招かれざる者
彼は確かにアルだった。連れはいない。
単身での来訪にみんな驚愕していた。
山になれているマルクでも1人でここまで来ることはできないらしい。人を受け入れない険しい山々の奥深くにあるからだ。
飛びかかろうとする狼2人をなだめてすぐに皆に知らせ、そのまま城へ案内した。
アルは私をみて、驚いた顔をした。私を見つけにきたのではないらしい。
城の王の間でジークを見つけると涙を流し彼にすがりついた。
「王子、ご無事で。良かった!本当に良かった。うううっ」
ジークを案じてここまでたどり着いたらしい。
落ち着くまで辛抱強く待ち、たどたどと話し出した内容はこんな感じ。
王子が国に戻って御使いはいないことを伝えた後、元通りに仕えられると思っていたのに、城を出て行くと言う。なんとかなだめてとどまらせようとしたが叶わず途方に暮れていたところ国王に呼ばれた。
ジークの動向を探り報告しろと勅命をもらった。
御使いが本当にもういないのか。いないのにジークは城を出て何処へ行こうとしているのか。あれだけ傾倒していたジークの行動は怪しむべきものである。
御使いのもとに行くのであれば居場所をつかみ知らせるようにと。
ジークについていくと北に向かい旅をし、途中確かに女性ものを買い求めている。なぜか、食料や家畜まで。
2人で静かな生活を始めるのかもしれないと、それをじゃまするのは勅命でも従っていよいのかどうか悩みながらも後をついてきてしまった。
そして森深い場所で荷車をひかせた人足を帰し、1人立たずむジーク。
御使いは現れない。
いい加減しびれを切らしそうになったところに大きな獣が複数現れ、荷車もジークもさらわれてしまった。
あわてて追いかけたが見失い、帰り道もわからなくなって迷っていた所を山男を名乗る人物に助けられた。
川をのぼるうちにいつの間にかその人物とははぐれてしまい、とにかくひたすらのぼってきたらこの国にたどり着いたと言う。
ジークの無事だけをただ願っていたと言う彼は嘘をついているようには見えなかった。
アルをひとまずジークの部屋に案内し、休ませる。
ジークがこの国に帰ってきてから随分経つ。その間ずっと山をさまよっていたのならかなり衰弱しているはず。
落ち着くまでジークに任せることにして、私たちはそのまま話し合いを続けた。
私の存在を見つけたアルはこのままだとヨルジャン国にもどり事実を伝えるだろう。
本来ならたとえ知られたとしても、人間がこの国にたどり着くことはないはずだった。
でも、実際にアルは来た。
アルを案内したという山男は何者なのか、もし、他の人間も案内され続けたら・・・。
考えがまとまらず、重い空気が流れる。
「なあに、大丈夫だ。二度と助ける気はないからな。」
「誰だ!」
「何者?」
「ユウ、こちらへ!早く!」
暖炉の中から声がする。
宰相が私を背に庇い、暖炉を囲むように誰もが音もなく戦闘態勢をとる。
「争う気はないんだ。話をしにきた。」
暖炉から這い出てきたのは小さなネズミ。
この国の獣達が大きいので凄く小さく感じるが、私の知っている本来のネズミの大きさだ。
野生の中にも言葉を操る動物がいるんだなあ。
獲物にもならない小ささにみんなの態勢がゆるむ。
ネズミはゆっくりと進み、後ろ足で立つとぺこりとお辞儀をした。
かわいい。
「俺の名はアシュ。お前達と同じ獣だ。だが、俺はちょっと特殊でな。姿を変えられるんだ。」
小さかったからだがどんどん大きくなりジークくらいの背丈の人間になった。
みんなびっくりしてネズミだった男を見つめている。
わたしだって、同じだ。
知能を持つ獣がいるのだから、姿を変えられる獣もいてもおかしくない。
この世界はまだまだ知らないことだらけだな。
「あの人間を連れて来たのは俺だ。この国の様子を見たかったからだ。よそ者が国に入ってもすぐに息の根を止めず、話をした。まだあれは生きている。ありがたい。俺の話も聞いてほしい。」
「なるほど、この国の治世状態を確認するためだったというわけですか。」
「ほほう。なかなか賢いな。じゃあ、あいつをかみ殺していればお前はここには現れなかったんだな。」
「そのとおりだ。俺って頭良いだろう!」
獣達って素直と言うか、思ったことをそのまま言葉にするから、こんな状態なのにもう打ち解けている。
褒められて嬉しそうなネズミ男・・・じゃなかったアシュは真剣だった顔を緩めている。
さっきの緊迫した空気が和らいで、アシュを取り囲んだ私たちは話を聞くことにした。




