教官は苦笑している。
「作業員が誘導されてやってきたら、まず『洗浄』、『ヒール』な。そして『祝い歌』のバフを盛ってやれ。
『洗浄』は指輪、『ヒール』は杖だ。ヨウルは楽器も貸与する」
「他のバフはいらないのでしょうか!」
「効果時間の問題だな。ここから主戦場にたどり着くまでに切れちまう。
大怪我はダンジョン外に搬送されるが、こちらには擦り傷程度の外傷は回されてくる。そしたら『治癒』だ。クロフリャカ以外はもうひとつ指輪を嵌めてくれ。
ダンジョンの沸き潰しに行くのは、ひとりずつだ。
まずはエンフィ、行ってこい」
「はい!ひとつ潰したら戻ってきますか?」
「そうだ。順繰りに交代していくぞ」
「行ってきます!」
元気に出ていった背を見送って、オレたちは譜面の打ち合わせだ。
「サリアータに吹く風は黄金。
翻る旗を見よ。
胸に抱くは不屈の闘志。
勇士よ今は剣を取れ。
我らがあげるは勝ちどきぞ」
譜面見ただけで歌って弾けるヨウルをリーダーにして、【サリアータ激唱歌】を練習する。
バフが掛かることを確認したら、この先の温存に喉を休めさせられた。
「リュアルテ、お前さん遠距離得意だろ?
人のいない左手側なら撃ち込んでいいぞ」
教官の指した方向を確かめる。
距離にして700かそこらか。うん、これくらいなら『ターゲット』の範囲だ。
「どのくらいの威力にしますか?」
「そうだな。単発でトレントの3倍ってとこから、少しずつ減らしていってくれ」
「わかりました」
それくらいなら回す『チャクラ』は程々だ。
コントロールを采配する『魔力の心得』はしっかりと効かせる。
「『サンダー』」
来よと呼ばう。
ドンっと、空から『雷光』が迸る。
すると一番手前の針蜥蜴が弾き飛んで動かなくなった。
仕留めたな。
入った経験値ではなく、感覚として判じる。
「確認用に獲ってきますか?」
「頼む」
教官の許可にメイドさんがたーっと走る。
獲物を『体内倉庫』に速攻で仕舞い、あっという間に戻ってきた。早い。
彼女たちは100メートルを何秒で走ってるんだろう。
「獲ってきました!」
ざざっと停止して、ビニールシートを広げた。その上に針蜥蜴を置く。
この蜥蜴。近くで見ると大きいぞ?
大型犬ほどの大きさがある。
「いい足だ。その調子で頼む」
「はい!」
メイドさんは敬礼して待機列に戻る。
「針蜥蜴の魔石はひっくり返した胸元にある。ヨウル、『造形』で針をインゴットにしてしまえ」
「へーい。今使ってるインゴットって針蜥蜴のだったんすね」
慣れているだけあってヨウルのスキル発動は滑らかだ。
10センチはありそうな針を丸坊主にしてしまうと、丸っこかったシルエットがスマートになってしまった。
「丸いのかわいかったのに」
フォルム的に針ネズミっぽかったからな。クロフリャカ嬢の嘆きはわからんでもない。
「この丈夫な針が厄介で刃物の攻撃がまあ、通らん。
こいつを気軽に倒せるようになると、前衛は初心者は卒業だな」
「終わりましたー」
「インゴット6本と半分か。まあ、普通のサイズだな」
教官は軽く蜥蜴をひっくり返す。
胸元に埋まる石を『解体』でくり貫いた。『洗浄』して、渡される。
「見ての通り針蜥蜴はインゴットが採れる。草食だから肉も旨い。ジャーキーなんか最高だ」
「つまり適正なダメージで倒せる槍みたいな道具があるといいな、と?」
「この上の階層に簡易ゲートを作りたいんだがこの針蜥蜴で埋まっていてな」
クエスト!
野良ダンジョン撲滅作戦に参加しましょう!
現在サリアータ145号ダンジョンは攻略するのに、50階層分のゲートを築いていかないとならないとされています。
攻略に貢献しましょう!
報酬 貢献ポイントによって変動します。
あっ、ハイ。そうっすか。
『異界撹拌』よっぽど大きなイベントじゃないと告知してくれないの、なんだろうな?
一期一会を楽しめってこと?
これは掲示板を解禁するしかないのだろうか。
いや、待て。高い場所にある葡萄は酸っぱい葡萄だ。
日常のあれこれだけでも満足してるし、効率を求めて修羅の道には戻りたくない。
「リュアルテ、もう蜥蜴は仕舞っていいぞ」
「はい。少しずつ威力を落として確認ですね?」
獲物を拾ってくれるメイドさんがいなければできない狩りのやり方だなこれは。
「おう、頼まぁ。オルレアのとこのも、それでいいな?」
「はい!承りました!」
針蜥蜴退治の適正値を割り出したあたりで、ちらほらHPが黄色くなった皆さんがやってくるようになった。
何故かメイドさんたちを2度見して、しゃっきり背筋を伸ばしたりする。
若く可愛い女の子が気になるのかと微笑ましく思ったのもつかの間、女性冒険者グループも同じような反応を示すのに、悟らざるを得ない。
ひょっとしなくても、うちのメイドさんら只者ではないのでは?
気付かないふりでどんどん『ヒール』を飛ばしていく。
『洗浄』を習得したい、ヨウルとクロフリャカ嬢はかわりばんこだ。
「お疲れさまでーす。休憩なさっていってくださーい!」
作業員の皆さんは処置を受けた順繰りに、メイドさんに誘導される。
そしてノボリに目を奪われる。
「…ごはん?」
「え、ダンジョンで屋台」
「と、とりあえず、端から端までひとつずつ!」
「ボクも、買う、全部買う!」
えらい勢いで燃料を買い漁る腹ペコどもの景気のよさ。
そしてそれらの注文を流れるように捌いていくメイドさんたち。
「うう、美味しい…!」
「『体内倉庫』さえ広ければ!」
彼らが食事を腹に詰め込んでいく姿は、悲壮感すら漂っている。
わかる、わかる。カロリーバーは手軽で美味しいけど、続くと辛くなるよなあ。
「お味噌汁、自家製豆腐と若布でーす」
「唐揚げ串、フランクフルト、お握り、コロッケ、全品1マで提供してまーす」
「シュークリーム、シューアイス、お伴にコーヒー、紅茶は如何ですかー?
疲労回復にはレモネードですよー。
冷たいお飲み物にはフロートの提供もしていますー」
「新作キノコパンでーす!
カリっともっちりリーン生地に、たっぷりキノコ入ってまーす。マヨ好きさんにお勧めでーす」
もっしゃもっしゃ食べてるところに【サリアータ激唱歌】でバフを盛る。
元気になったところで、戦線復帰だ。
そんな沢山食べてすぐ動くの辛くないのかしらん。
「みんないっぱい食べるのね」
クロフリャカ嬢は善いことだと頷いている。
「冒険者なら腹半分ってとこだろ。動くし魔力使うしな。
お前さんらも、合間で食べとけよ」
はーい。
ということで気になっていたキノコパンと味噌汁でオヤツだ。
「ダンジョンマスターの皆さまは無料です!沢山食べてくださいね!」
注文したのは2品なのに、トマトのマリネやら牛蒡サラダやら焼き鳥やらを盛られてしまう。
「クロ、トマト大好き!」
「それは良いことです。お代わりしてくださいね」
それぞれトレイを受け取って席につく。
味噌汁で口を潤してから、丸いパンをがぶっと行く。
すると1口目から具に辿り着いた。
油を吸ったキノコに追いマヨネーズなんて美味しいに決まっている。しかも焼きたての熱々。カリ、モチッ、じゅわゎだ。
火傷しないように注意して、合間にトマトを挟みつつペロリだ。
「いいものを食べているな!」
そうしているうちにエンフィが戻ってきた。
髪に松葉をつけている。どこをほっつき歩いてきたんだか。
「おかえり、キノコパン旨い」
2コ貰ってきたうちの片方を押しやると遠慮なくもぐもぐする。
「これはいいな!後で買い込んでも平気だろうか?」
「大丈夫です。うちの定番商品に決定しましたからいつでもどうぞ」
メイドさんらは子供に優しい。
営業用じゃない笑顔でエンフィのトレイに料理を盛る。
「つぎ、リュアルテ行ってこい。食っちまってからでもいいが」
「走りたいんで、食べるのは後にします。行ってきます」
トレイはそのまま『体内倉庫』にイン。
メイドさんらは1班随行で、沸き潰し引率はテルテル教官だ。
トト教官はクロフリャカ嬢の側にいる。
そう言えば、教官が3人もつくのは珍しい。
「よっし、行くよー。
リュアルテくん走れるようになったんだねえ」
見よ、このクソ雑魚ナメクジの走りっぷりを。
素直に喜んでくれる、テルテル教官は生徒のやる気を削がない良い先生だ。
「ゆっくりですけど。これから鍛えます」
「いいね!その意気!
沢山走ると『持久』がつくから、そうすると世界が変わるよ」
『持久』は高位階者なら大抵もっているやつだ。
魔力特化型でも走らなきゃいけない冒険者よ。
どんなに細く見えても皆マッチョだ。
てろてろ走って、にゅるりと次元の隙間に潜り込む。
大きな野良ダンジョンはこうやって、ポリープみたいに小さいダンジョンを内包している。
ダンジョンが大きければ大きいほどポリープ群も増えるから、このレベル5ダンジョンは調査が進めばレベル6認定が降りるかもしれない。
これはお招ばれするわけだ。
うじゃうじゃレベル0ダンジョンが生えている、この雨後の筍っぷりときたらない。
レベル0ダンジョンの中は夏だった。
輝く太陽、色濃い木陰。むせかえる湿度。
繁るヤシの木、パイナップルにバナナ。
夏、違う、ここ南国だ!
「教官!寄り道してもいいですか!」
とたん元気になるのは仕方ない。
「いいよー。なに採りたい?」
「この中で植物の目利きできる人!」
「はい!畑主任のオギはあたしの伯父です。稼業がてら一通り仕込まれています!」
ネームプレートを確認する。
「ハラノ。君の裁量で植物採取をお願いしたい。
教官、雫石を抜いたダンジョンってどれだけ空間が持ちますか?」
「0レベルなら1週間からだね」
「では雫石を確保して『精製』『調律』ののち、速やかに管理ダンジョン化。順次、作物の植え替えをします」
「美味しいもの優先ですか、薬効あるもの優先ですか?」
ハラノはビシッと手を挙げる。
「委細任せる。
皆もハラノに協力頼む」
「「「「「畏まりました」」」」」
教官独りでもこのレベルのダンジョンなら護衛は余裕だ。
メイドさんらがハラノの指示に従い動き始めたので、雫石を確保しに行く。
ちょっとここは、植物が元気すぎて走れない。
教官が器用に茂みをバッサバッサ切り倒して先導してくれるので、その後をてててと追う。
テルテル教官、作業しながらなのに素早いぞ。
足手まといなりに懸命に足を動かす。
「【ノベルの台所】で、南国フルーツフェアやるの?」
「そのうちやれたら、いいですね」
「スイカとかパインくり貫いたフルーツポンチあるじゃん。子供の頃さ、あーゆーの独り占めして食べたかったわ。
大人になると共有してくれるヒトがいると嬉しいなって気付かされるケド」
「トト教官とか?」
「そんな高値の花を例に出しちゃうあたり、教官はリュアルテくんの将来が心配です。
オレなんか話すだけで舞い上がるのに!」
「一緒にオヤツする話ですよね?」
「そ、そうか。オヤツ…!
トト教官誘う時、一緒に来てくれる?
多分デートの誘いは受けてくれないから!」
トト教官はガード硬いのか。
あれだけ色っぽい美女だ。言い寄られすぎて食傷気味なのかも。
「それこそうちでフェアやるときでも来てください。招待しますから」
「絶対に行く。うわあ、仕事しよ。位階上げアピールってトト教官にも効くと思う?!」
それは自慢話がうざい男なのでは?
「自分の話よりも、相手の話をよく聞く男のほうが、好感度は高いのではないでしょうか
世の中の女性の多くはお喋りが好きですよ。まずは共通の話題から入ってみては?」
知らんけど。
この手の話に詳しかったら彼女がいるだろ。
ちなみにオレはいない。あとはわかるな?
グダグダ話している間に、雫石を見つけた。
バナナの木の陰に隠れるように息づくカカオの木。たわわに実るカカオポッドの中にひとつ、キラキラ光る実が付いている。
「あーっと、ちょっと大きめかな。行けそう?」
「レベル1のは初めてですね。
……君、雫石を貰ってもいいかな?」
カカオの木に話かけると梢が揺れた。
のんびりした、でも困ったような気配だ。
あまり、よくはないけど、どうしても?
「うん。どうしても。君さえよければ、この石で家を作るけど、移住しない?」
お隣の木、お気に入りなの。一緒でいいなら、いいよ。
「喜んで。今日から君はうちの子だ。名前は【千代子】にしよう」
桃の木は【桃子】にしたから路線継続で。
千代子。いい名前。千の代の子供ね。末長くよろしくね。マスター。
「うん、よろしく」
ダンジョンのレベル差のせいか桃子より千代子のほうが、お姉さん味があるな。
ステータスを確認すれば、従魔契約はしっかり結ばれている。よし!
「教官、テイムに成功しました。戦わなくて済みます」
「おめでとう。戦わずに丸儲けなのは、ダンジョンマスターだからできる技だなあ」
動物系の魔物は話の前に襲いかかられるから問答無用で討伐対象だけど、植物系の魔物は『緑の指』が仕事をするのか支配下に置きやすい。そんな気がする。
さて、と。
千代子の許可を得たので、雫石を『採取』する。
そして『精製』だ。
一回り大きい雫石は、『精製』するのにもいつもに増して魔力を消費する。それは位階上げしたんで大丈夫。イケる。
問題の『調律』、『専有化』はやっぱり格段に難しい。
「んぅ…っ!」
『チャクラ』と『魔力の心得』をぶんまわし、ガタつく魔力を力ずくで調伏する。
ここは踏ん張り時だ。
支配下に下れ!
…………辿り着いた!
目の前がチカチカする。
蒸し暑さのせいもあって、汗だくだ。
顎の先から汗が伝う。
「きつい…」
成功したら南国エリア!
その食い意地だけで、乗り切った。
足が立たなくなったところを支えられる。
「お疲れ。頑張った、頑張った」
飲み物のカップが渡される。
かすかな塩味。酸っぱくて甘いレモネードだ。
「だいぶ、魔力増えたんですけど、それでも半分減りました」
位階も10の代に乗って、魔力も千を越えた。だけど雫石を弄るコストは重い。
「ううん。まだ、負担が大きいか。まだ暫くはレベル0帯で数をこなすのがいいね」
「ですね」
目眩が治まったところで、自ダンジョンの環境を整えるべく雫石を【覗き】込む。
あっ凄い。
一気にダンジョンの大きさ広がった。
高さ100メートル。横100メートル×100メートルの空間が弄れる。
高さが100ということは下にも100延びているということだ。
森林エリアではやらないにしろ、これは地下室が作り放題になる。
高さは100もいらんから20。
後のリソースは横に伸ばし、(100×100)×5の空間を確保する。
そして気温は高め。湿度はそこそこ。水はけのいい酸性の土壌を形成した。
ダンジョンの環境通りだから、まず間違いはないだろう。
「さて、どうやって移動させようか。あまり根を傷つけたくないのだけど」
動こうか?
お隣とうちの子なら持てるよ?
「ん、頼む」
ちょっと離れてねー。
「教官、少し移動しましょう。千代子が動いてくれるそうです」
言い終わる前に千代子が動いた。
教官に小脇に抱えられ、飛びすさる中それを見た。
ずざざざっ。
1本のバナナの木と、千代子の群れが地面から起き上がる。
わあ、怪獣映画っぽい。
うちの子ってカカオポッドのことじゃなくて、周りのカカオの木のことだったのか!
移動するよー。
「ああ、おいで」
雫石に木々を触れさせていくと、するする姿が消えていく。
まだ余裕あるわね。
森が静かだと寂しいから、やっぱりもう少し入れていい?
「千代子が面倒みられる範囲でな。ちなみにわたしは害虫は排除したい」
千代子も虫はきらい。
「気が合うな」
ねー。
100メートル四方の森を削って千代子が、雫石に入っていった。
「レベル1のボス魔物って凄いんですね」
戦ったら勝てるだろうけど、なんか圧倒された。
「いやーチヨコちゃん。女王の風格よ、あれは。
早めに潰して正解だわ。野良ダンジョン内野良ダンジョンに、また野良ダンジョンができるとこだった。よくあることだけどさ。勘弁してほしいわ」
「何事ですかっ!」
森が一角消えたので、メイドさんらが集まってくる。
「リュアルテくんが、ボスをテイムして自分のダンジョンに移しただけだからヘーキよ」
「なるほど、なるほど?」
わけがわからんので、考えるのを止めました。そんな顔をされてしまった。
「ご無事だったら、よろしゅうございました。
確保した種子類は『体内倉庫』に、苗は出口付近に集めてあります」
「よーし、撤収。
リュアルテくんは陣地にもどったら休憩してね」
はあい。疲れた。大満足だ。